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グウィネビア様、秘せられてきた過去を知る

 夕食のあと、完全に人払いをした居間で、私たちはお父様から、かつて起こった出来事と現在の状況を聞かされたのだ。


 エーリヒ様がアリシア姫の息子であり、しかるべき地位が約束されていること。


 例の『仮定』の話は完全に流れたのでまったく心配ないこと。

(ここで『仮定』の話を知ったお母様が激昂したので、話は一旦中断した)


 そしてエーリヒの父親はティテル男爵ではなく、兄とされていた人物だったこと。



 しかし、どうやってアリシア姫がエーリヒの母親であると分かったのか。


 私たちは大なり小なり魔力を持っているのだが、その魔力はひとりひとり違う。そして親子や血縁関係のある者の魔力は似通っているのだ。

 以前、パーシーがエーリヒを森の人だと言ったのは、エーリヒの魔力に森の人特有の何かを感知したからだろう。私たちにはない能力である。


 そして魔術師たちは更に高い精度で親子の鑑定ができるらしい。


 魔力がひとりひとり違うことは、初級魔法学にも記されている。

 だが魔力を調べることで血縁が分かるというのは、あまり知られていない。私もエバンズの図書室の本を読み漁っているときに知ったのだ。


 そして今回の件で初めて知ったのだが、王家で子どもが生まれると、魔術師による鑑定が行われ、王家の血筋であることが確認されるのだ。

 王家の血筋を主張するものが現れたら、この方法で鑑定すればよいのだ。


 今になってティテル男爵がエーリヒを伴い、我が国にやってきたのはこの情報を手に入れたからだ。


 「()()()()()は、アリシア姫の遺髪と、侍女が残した手紙を持っていた。しかし、それだけではエーリヒ様の血筋を証明することにはならないからね。下手をすると王族を騙る者として処分されることもありうる――」


『罪ある自分はいかように処分してもらっても構わないが、エーリヒの身分だけは保証してほしい』


 ティテル男爵がそう言ったらしい。

 男爵の罪とは何か?


