グウィネビア様、エ○の被害に会う
アリシア姫の遺児、エーリヒの存在は首都の人々に好意的に受け入れられた。
いや、熱狂的に、といった方がいいだろう。
私は今、モリーから首都の様子を知らせてもらっている。
モリーの手紙によると、今、平民の間では「新しい王子」と「アリシア姫の悲劇」の話ばかりなのだと言う。
気になっていたザールと闇の森の人に対しては、少なくとも民衆レベルでは悪感情はさほどでもないようだ。
元々20年前のこととは関係なく、横柄な態度のザール貴族は、あまり首都で好かれているとは言えない。
しかしヨーゼフ氏とエーリヒは、ザール貴族出身とは思えない謙虚さだ。
アリシア姫を救えなかった自分たちはどんな称号も相応しくないと言って、褒章を固辞したヨーゼフ氏とその一行の態度は、人々の心に響き、エーリヒ人気にも拍車をかけているらしいことが、モリーの手紙からうかがい知ることができた。
エラの手紙も一部改変して公開された。
お父様によると、立場上仕方のないことだが、彼女の手紙にはザールと闇の森に対する憎悪に溢れていて、そのままの状態での公開は憚られたという。
「ザールに対する怒りもだが、闇の森に対する憎悪というか、見下しがひどくてね。それとブルーノ氏やヨーゼフ氏のことも侮っていたようだ」
もしもザールの王家で政変が起きなかったら、アリシア姫が王妃として君臨する宮殿で、エラには女官長の地位が約束されていたのだという。
それが、ザールの片田舎で子守り女として生涯を終えることになったのだ。
無念であったに違いない。
「アリシア姫はね、森の生活に馴染んでいたようだよ」
直接、エラの手紙を読んだお父様は言う。
アリシア姫は、木の実を採集し、夫ブルーノが獲ってきた獣の皮を剥ぎ、火をおこし、煮炊きをしていたらしい。
そして夜には死んだ者たちへの祈りを欠かさなかったという。
不本意な境遇でありながら、アリシア姫の生き生きとした様子が手紙から分かるのだが、そんなアリシア姫の姿もエラの目にはひたすら不憫に映っていたようだ。
森の人になりたがるエーリヒを、早く正しい場所にお連れせねばと思い、ヨーゼフ氏の無能、無教養を嘆く箇所もあるらしい。
「エラ殿の観察眼は確かなものだったように思う。お陰で一行の最期の様子も大分、分かったよ。ただ偏見というか思い込みも強くてね。やはりそのまま公開はできないという判断となった」
私は漂白と細工を施した手紙を読んだ。
忠義の一行の悲劇的な最期、アリシア姫のためにザール貴族としての地位も名誉も捨てたブルーノ、姫を助ける森の人たち、エーリヒとエラを守るティテル男爵――。
国中の人々が涙する美しい『物語』である。
エラの手紙以降のエーリヒの動向も公表された。こちらは概ね事実に沿っている。
海を渡りグラストンにやってきたティテル男爵一行は、外国の貴族として宮殿に入るが、王と接触できずにいた。
男爵の様子に不信なものを感じたエバンズ公爵は、男爵一行を自邸へと招く。年の瀬から新年にかけて公爵家で暖かいもてなしを受けた男爵は、公爵を信じ息子エーリヒの正体を明かす。
公爵の仲立でエーリヒは叔父である王と対面する。
めでたし、めでたし、である。
いや、めでたし、めでたしとは行かない。エラの手紙でアリシア姫一行がザールで襲われたことが分かったのだ。
これまでの、アリシア姫一行は闇の森からザールに入ってはいないという、ザール側の主張は通らない。
宮殿にいるザール貴族を軟禁し事情を聞き(事情を知っている者はまずいないだろうと言うのが、お父様の見立てだ)、ザールには当時の事件の犯人の処罰と賠償金を求めた。
ザールの出方次第では、またひと悶着あるかもしれないが、王太后様が復活した今、陛下も弱腰は見せられないそうだ。
私は使用人たちを通じても情報収集に勤しんでいた。噂話も、適当に書き散らかした読み物も徹底的に集めた。使用人たちはそれはそれは熱心に協力してくれたのだ。
冬の間、この邸に滞在していたエーリヒは、素性とは関係なくエバンズ邸の人気者だった。
邸の者にとっては、『我らが若様』なのだ。
評判が気になるのは当然だ。と、言うより彼らが情報の発信源になっているようなのだ。
「あの、いささか下品な読み物もありまして、お嬢様にはちょっと……」
真偽不明の記事だか物語だか分からないビラの類いを持ってきたアニタが、遠慮がちに言う。
「いいの。どんな話が流れてるかざっと把握しておくだけだから」
薔薇を持つ少女の騒ぎに比べれば、自分がターゲットになってない分、気楽なものである。
「いえ、それがお嬢様のことも書いてあって……」
「見せて」
その時、お茶の準備をしていたソフィアが顔をあげる。
「あの……内容は、でたらめなんです。読む価値なんてないんです」
「そうですよ。その、殿下と……エーリヒ様の方ですけど、お嬢様と非常に懇意にしているような……」
アニタの説明を聞いているソフィアの顔が、どんどん赤くなっていく。
「あなたたち、読んだんでしょ。私にも見せて」
強引に一枚物の記事風のビラを読む。
なるほど、私とエーリヒが非常に懇意にしている様子が描かれている。
隅々まで読んだが、例の重臣会議や『仮定』の話は一切出ていない。
完全に想像で書かれたつくり話のようだ。
「たいしたことなくて、よかったわ」
「えっ」
ソフィアとアニタが同時に声をあげる。
「ひどいでたらめですよ。下品で我慢ならないでしょう?」
「ええ、そうね。まあ、害はないと思うわ」
2人の侍女があっけにとられたように、私を見ている。
エーリヒを巡る現実は、もっと非情でむごたらしいものだ。
時には理不尽な事実より、下品なでたらめのほうが、よほどマシな事もあるのだ。




