グウィネビア様、女傑の復活に立ち会う
次回投稿は21日(月)の予定です。
王宮に向かう馬車の中でトリスタンはあくびを噛み殺している。
お父様から王宮行きについての説明を受けたあと、明日に備えて早めに就寝を――せずに、『花詩集』の絵から着想を得たダンスを完成させることにした。
「王宮で居眠りしたら君のせいだからね……」
トリスタンがうらめしげにこっちを見る。
「仕方ないじゃない。早く作らないとせっかくのイメージが消えちゃうのよ」
「そんなことより、あなたたち、よくもお母様だけ仲間はずれにしてくれたわね。グウィネビア、あなた何を考えてるの、あの、あんな……」
昨日からこのやりとりの繰り返しだ。
「『仮定』の話ですわ。それにお母様だって、エーリヒ様をお助けしたいでしょ?」
「それとこれとは話が違います」
「『仮定』の話を出したのは私からだ。済まない、皆を苦しませることになってしまった」
「だいたい、あなたたち、なんで私にだけ何も言ってくれなかったの」
「申し訳ありませんでした、お母様」
お母様の言葉に、私はうなだれたまま謝罪する。
ずっと秘密を抱えていることが苦しかったのだ。
「シルビア、済まなかった……」
「もうやめて下さいね、私にだけ隠し事をするの。特にグウィネビアのことを秘密にするなんて」
お母様は盛大なため息をついた。
貴族街から広場に入り、馬車は王宮正門まで行くことなく、横の門の前で止まった。
正式な訪問以外で王宮に入ったことのない私は、初めてこの門をくぐる。私的な訪問を意味するのだろう。
優雅な曲線の門扉をくぐると小さな庭園があり、石畳を僅かに歩を進めるとすぐに玄関扉に迎えられた。
中は広くゆったりとしているものの、装飾も控えめで極めてシンプルなエントランスである。
ここが国王一家が普段使用している場所なのだ。
王宮正面とは違う、優しい穏やかな空気が流れる空間であるにも関わらず、私の緊張は高まっていった。
奥へ奥へと案内され、おそらく居住空間に近い場所まで来たところで、私たちはとある一室に通された。
お父様とお母様が先に入り、私とトリスタンが後に続く。
中はソファと丸テーブルの置かれた応接間で、エバンズの居間と似通った作りである。
今日は、国王御一家とエーリヒたちを交えて忌憚なく意見を交わし、今後の方針を伝えるために呼ばれたのだとお父様から説明を受けていた。
それでも会議室のようなところで重臣に囲まれるようなものを想定していたのだが、本当に家族の団欒に招かれた客人といった体だ。
身分が高い人々がすでに部屋の中にいるのも異例のことだ。
そこには幼い第2王子をのぞく国王一家とティテル親子(本当は祖父と孫)、そしてもう1人、初めて会う人物がいる。
博覧館の肖像画でしか見たことのない人物、前王妃殿下だ。
お父様が前に出て、前王妃殿下に挨拶をしたのち、お母様が挨拶をする。
私が肖像画の人物と目の前の婦人を同一人物だと認識できたのは、その高い頬骨と特徴的な鼻のおかげだ。
そして、国王陛下を差し置いて一番に挨拶をせねばならない人物は、この国にただ1人しかいないからだ。
「お久しゅうございます。マーゴット様」
「あなたもお元気そうでなによりですね、シルビア」
前国王との軋轢の結果、領地に戻った前王妃殿下は、王族由来のあらゆる敬称を拒否して、ファーストネームを名乗ることを選択した。
それ自体が不敬と見られてもおかしくないのだが、誰が彼女を非難することが出来るだろうか?
かつての威厳に満ちた相貌は幽鬼の如く変わり果て、女性の割にしっかりとした肩は痩せて、とがっているのが衣服の上からでも分かる。
絶望の雨に打たれ続けた20年が、誇り高い貴婦人をここまで変えてしまったのだ。
前王妃の言葉を受けて返事をしようとしたお母様だが、言葉が出ない。
さすがに今の前王妃殿下に、「あなた様もお元気そうで」などの定型句を使うのも憚られる。
そんな空気を察したのか前王妃殿下が口を開く。
「さあさあ、そんなに固くならないで。後ろの2人を紹介してちょうだい」
落ち窪んだ目には確かな光が宿っている。
この人は、復活したのだ。
悲しみを乗り越え、今一度立ち上がろうとしているのだ。さし
私は感動を覚えながら挨拶をした。トリスタンも続く。
「ほんとうに可愛らしい方たちね。こんな愛らしい2人に悲しい思いをさせようなんて、酷いこと」
リリアとパーシーならともかく、私とトリスタンは可愛いなどと言われたことがないのだが、まあ、この人の迫力の前では皆、可愛いものだ。
『酷いこと』とは、実質的な追放、幽閉であるエーリヒとの婚姻のことだろう。
「グウィネビア、エーリヒのために辛い決断をさせてしまいましたね。お礼を言わせて頂戴」
そう言うと前王妃殿下は、あらためてトリスタンを含む私たちを一家の方を向いた。
「エバンズの方々がアリシアの忘れ形見を、その身を削ってまで守ろうとしたこと、国王の母としてあらためて感謝致します」
前王妃殿下は頭を下げた。
古い家系とはいえ臣下である。
側近すらいない非公式の場だからこそできたことであろう。
しかし、今、彼女はなんと言っただろうか。
国王の母と自ら名乗ったではないか。
20年近く中央から遠ざかり、一切の王室行事に顔を出すことのなかった人物の、この言葉は何を意味するのだろう。
などとつらつら考えているうちに、お父様が代表して応える。
「お気遣いありがとうございます。娘のただただエーリヒ様をお救いしたい、という想いに私も親として心打たれたのです」
それから私たちはそれぞれ席についた。
側近もいないので私の椅子を引いたのはランスロットだった。
上座も下座もない席次は、ここで誰もが気兼ねなく会話をすることを目的としていたのだろう。
しかし、部屋の中は奇妙な緊張感が支配している。
国王陛下、王妃様、ランスロットが順に口を開く。
アリシア姫は残念だったが、エーリヒがいてよかった。エバンズ一家には世話になった云々……当たり障りのない会話が続く。
こんな話を聞かされるために私たちは呼び出されたのだろうか?
ちぐはぐな会話がだらだら続く中、流れを断ち切ったのはティテル男爵だった。
「お嬢様!」
突然ザール語で声をあげた男爵が、私の前に身を乗り出し膝をつこうとするのを、お父様と国王陛下が止めた。
申し訳ありません、お許しくださいと何度も繰り返した後、男爵は昔話を始めたのだ。




