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グウィネビア様、王家のごたごたに巻き込まれる

「いや、私は後見にはならなかった。なれなかった、とも言えるかな」


 お父様はそこで話を切って私と、そしてトリスタンを見つめた。


「エーリヒ様の身分は無条件で保障される。誰も不本意な結婚をしなくてもいいんだよ」


 今のところね、とお父様は付けたした。不穏すぎる。


 お父様を通じて、手紙と遺髪を受けとった陛下は、直ちにティテル男爵とエーリヒの2人と非公式に対面した。

 そして、魔術師たちの鑑定により、アリシア姫とエーリヒが母子であることが証明された。


「ティテル氏はね、エーリヒ様とアリシア姫の血縁関係が証明されれば、それで安泰だと思っていらっしゃったようだ。でもね、母親だけでなく、父親も重要なんだよ」


「ブルーノ様では身分が足りないということですか?」


 ブルーノはザールの貴族の血筋ではあるが、自ら森の人となった。ザールでは身分の違う者の結婚は認められないが、ここはザールではない。


「いや、そうではない。むしろザール貴族でもなく、森の人であった方が都合がよいくらいだ」


 エラの手紙とティテル男爵の証言は、直ちに受け入れられたわけではなかった。


「まず最初に父親が亡き王太子ではないかと、疑う者がいた。まあ、すぐに魔術師たちに否定されたがね」


 エーリヒがザールの王族の血を引いていた場合、ザールの継承争いに巻き込まれる可能性がある。


「でも、問題ありませんわよね? ブルーノ様は男爵ですし、結婚したのは闇の森でのことですもの」


「ザールの王位には関係ないと言える。だが我が国なら、配偶者が誰であれ、王族として認められれば王位継承権を持つことになる。一部の重臣方の中からね、懸念が出ているのだよ」


 ザール貴族であるエーリヒを王位に据えようと画策するザール人が出てくるのではないか、それに同調する貴族たちも現れるかもしれない。


「まさか!」


 それはランスロットの王位継承に異議を唱えるということである。

 ありえない……、私が反論するより早くトリスタンが口を開いた。


「いくらなんでも無理筋ですよ。エーリヒ様がランスロット……殿下に代わって王になるなんて、血筋から言ってもありえないし、それに、そのう……」


「エーリヒ様には申し訳ないですけど資質の面でも、ランスロット殿下の方が優れていると思いますわ」


「君、言いにくいことはっきり言うよね」


「なによ、自分も同じ事を考えてたでしょ。生まれた時から時期王として教育を受けてきたランスロットのほうが王にふさわさしいのは当たり前の話だわ」


 私とトリスタンのやりとりを聞いていたお父様が静かに口を開いた。


「そうだね、君の言うとおりだグウィネビア。だけどね、世の中にはね。優れた王より御しやすい王を望む者もいるのだよ」


 お父様の言葉に、お母様はため息をついた。


「あなたもはっきりおっしゃいますわね、すでにそんな動きがあるのですか?」


「まだ……ない。だが可能性はある。それゆえ、エーリヒ様の存在は厄介なのだ」


 いっそ存在しなかったことにして、全てはこれまで通りを貫きたい――。

 一部の重臣の考えである。


「これまで通りってどういう意味ですか? お父様……」


「これまでどおりだよ。アリシア姫一行は闇の森に消えた。遺児など存在しない。これまでどおりだ」


「そんなっ。それではアリシア姫も、エラも、姫を守って戦った者たちも報われないではありませんか」


「そうですよ。それじゃ、男爵は何のためにエーリヒ様を連れてきたんですか」


 あまりのことに、怒りが沸いてきた。

 トリスタンも同様らしく、めずらしく声を荒げる。


「エーリヒ様の存在を認めると、ザールの罪を追及しなければならなくなる。そうなるとかつて開戦を唱えた者たちが再び勢いづく。ザールだけではない、アリシア姫一行を探しだすことを断念した前王も糾弾されるだろう」


