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グウィネビア様、ティテル氏の話を聞く

~ヨーゼフ・フォン・ティテルの話~


 私の家系は代々森の人との交渉役を請け負って参りました。


 爵位を賜った時には既に森の人の血が入っていたのですが、これは、グラストンの方には分からないことかもしれませんが、ザールでは禁忌とされているのです。


 身分や出自が違う者は、婚姻できません。子どもが生まれても上位の身分にはけしてなれないのです。


 森の人の血が入ったわが一族がどうやって、ザールの貴族になったのかは、正直分かりません。祖先には野心のある者たちがいたのでしょう。


 ただ、まあ、私には野心も能力もありませんし、出自に秘密を抱えている心苦しさもありますから、中央には関わらず領地でひっそりと生きて参りました。


 ブルーノは……、私の息子でエーリヒの父親でありますが、活発な子どもでした。

 よく森に入り森の人と友誼を結び、狩りやら剣の使い方やらを教えて貰っていたようです。

 精霊さえ、あの子は見ることができました。


 他に兄弟がいませんから、頼むから身分を捨てるようなことはやめて欲しいと懇願しておりました。

 一族の中には森へ消えていった者が何人かいたのです。


 でも結局、あの子は森の人になってしまいました。

 運命だったのでしょうね。


 20年前……あの子はグラストンの姫君と森へ消えました。

 その時の話を、どうぞ聞いてください。



 私は森の人と交渉役を担っていましたが、それ以上の役割は与えられておりませんでした。


 両国の行き来は増えましたが、わが領内には彼らを迎えるような宿もありません。

 領地の者は、私と同じく引っ込み思案でよその人を恐れております。

 旅人たちはザールに入ると、私の領地を抜け、隣の伯爵領へ向かいます。


 アリシア姫の一行も、そんな予定だったのです。

 ですから姫一行がいらっしゃる日も、特別な準備など一切せずいつものように過ごしておりました。


 そうしましたら、隣の伯爵様が数人の騎士を伴い突然お訪ねになったのです。外には大勢の物々しく武装した兵士がおりまして、家の使用人たちはすっかり怯えておりました。

 私も驚きましたが、異国の姫を迎えるにはこれぐらいの護衛が必要なのだと勝手に納得したのです。


 挨拶もそこそこに伯爵は、領内の者を家にいれ、何も見たり聞いたりしてはならんと仰られたのです。もちろんお前もだ、と念を押されました。

 呑気に思われるかもしれませんが、ははあ、田舎者を姫様に見せたくはないのだな、と思いました。


 そうは言いましても、領民にも都合がありますから、家に閉じこもっているわけにもいきません。

 それで、いつまで家にいればよいのですか、仕事のある者はどういたしましょうなどと聞いたのですが、私が言うことを聞かないのに腹が立ったのか、伯爵の後ろの騎士の1人が突然大声をあげたのです。


「すぐに動け、お前も領民も皆殺しにするぞ」


 と。


 私は唖然としてすぐに反応することができませんでした。伯爵の青ざめている様子でやっと事態を飲み込んだのです。


 妻や執事、それから下女、下男、とにかく家の者を領地を回らせ、皆を家の中にいれました。

 とにかく外は見てはならぬ、何を見ても口にしてはならぬと念を押すことも忘れませんでした。


 それから妻と2人、家に篭っておりましたが、息子のブルーノの姿がありません。

 探しに行くべきかどうかと思案しておりましたら、ブルーノが部屋に飛び込んできたのです。


 ブルーノに、外で人が死んでいる、見たことのない数の武人がいるが何があったのかと詰問されましたが答えようもありません。

 私は、家にいておくれ、何も見なかったことにしてくれと頼みました。


 ブルーノは一瞬私を睨み付け、それから悲しげな顔をすると部屋を出ていきました。

 妻が泣き叫びましたが、息子を止めることはできませんでした。



 それから2日たち、3日たっても伯爵からの連絡がありませんでしたので、使者をたて、伯爵の元へ送りました所、伯爵の所もひどい混乱で我々のことは完全に忘れ去られていたこと分かりました。


