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一③

 無慈悲に、無情に、両親の魂を刈り取ったアレが『神』と言うのなら、何と残酷なのだろうか。


(禍々しさも、神々しさも、何も感じられない『神』の存在、か)


 もちろん、養護施設のシスターたちが祈っていた『神』ではないことくらい、里帆にも分かってはいる。


(それでも、本当に『神』が存在するならば、それはきっと死神と大差がないのだろうな)


 きっと、非情な決断を簡単にできてしまう存在なのだろうと、里帆は思った。

 そんな死神らしきものの夢は、この日を境に毎日のように悪夢として見るようになった。里帆はその悪夢を見るたびに、神に対する思いが募っていくのを感じてしまう。

 いないと信じれば信じるほど、神というその存在を渇望してしまう自分に、理帆自身薄々と気付き始めていた。


(ばかばかしい……)


 里帆は自分自身の思いに首を振る。


(神なんて、いないのだから……)


 だから、祈りを捧げていたシスターや、毎日やって来る神社の参拝客は、一体誰を拝んでいるのだろう?

 里帆は日に日に募っていく疑問の答えを見いだせずに日々を過ごすこととなる。

 神を意識すると同時に、里帆はラファエルと名乗った青年についても意識していた。何故なら、


(あ、また居る……)


 神社の境内で初めて会ったあの日から、このラファエルと言う青年は毎日、里帆の出勤時間になると寮の前に姿を現したのだ。


「里帆! おはよう! 今日も良い一日にしようね!」

「里帆! おはよう! 今日は穏やかな一日になるね!」


 明るく陽気なラファエルの毎日の挨拶を、里帆は初めは無視をしていたのだが、毎日顔を合わせ、一緒に通勤しているうちに少しずつラファエルに対する警戒心が薄れていく。何よりラファエルの少年のような声は、悪夢の朝のどんよりとした心を軽くしてくれるのだった。


(不思議な人)


 そうして初めて里帆は、


「ねぇ、あなた」

「何ー?」

「あなた、私にしか見えていないのでしょう?」


 それは神社の境内で初めてラファエルに出会った時からの疑問だった。そんな里帆の問いかけに、ラファエルは考える素振りも見せずにあっけらかんと答える。


「天使だからね。姿を見せる人間は選んでいるよ」


 にっこりと笑顔で返されたこの言葉に、


(またこの人は、自分のことを天使だなんて言って……)


 そう思うと、里帆はこっそりとため息を吐き出すのだった。里帆にとってラファエルの存在は幽霊のようなものだった。


(幽霊が存在することもばかばかしいけれど、天使なんて存在よりはまだ、まだ実在するかもしれないし……。それに、ラファエルには天使の羽がないじゃない)


 自分でも子供じみた考えであることは理解している。しかし、里帆はそう自分に言い聞かせなければラファエルの存在を認めることが出来なかったのだった。

 この自称天使が里帆の前に現れた理由は分からなかったが、里帆に危害を加えようとしているわけではないことは伝わってきていた。


「おはよう、里帆! 今日は風が妙な吹き方をしているから、きっと雨が降るよ!」


 秋晴れのある日、里帆は朝からラファエルにそう言われたことがあった。面食らった里帆は、


「雨? 天気予報では今日は一日晴れるって……」

「いいから、いいから! 傘! 傘、持っていって!」


 ラファエルにそう言われた里帆は渋々家に戻り、折りたたみ傘を通勤用のバッグの中に入れると寮を出た。

 その日の業務の間、里帆はラファエルの言葉を疑っていたのだが、夕方になると突然ザッと雨が降ったのだった。


(助かった……)


 折りたたみ傘のお陰で濡れずにすんだ里帆は、この時ばかりはラファエルに感謝するのだった。

 里帆が少しずつラファエルに気を許し始めた頃には、暦は十一月へと入っていた。朝晩はめっきり冷え込み、日の入りも早くなるこの時期は、里帆たち巫女の繁忙期でもあった。七五三のあるこの月は、普段よりも多くの授与品を用意しなければいけない。毎日忙しさに目が回りそうになっていたある日のことだった。

 その日は早朝からしとしとと冷たい雨が降っていた。まだ日も昇りきっていない暗い時間に、里帆は寮を出る。すると、


「おはよう、里帆! 今朝も冷えるね」


 白い息を吐きながらラファエルが待っていた。里帆はおはよう、と短く返すと、スタスタと神社へ向けて歩いて行く。ラファエルはその後ろを傘も差さずに、それが当たり前かのようについて歩いてくる。里帆はそんなラファエルの様子を気にしつつも、いつものように神社の境内から裏へと入っていった。

 緋袴に着替え、長い黒髪を後ろに一本にまとめる。そして里帆はその日の参拝客への授与品を作っていくのだった。

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