「前国王陛下はすでにお亡くなりになったのに、ですか?」


「現陛下は基本的に、亡き前王陛下の政策を踏襲されている。ザールと闇の森に対してもだ。それに不満を持つ貴族は多いのだよ」


「グウィネビア、トリスタン、あなたたちが生まれる前のことだから、知らないでしょうね。当時はね、あの事件のせいで首都の貴族は、本当に混乱していたのよ」


 当時を思い出したのだろうか、お母様の声は震えている。


「当時の陛下は消えた姫の一行を懸命に探した。無用の争いが起こらぬように腐心しながら、慎重にね。それが不満だった人々がいたんだよ」


 前国王は姫一行の行方についてザールに調査を依頼し、闇の森の人とも粘り強く交渉を続けた。

 一方で武力を用いようとする貴族たちの意見を退け、亡命ザール人の保護、闇の森の人との関係改善に努めた。

 これらは弱腰であると批判を浴び、その急先鋒は先の王妃であった。


「王妃様は実家に帰ってしまわれた。それに呼応するようにね、王家を支えていた重臣たちも領地に帰ったんだよ」


「私ね、正直に言うと当時の陛下のやり方に不満だったの。アリシア姫には何度も声をかけていただいたし、一行にはね、友人がいたの。みんな……死んでしまったのね……、覚悟はしてたけど……、みんな……」


「お母様……」


 お母様の嗚咽が部屋に響く。貴族の女性の振る舞いとしては相応しくないほど感情を露にしている。

 ティテル男爵のもたらしたものが世に出る時、お母様のように過去の悲しみを思い出す人々が現れるのだろう。

 悲しみだけではない、怒り、憎しみ、不信……。

 それらはどこに向かうのだろう。

 国王陛下か、未来の国王のランスロットか。

 あるいは森の人、ザール人――。


「申し訳ありません、取り乱してしまいました。あなた、どうかお話を続けてくださいまし」


 お父様は頷き、話を再開した。


「結局、陛下は退位され、新国王として今の陛下が即位された。だがね、去っていった方々は戻っては来なかった。その空白を埋めたのが、私であり、新興貴族と呼ばれる者たちなんだよ」


 酷く冷徹な言い方をすれば、あの事件のおかげで旧態依然とした王宮の刷新を図ることができたわけだ。

 私は未だに涙の絶えないお母様を横目で見ながら、そんなことを考えていた。


「今、陛下を支えている者たちからすれば、エーリヒ様は過去の亡霊に過ぎないのだよ」


 お父様の言葉が冷たく響く。


「エーリヒ様や男爵を……どうされるつもりだったのですか……」


「日に日に議論は良くない方向に向かって行ったよ。そこでね、例の『仮定』の話になる」


「私との婚姻でエーリヒ様は、エバンズの後見を得る。ただし、政治的な影響力は持たせないために、領地に引きこもらせる。私と共に――」


「そう、それが……」


「なんって馬鹿げた話をするの!」


「いやいや、その話は流れたのだよ――」


「流れなかったら、どうするつもりだったんですか! だいたい、トリスタン、あなたも黙ってないで、なんで反対しなかったの」


「え、僕!? 僕ですか?」


 お母様の怒りはトリスタンにまで飛び火してしまった。


「だって……、そうしないと……、エーリヒ様を助けるにはそうするしかないって……」


 トリスタンは青ざめ、声は震えている。


「お母様、落ち着いて下さいませ。私が決断したことです。でも、その話は流れたのですよね、お父様」


「ああ、君の言葉も伝えたよ。『国家のエゴのためにエーリヒ様が犠牲になるのは許せない』だったかな。『馬鹿げた話だが、それが唯一エーリヒ様を救う手だてだというなら、受け入れる』。君の怒りと覚悟に、皆、驚いていたよ」


 いや、それ、お父様が大袈裟に話しただけじゃないだろうか。


「君を犠牲にしてはならないという結論になってね。細かい調整は必要だが、エーリヒ様はアリシア姫の遺児として、しかるべき地位が用意される。ティテル氏も祖父として身柄を保障されることになるよ。もちろん20年前の真実についてもね、いずれ国中が知ることになるだろう」


「それは……、大変なことになりますわね」


 少し落ち着いてきたお母様が思案顔で呟く。


「だが、乗り切らねばならぬ。そのために、明日、君たちに王宮に来てもらいたいのだ」


 お父様はそう言うと、再び私たちを見回したのだ。

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