 伯爵は王都に行かれたのでお前たちは勝手にすればよい、と伯爵家の者に言われたので、それでやっと外にでることが出来ました。


 外は壊された小屋や踏み荒らされた畑などがありましたが、人が襲われた形跡はありませんでした。

 伯爵の一行が一切合切の痕跡を消し去ったのかもしれません。


 それから私たちは国王陛下の崩御や、王太子殿下の姿が見えないことなどを知りました。

 ええ、最初は行方不明と言う話だったのです。

 実際がどうだったかは、すいません、私にはさっぱり分からんのです。


 私は何度も闇の森の入り口に行きましたが、森の人は現れませんでした。

 ですが、森の入り口付近がひどく荒れているのが分かりました。木の所々に刃物の跡があり、血痕も発見しました。

 ここで恐ろしいことが起こったのは確実でした。

 しかも、森の中でも争いが起こっていたようなのです。


 これは大変なことです。

 いかなる理由があっても人の争いを闇の森に持ち込むことはまかりならん、と言うのが、闇の森と両国との間で交わされた約束事でありました。

 これを破れば、闇の森を閉じるのが決まりでした。

 つまり、もう、両国の人々は森に入れないのです。


 ブルーノはどうなったのか、そればかりが頭にあり、姫君の一行のことに思いが及びませんでした。申し訳ありません。


 10日ほど経ったでしょうか。私と妻が居間におりましたら、ブルーノがふらりと現れたのです。

 私と妻は喜びました。

 しかし、あの子が告げた言葉は衝撃的なものでした。


 森の人の言葉を使い、森の人となった上でグラストンの姫と夫婦になったと言うのです。

 ブルーノは姫をグラストンに送り届けるつもりでした。

 そして、姫と別れたのちも森の人ととして生きると宣言すると、静かに去って行きました。


 これが、私が息子を見た最後となりました。

 妻は落胆がひどかったせいでしょうか、病に倒れ、秋の終わる頃には息を引き取ったのです。


 それから数年はひどいものでした。

 闇の森からグラストンに向かおうとする人々が領地に殺到しました。

 大抵はグラストンの方でしたが、中にはザール人もいました。

 闇の森にはもう入れないと言っても聞かず、森に侵入し、命を落とした者もいました。


 領内で面倒が見きれなかったので、隣の伯爵様に相談しようとしたのですが、いつの間にか別の一族が伯爵領を納めていたのです。


 元の伯爵御一家は、国王と王太子暗殺の罪により処刑されたというのです。

 いえ、実際のところは分かりません。


 あの当時は一事が万事、こんな風だったのです。

 誰かが殺され、誰かが処刑され、あちこちで賊が暴れておりました。


 半年ほど経ちますと、闇の森からグラストンに帰ることは出来ないと悟った人々はわが領地から去って行きました。


 王都は相変わらず酷い混乱のようでした。しかしながら中央の事情に頓着している余裕はなく、ただ領民をどうやって食べさせていくかで頭がいっぱいでした。


 それから2年ほどたった時でした。森の人と共に1人の婦人が赤ん坊を抱いてわが邸に来たのです。

 その人こそ、エラでした。


 本来、私の身分で呼び捨てにするなど許されることではないのですが、家ではそう呼んでいましたので、ご容赦下さい。


 エラの話で、やっと事の顛末を知った次第でございます。グラストンの姫の名前を知ったのもこの時が初めてでした。


 ブルーノは姫をグラストンに送ろうとするも果たせず、やがて2人は、その……、名実ともに夫婦となったようです。

 なんともおそれ多いことですが……。


 しかし、悲しいことに姫は出産で、ブルーノは狩りの最中に死んでしまったのです。


 ご存じのことでしょうが、あそこは普通の森ではありません。魔力に満ち、我々魔法に暗い者には不思議ばかりが起こるように見えます。


 仲間に助けられながらとはいえ、本来ザール人であるブルーノが生き抜くには難しかったのでしょう。


 わたしは、その赤子の素性を隠しながら育てることにしました。

 ブルーノの子にしてしまうと母親の存在が問題になりますので、私は赤子を我が子として育てることにしました。


 領地にグラストン人が押し寄せ、闇の森に侵入しようとして森の人と争いになり、それを仲裁しようとした長子ブルーノは死亡。その後、妻は第2子エーリヒを出産の後、死亡。子守りは、混乱の最中家族と離ればなれになり、行き場を失ったグラストンの婦人ということにしました。


 闇の森を抜けられない以上、海からグラストンに渡るしかありませんが、わが領地は港から離れた場所にあります。


 しかも国のあちこちに賊の類いが跋扈し、役人たちが何かと理由をつけては金銭を要求したり、捕らえては処刑まで勝手にやっている有り様でした。

 私とエラはエーリヒの成長と、国の混乱の収まるのをひたすら待っていました。


 代王がお立ちになり国が安定してまいりました頃、エラは病気がちになり、寝込むことが多くなりました。

 そしてエーリヒが11歳になるころ――生まれを誤魔化すために本人には14と教えていましたが――、エラもまた姫の元へ向かったのです。


 私はエラとの約束を守り手紙と遺髪、そしてエーリヒをグラストンに送り届けようとしましたが、そこではたと気づきました。


 エーリヒをアリシア姫の遺児と証明するものが何もないのです。

 手紙と遺髪が本物でも、私が悪心を抱き自分の息子を王族にしようとしていると疑われればそれまでの話です。

 エラがどうやってエーリヒを姫の子と証明するつもりだったのか、私には分かりませんでした。


 そのようなわけでエーリヒを連れ、グラストンを渡る決心がつかないうちに、日々は過ぎて行きました。


 エラを失ったエーリヒは、森に強く惹かれるようになりました。

 エーリヒの幸せを思うなら、このままの方がよいようにも思えました。


 しかし、真相を闇に葬るのは、エラや姫一行の無念を思うと出来ないことです。

 なんとか手紙と遺髪だけをグラストンに送ることが出来ないものかと考えておりました。

若干、長くなったので分けました。

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