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13.来栖彗、初めてのお宅訪問。

「さあ、さあ、入って!」

 音海のお母さんが吹き抜けで開放感のある玄関の上り口にスリッパを並べてくれた。

 普段静かに目立たないよう過ごしている音海の住んでる家だと聞いたら、みんな驚くだろうな。


「お母さん、そんなに興奮しないでよ。恥ずかしいから」

 彼女と対照的に明るいお母さんに引っ張られるように、俺たちはリビングに誘導された。

 大きな濃いブルーのソファに悠々と腰掛けて新聞を読んでいる男性の後ろ姿が目に入る。

 俺の存在に気付いたのか振り返った。


「うん? どちらさんだい?」

 穏やかな微笑みで俺を見た。


「雫のお友達! お父さんみたいにイケメンでしょう」

 音海のお父さんと思われる男性は、ウフフと口元に手を当てて嬉し笑いを堪えている音海のお母さんを見た後、驚いたような顔で俺と音海を交互に見遣る。


「初めまして、クラスメイトの来栖彗です。音海さんとは席が隣同士で、今学期転入してからずっと良くしていただいてます」

 音海のお父さん、どこかで見たことのある顔だ。

 俺はお辞儀をしながら沢山ある記憶の引き出しを開け閉めする。


「音海敬三です。雫をこれからもよろしくお願いします」

 にっこり笑って受け入れてくれた。

 見た目通りいい人そうだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします。大きなお家でびっくりしました」

 辺りを見回せば暖炉が目に入る。

 一般家庭に暖炉?

 一体何の仕事をしているんだろう。


「あれ、コレ……」

 暖炉の上に写真が何枚か飾ってあった。

 どこか見たことあると思ったら……


「あぁ、この人ね、昔バンドやってて、よくテレビにも出てたのよ。来栖君、知ってるかしら」

「お母さん!!」

 音海が慌てて会話に割って入ってくる。


「何よ、お父さんの仕事、まだ隠してるの?」

「私はただ静かに高校生活送りたいだけなの! 私のお父さんが何の仕事してるかなんて、来栖君には関係ないじゃない」


(そうだ、音海敬三って……あの有名なmoonのドラマー?)


 信じられなくてもう一度写真を見る。

 よく見ると、メンバーも全員写っていた。


「知ってます。うちの父がmoon大好きで……小さい頃隣で良く聴いてたのを思い出しました」

 そうだ、間違いない!

 音海の父さんがまさかあの音海敬三だなんて……

 父さんが知ったら喜ぶだろうな。


「もしかして音海も音楽やってるの?」

「や、やってないよ!」

 慌てて両手を振る。


「あら、毎日地下室で歌ってるんじゃないの?」

「歌ってないよっ! 勉強してるの! あの場所なら落ち着くから!」

 お母さんの口を塞ごうと必死になっている。


「……歌、歌うの?」

 まさかな。

 あるわけないよな、そんな偶然。

 いくら声が似てるからって、流石にな。


「歌うわけないじゃん!! めっちゃヘタクソだし!! 人前なんかじゃ、ぜっっったいに歌わない!」

 どんだけ必死なんだよ?

 よっぽど自信ないのかな。


「わかったよ。でも音海、いい声してるから歌ったらきっとカッコ良さそうだけどな」

 想像して少しにやけてしまう。


「ちょっと、私の恥かいてる姿想像してにやついてんの? 性格悪いなぁ」

「そんなことない。本気で言ってるよ」


 音海のお母さんが俺の手にこっそりDVDを手渡した。

「コレね、雫が幼稚園の頃の。後で見てみて。小学校の頃まではよく歌ってたのよ、可愛い声で」

「お母さん! 余計なことしないでよ」

 俺の手からそれを奪い返そうとするが、絶対話すもんか!

 幼稚園とはいえ、この声で歌ってるところが聞けるなんて、楽しみでしかないだろ。


「いいだろ? 明日返すから」

「ちゃんと返してよ!」

 ぷぅと頬を膨らませながらあきらめる姿が、なんか可愛い。

 ちょっと俺、最近音海にハマってんな……


「さぁ、すぐ支度するから一緒に食べましょう!」



 本当に久しぶりだった。

 誰かと食事をするって言うのがこんなに楽しい時間だって、思い出した。


 音海のお父さんのミュージシャン時代の話がまた興味深くて、学ぶことも多くて。

 笑いの絶えないこんな時間が、永遠に続けばいいと思った。



 家に帰ってからの寂しさと言ったらなかった。

 センチメンタルになる自分を認めたくなかったからなのか、がむしゃらに音海のお母さんから渡されたDVDを鞄の中から探し出した。


(明日返すって言っちゃったし、すぐ見るか)

 デッキにディスクを入れ、ワクワクしながら待つ。


(劇か何かかな……)

 ちっちゃい白い服を着た子供たちがぞろぞろ舞台上に出てくる。

 その真ん中を飛び出して一人の女の子がソロで歌い出した。


「…………!?」

 天使か??

 透明のビー玉が美しく光りながら転がり柔らかい床に落ちてしなやかに弾むような歌声。

 今と声質は全然違うが、どことなく面影が音色に残る。


(俺、感動してる……?!)

 幼稚園児の歌声に、完全に心奪われてる自分に気づいた時。


 聴きたい。

 音海の今の歌声が……


 そんな欲が湧き上がってきた。

 本人は頑なに拒否ってるけど。


 どうにか、彼女に歌ってもらう方法はないんだろうか……!

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