15.音海雫と幼馴染、相星桔平くん。
(あぁ、どうしよう……)
カラオケを約束した今日、待ち合わせの駅前で私はゆりと、他に秋森さんの取り巻き数人と、まだ来てない来栖君達を待っていた。
私がミュージシャンの娘だという事は、高校に入ってから誰も知らないはずだけど……
やっぱりまだ人前では今だって歌えない気がする。
歌ってる時のオーディエンスに物凄い凝視されてる感覚が抜けなくて、何もかも飛んじゃうし、震えが止まらなくなっちゃうのは絶対治ってない。
私の歌を聴いてくれてるんじゃなくて、ミュージシャンの娘がどんなものか、ただ品定めしてるだけの纏わりつくようなあの視線。
思い出すだけで軽く吐き気がしてくる。
カラオケなんて断ればよかったのよ。
でも……なんだか来栖君の必死そうな感じ、笑ってたけどどうも普通じゃない気がして。
帰り道送ってもらった恩返しもあるし。
……と、その時は歌わなければいいかと、イエスの返事をしたけど……
そのあとコロっとご機嫌になって、私の歌を聴くのが楽しみだなんて来栖君が言い出して。
『行ってもいいけど絶対に歌わないから』って約束してもらいたかったけど、冗談半分に『はいよー』とあしらわれて、今日のカラオケは不安だらけ。
「雫、大丈夫? 顔色悪いよ?」
ゆりが心配して私の頬に両手を当てる。
「うん、なんか心配で……」
「そうだよね。私だって雫とカラオケなんてほんと久しぶりじゃない? 中学のとき以来だよね」
最後にみんなでカラオケに行ったのは中1かな。
そのあと音楽祭の前座で歌うのを頼まれて……
プレッシャーに負けて、大ポカして……
物凄い叩かれて、笑われて。
振り返りたくない過去。
「最後に一緒にカラオケ行った時は、この子、本当に将来歌手になるんじゃないかって私は思ったよ」
ゆりが通り過ぎていく電車を見ながら、かき消されないくらいの声を張り上げて私に言う。
電車が通り過ぎるまで私はなんて返答しようか考えてしまった。
「あはは、なれるわけないじゃん」
そう、なれるわけない。
人前で歌う事をこんなにも怖がる私が、歌手になんてなれるわけがない。
「……雫。どっかでもう一度勇気出して歌えないのかなって、私はずっと思ってたよ」
いつになく真剣な顔のゆり。
その次に言いたいことも分かってる。
「だめだよ、今だって手に汗びっしょり」
「ここにいる子達は雫のお父さんの事知らないでしょ?」
「うん……たぶん」
私の震えが伝わったのか、ゆりはそれ以上何も言わなかった。
私は……自分は一体どうしたいんだろう。
歌は大好き。
それは間違いない。
聴いてくれる人はアプリの中にたくさんいる。
最近は私にたくさんコラボを申し込んでくれる人がいて、毎日毎日すごく充実してる。
休み時間などの空きは、全部曲を覚える事に投資。
他のことなんて目にいれる隙間がないくらい夢中なのだ。
もちろん助さんと一緒に歌う事が一番最高に決まってるんだけど、色んな人とコラボすると歌の引き出しも増えて自分の成長が手に取るように実感できる。
新しい曲を覚えて、ハモリを覚えて、相手の人にどうやったら上手く合わせられるか考えて。
一生懸命完成させた曲を、喜んで聴いてくれる人、感動してくれる人がいて。
これ以上に何を望むのよ?
波瀾万丈な毎日なんて、もううんざり。
私は今のままで十分満足してる。
「よぉ! 久しぶり」
突然後ろから肩を叩かれた。
「あれ? 桔平?」
相星桔平。
私とゆりとは幼稚園から付き合いの深い同級生。
幼馴染ってやつかな。
「雫にサプライズ!」
ゆりが嬉しそうに笑う。
「なによ、サプライズって」
「ビックプレゼントだろ?」
得意げに言った桔平の優しくて懐かしい目元が、ふにゃっと下がる。
中学の頃はもっさりした頭だったけど、今は短髪を綺麗に整えて急に大人っぽくなった。
身体つきも小学校の頃はプールの時なんて『もやし』ってあだ名つけられるくらい背高のヒョロヒョロだったけど、いつからこんなにガッシリした身体つきになったんだろう。
「ほんとびっくりしたって! 久しぶりだね」
驚きながらも、桔平の顔見たら不思議と安心した。
彼は私の過去も、トラウマも全部知ってる。
小学校の時は同じ合唱クラブで、帰り道よくハモリながら帰ったものだ。
同じ高校だけど、体育科でクラスも校舎も別になってしまって、普段顔を合わせることは滅多にないけど。
そして私が知ってる歌うまさんの中でも桔平は最高峰!
あ、それでも助さんには到底敵わないけどね。
「桔平は部活忙しいもんね」
なんだか久々に会えて、テンション上がる。
「まぁな。文化祭も近いし、最近みっちり練習で、今日だって来るの大変だったんだぞ?」
体育科なのに軽音部に所属してる彼。
今の時期は文化祭のステージの準備でなにかと忙しいみたい。
体育教師を目指してるみたいだけど、得意の音楽も諦められないらしい。
「雫も色々あったみたいだけど、俺はまた一緒に歌いたいよ。合唱曲じゃなくて最近流行りの曲な!」
あははと笑ってみせる。
「それは多分無理だなぁ。私お一人様好きだから」
「おひとりさま? 一人で歌ってんの?」
「うん、まぁ……」
桔平だったらアプリで歌ってるって話してもいいかな。
ゆりも知ってるんだし。
「私、アプリ使って歌うのにハマってんの! だから寂しくなんてないし、歌もバッチリ楽しめてる」
「へぇ、そんなのあるの?」
桔平は興味深そうに食いついた。
「そう、色んな人と一緒に歌うことも出来るんだよ」
「じゃ、俺もそのアプリ経由すれば雫と流行りの歌歌えんのかな?」
「……ん、まぁ……。でも私はリアルで知ってる人とは歌いたくないの!」
「なんでぇ!」
桔平はガックリと肩を落とした。
私の中で『はぴそん』の中にリアルで知ってる人を作りたくない。
居心地の良い夢の場所に、リアルを持ち込まれたくないのだ。
「なんでも! いいじゃん、今日はたっぷり桔平の歌久しぶりに聴かせてもらうからさ」
「ちぇっ。 でも気が変わったらいつでも招待してよ!」
「はいはーい」
空返事をしてこの話を無理やり終わらせる。
「ねぇ、音海さん、相星君と知り合いなの?」
突然待ちぼうけしていた秋森さんの取り巻きが声をかけてきた。
「うん、まぁ」
「わぁ! なんで言ってくれなかったの? こんな人気者と繋がってるなんてぇ」
嬉しそうに身体をくねらせる。
桔平、何気に女子の間では人気だからなぁ。
イケメンだし、歌上手いし、愛想いいし。
「雫の友達? 今日はよろしくね」
でた! 爽やかそよ風スマイル!
小学校4年生までおねしょしてたくせに。
思い出したら今とのギャップに笑ってしまう。
「何笑ってんだよ?」
仔犬のようなつぶらな瞳。
何気に人懐っこいわんちゃんみたいで、可愛いんだよなぁ。
「ふふ、なんでもないよ」
桔平の頭をいいこいいこしながら一生懸命笑いを堪えた。




