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一④

 日が昇っても冷たい秋雨あきさめは止んではくれなかった。その日の参拝客はまばらで、穏やかに時間が過ぎていく。ラファエルはいつものように社務所正面にあるベンチの上に、やはり傘も差さずににこにこと笑顔で座っていた。その髪は雨に濡れている様子はなく、柔らかに風になびいている。


(幽霊なら、雨に降られても平気、なのかな?)


 気付けば里帆はラファエルのことを考えてしまっていた。そしてその日の業務が終わる頃。いつものように里帆は私服へと着替えると一度境内を通る。するとこれもいつものように、ラファエルが駆け寄ってきた。

 一日雨降りだったにも関わらず、傘を差していなかったラファエルは近くで見ても濡れている様子はない。

 里帆はそんなラファエルにどう言葉をかけようかしばし逡巡すると、


「ラファエル、今日くらい家に入れてあげても構わないわよ」

「え?」


 里帆の言葉が予想外だったのか、この自称天使は間の抜けた声を上げた。その様子に里帆は、


「ほら、朝晩は冷え込んできたし。この雨だから、仕方なく」


 なんだかバツが悪くなって徐々に尻つぼみになってしまう里帆に対して、ラファエルはぱあっと表情を明るくさせた。


「優しいね、里帆! ありがとう!」


 ラファエルは弾む声でそう言うのだった。

 しとしとと降り続く雨の中、家に帰り着いた里帆は中へとラファエルを招き入れた。家の中に入ったラファエルは興味深そうにきょろきょろと辺りを見回している。


「狭い部屋だから、そんなに見るものもないでしょう?」


 里帆の問いかけに、ラファエルは相変わらずきょろきょろしながら言葉を返す。


「僕、人間の家に招かれたのは初めてだから、面白いよ」

「そうなの。とりあえず立たれていると落ち着かないわ。適当に座って」


 里帆の言葉にラファエルは小さなローテーブルの前に座る。それを確認した里帆はキッチンへと立つと、やかんに水を入れて火にかけた。そして頭上の棚の中を確認すると、


「ラファエル。コーヒーとココア、どっちがいい?」

「ココア!」


 里帆の問いかけに間髪入れずにラファエルは答える。里帆がマグカップを二つ用意し、その中にココアパウダーとコーヒーの粉を入れていく。そうしている間に、やかんが水の沸騰を知らせた。

 里帆は二つのマグカップに湯を注ぎ、ラファエルの分のココアと自分の分のコーヒーを作った。そしてそれらを手に部屋に戻ると、ローテーブルの上に置き、自分もラファエルの正面に座る。

 レースカーテン越しに見える外では、まだ雨が降り続いていた。


「今日は良く降るねぇ」


 部屋の中を一通り見回したラファエルが、窓の外を見ながら口を開いた。


「そうね」


 里帆はコーヒーに口を付けながら素っ気なく返す。二人の間に沈黙が落ちた。ラファエルもココアに一口、口を付ける。そして怖ず怖ずと言った風に口を開いた。


「ねぇ、里帆」

「何?」


 テレビも点いていない室内に、外の雨音が響いているように感じる。そんな中ラファエルは何かを言おうとためらっている様子だ。里帆は視線だけをラファエルに向けると、


「何か言いたいことがあるなら、はっきり伝えて」


 里帆の視線と言葉を受けたラファエルは意を決したように口を開いた。


「里帆。怒らないで聞いて欲しいんだけど」

「何?」

「僕たちの神は、里帆が思っているような狭量ではないよ」


 ラファエルの口から出た『神』と言う単語に、里帆は目を見開く。

 そんな里帆の様子に気付いていないのか、ラファエルは言葉を続けた。


「神は、人間を許す存在だから」


 ラファエルに真っ直ぐ見つめられて、里帆は言葉を失う。

 この黄色の瞳は一体どこまで見透かしているのだろうか。

 里帆はラファエルから視線が外せない。


「何故、今そんな話を……?」


 ようやく口をついて出た里帆の言葉に、ラファエルは長い睫毛を伏せて答えた。


「里帆が、苦しんでいるから」


 里帆が悔やんでいるから。そして里帆が、全ての責任は自分にあると、自分が全て悪いのだと、責めているから。


「神は、里帆を許すよ。誰も里帆を裁かないよ」

「でも、私のせいで両親が亡くなったのは事実だから」


 里帆は手元のマグカップの中で揺れるコーヒーを眺めながら口を開いた。

 事故があったあの日、自分が出かけたいと騒がなければ、両親は死なずに済んだかもしれない。

 それは里帆を支配する、懺悔にも似た後悔だった。


「生き物は、この世に『生』を受けた以上、『死』からは逃げられないよ」


 ぽつりと落とされたラファエルの言葉に里帆ははっとする。ラファエルは続ける。


「『死』はね、最後の敵なんだ」


 大切な人との別れ、そんな大切な人がいる世界との別れ。それが『死』であると。遺す側にとってもそれは人生においていちばん辛い出来事となる。そして遺す側の年齢が若ければ若いほど、この最後の敵は強大になる。何をしていても、何を信仰していようとも、肉体はよみがえらないのだから。


「だからね、里帆。里帆が生きていく上で、僕たちの神以外の神を信仰して、心が軽くなるのなら、僕らの神は、それを許すよ」


 それが『神』と言う存在だから。

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