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二①

 ラファエルに見送られた里帆はいつものように緋袴に着替え、長い黒髪をまとめる。そして参拝客への授与品の用意をし終えた頃にはすっかり日も昇り、昨日の悪天候が嘘のように秋晴れが広がっていた。

 お守りなどの授与品を並べ終えて社務所を開けると同時に、七五三のお参りに来ていた参拝客たちが授与品を求めてやって来る。里帆はその忙しさにも冷静に対応していたのだが、


(あれ?)


 社務所の前で授与品を参拝客たちへと手渡していた里帆は小さな異変に気付いた。それはいつも目の端に映り込んでいたラファエルの存在だった。


(いない……?)


 今朝まで一緒に居たはずのラファエルが、いつも座っているベンチの上にいないのだ。里帆はそれを不思議に思いながらも業務に忙殺されていくのだった。

 仕事を終え、いつものように私服へと着替えた里帆は、やはりいつものように神社の境内へとやってきた。しかしそこで、いつものように出迎えるラファエルの姿は見当たらない。


(なんなのよ、もう)


 里帆はラファエルの姿が見えないことに少しの不安と怒りに似た思いを抱えながら、家路へとつくのだった。

 翌日の朝になっても、ラファエルは姿を見せなかった。昼間になってもいつものベンチにその姿はなく、


(何しているのよ、もう……)


 里帆はヤキモキする気持ちの中で七五三のお参りにやって来た参拝客たちの相手をしていった。

 そうしてラファエルが姿を消したまま七五三も終わり、神社内にいつもの穏やかな時間が戻った時だった。里帆はこの神社の神主に、話があると呼び出されていた。


「失礼致します」


 里帆は神主の部屋の前で声をかける。中から朗らかな声が入りなさい、と里帆を促した。里帆は部屋の中へと入ると、その部屋の主へと一礼する。


「話と言うのは、巫女としての三浦くんの寿命についてだよ」


(やっぱり……)


 里帆は話があると言われた時に、その内容について薄々感づいていた。それは巫女という特殊な仕事の定年退職についてだ。巫女は普通の仕事とは違う。若い娘が務める仕事内容のため、他の仕事と比べると定年退職の年齢がかなり早いのだ。

 里帆の現在の年齢は二十三歳。巫女としては再就職のことを考えるとそろそろ潮時だ。


「私としては、このままウチの神社で事務員として勤めて貰っても構わないと考えているんだが……」

「ありがたい申し出ではございますが、私は再就職先を探していきたいと考えております」


 里帆は神主からの誘いを丁重に断った。もとより神社に巫女として就職したのも、養護施設でのシスターたちへの当てつけ以外、何ものでもなかったのだ。神への信仰心や巫女や神社への憧れではない里帆にとって、この神社に居続ける意味はなかった。

 神主は里帆の返答を予想していたようで、低くそうか、と呟いた。


「再就職先が決まるまでの、休みの融通などはさせて貰おう」

「ありがとうございます」


 里帆は神主に深々と頭を下げる。


「寮の方は、来年の三月いっぱいで引き払えるように、準備をしておいて欲しい」

「かしこまりました」

「話は以上だ。行っても構わないよ」


 神主に言われた里帆は、一礼するとその部屋を後にした。


「……っくしゅ!」


 部屋を出てすぐ、里帆は大きなくしゃみをする。七五三も終わり、外の気温は大分低い。神主の部屋と社務所の中では既に暖房器具が出されている。


(やだ、風邪でも引いたのかしら?)


 里帆はそんなことを思いながら社務所へと戻り、残りの業務に取りかかるのだった。

 翌朝の早朝。

 里帆はいつものように顔を洗い、いつものように出勤の準備をしていたのだが、


(何か、フラフラする……)


 自身の体調に小さな違和感を覚えていた。


(まぁ、気のせいかな)


 里帆はそう思い直すと、寮を出る支度を終えて職場である神社へと向かった。

 今朝もラファエルの姿は見当たらない。


(何しているのよ、アイツは!)


 気だるい身体を引きずりながら出勤する最中でも、里帆の気がかりは突然姿を消したラファエルのことだった。


(でも、アイツがいない生活が、当たり前だったんだよね……)


 里帆はそう気を取り直すと、神社への道のりを歩いて行った。

 神社の境内からいつものように裏へと行き、緋袴に着替えていた里帆は後輩の巫女にその顔を見られて驚かれてしまった。


「三浦さん! 顔色が真っ青ですよっ? 体調、悪いんですか?」


 その声を聞いた他の後輩巫女も里帆の顔を覗き込む。


「本当だ! 三浦さん熱! 熱はかった方がいいですよ!」


 私、体温計を借りてきますね、と言って後輩巫女が更衣室を出て行った。残った後輩巫女は里帆に寄り添ってくれる。


(私、そんなに具合が悪そうに見えるのかな?)


 里帆が疑問に思っていると、体温計を借りてきた後輩巫女が戻ってくる。里帆が差し出された体温計を脇の下にはさみ、熱をはかる。しばらくすると検温を知らせる電子音が響いた。


「どうでしたか?」


 聞かれた里帆が体温計に目をやると、液晶画面の数字は三十八度三分を示していた。

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