 20年前、闇の森からザール入りしたアリシア姫一行は、男爵の領地内で襲われ闇の森に引き返したらしい。

 もっとも男爵は襲撃には関わってはいない。

 王都からやって来た騎士たちは、これから領内でおこることを『見ないようにする』ことを、男爵に命じた。

 そして男爵はその命に従ったのだ。


 そんな領主の態度を許せなかったのが、男爵の息子ブルーノである。

 彼は単身、闇の森に入り、アリシア姫を襲う刺客たちを倒したのだ。


 このあたりのことは、男爵の話ではない。

 アリシア姫の侍女エラが残した手紙に書いてあったのだ。

 エラの手紙によると、襲撃を受け、闇の森に引き返した一行はすでにアリシア姫、侍女エラ、護衛騎士3人となっていたらしい。

 ザールの刺客たちは闇の森の中まで追ってきた。激しい戦闘となり、騎士3人は倒された。


 更に森の奥深くに逃げようとするアリシア姫とエラの前に森の人が現れた。

 グラストンに帰りたいと訴える2人に、無情にも森の人はすぐにザール側に引き返せと言ったのだ。

 やがて刺客たちが追い付き、絶対絶命の状況になったとき、どこからともなく新たな森の人たちが現れ、刺客を打ち倒した。

 刺客を倒した森の人たちの内、1人はザールの貴人風の人物だった。


「その人がブルーノ様なのですね。エーリヒ様の本当のお父様……。ところで、打ち倒したというのは、その……」


「その辺りが曖昧でねえ。でも、まあ、殺したのだと思うよ。森の人は、森を穢した者に容赦ないからね」


 森の人の理屈ではアリシア姫たちも森を穢す存在だ。

 刺客が片付くと、今度はアリシア姫たちの処遇を巡って森の人同士で言い争いが始まった。


 森の人の中には、アリシア姫たちをいっそザールに引き渡せばよいという意見まで出た。

 議論は平行線をたどり、膠着状態となったその時、突然ブルーノが魔法を乗せた言葉を話し始めた。

 もちろん、エラにもアリシア姫にも何を言っているのか分からない。

 あとでブルーノの説明したところによると、森の人ブルーノがアリシア姫を妻として保護すると宣言したらしい。

 飽くまで名目上、2人(アリシア姫とエラ)を保護するためのものである。

 結果、森の人たちは2人が森に滞在することを許した。

 ただし、今いる場所にとどまり、これ以上深く森へ入らぬことを条件とした。

 それから3人の森での生活が始まった。


 ブルーノは森の人と交渉して2人をグラストンに送り届けようとした。

 交渉が難航すると、ザールから海を渡ってグラストンに行くことも考えていたようだが、ザールは内乱状態になっていため、これも断念した。


「森さえ抜けられたら問題ないですよね? 森の人も融通がきかないなあ」


 トリスタンが呑気そうに言った。


「いや、そう簡単には行かないよ。君たちは知らないことだがね、当時アリシア姫を救うために兵を出すべきだと言う意見がかなりあってね。そんな時に、姫が戻ってきてザールで襲われたことが分かれば、戦争になったかもしれないんだ。そうなると闇の森を通ることになるだろうね。闇の森は両国の兵士によって踏み荒らされる事態になるかもしれない」


「まあ、闇の森に兵を差し向けようだなんて……。そんなこと王国正史には書いてありませんでしたわ」


 当時の人がまだまだお元気だからね、とお父様が言った。

 忖度というやつである。

 アリシア姫自身は命を奪われなかったものの、一行の大半の者はザール人による卑劣な裏切を受け、異国に散ったのだ。

 このことが分かれば、開戦への機運は高まっただろう。


「森の人もどこまでグラストンやザールの事情を知っていたか分からないがね、当時の王妃様――、前王妃殿下のご実家が兵を率いて闇の森に入ろうとしてね。まあ、前国王陛下がお止めになったんだがね。グラストン側の森の人とも険悪になっていたんだよ」


 アリシア姫たちの預かり知らぬ所で、ザールだけでなくグラストン対しても、森の人は怒りと不信を募らせていたのだ。

 エラの手紙を読む限り、ブルーノと数人の仲間以外に、彼女らに好意的な森の人は少なかったようだ。

 孤独と不安に苛まれながら数年が過ぎ、やがてアリシア姫は身ごもった。


「数年? あら、だってエーリヒ様は、19歳ですよね?」


「いや、実はね、どうも16歳くらいなんだよ。つまり、君たちの同級生になるね」


 19という年齢の割に幼い印象だったエーリヒだが、実際に幼かったのだ。


 その頃にはアリシア姫は、このまま森で生きる決意を固めていたようだ。生まれた子どもも森の人として生きていくはずだった。

 しかし、悲劇は起きる。

 アリシア姫の出産直前、ブルーノは狩の最中に獣に襲われ死に、アリシア姫もまた産後の肥立が悪く、子の名前だけを付けて息を引き取った。

 残されたエラは森を出る決意をした。懇意にしていた森の人に助けられながらティテル男爵の元へたどり着いた。


 ティテル男爵は自らの不明を詫び、エーリヒを必ずグラストンに送り届けると誓ったが、それは非常に困難な道のりとなった。

 ザール国王と王太子を弑した一派はすでに排除されていたが、次の王も殺害され、代王を立てることも出来ない状態だった。


 男爵はエーリヒを自分と妻の子とした。ただし、男爵の妻はすでに亡くなっていたので、辻褄合わせに年齢を偽ったのだ。

 元々男爵はあまり人付き合いもなかったし、当時の情勢はあまりにも混沌としていたため、誰も片田舎の領地に住む、年の割りに小さな領主の息子など気に掛ける者もなかった。


 エラはいつかエーリヒがグラストンに帰る日のために、徹底的にグラストン流の教育を施した。ただし、その出生については本人には秘したままであった。

 帰国の目処も立たないまま月日は流れ、エラは病に倒れた。自身の死期を悟ったエラは、手紙とアリシア姫の遺髪を男爵に託したのだ。



 そしてエラの死から5年の歳月が経った今、男爵はエーリヒを伴いグラストンにやってきた。


「とはいえ、まったく頼る者のないこの国で、どうやって王家に接触すべきが、ティテル氏も困ってらしたようだ。最初はザール貴族として宮殿住まいだったが、そこにはザールの貴人が何人もいるし、彼らに何の用でグラストンに来たのか詰問されてはまずいからね」


 男爵は、アリシア姫一行がザール人の手により虐殺されたことを記した手紙を持っているのだ。たとえ犯人たちが既にこの世のものでなかったとしても、国としての責任は追及されるだろう。

 ザールの貴族がこのことを知ったら、必ず妨害をしてくるに違いない。グラストンの宮殿もティテル親子には安全な場所ではなかった。


「で、たぶんあの人は一生分の機転を働かせたんだね。グウィネビア嬢に興味のある外国人のふりをしてこの邸に逗留することにした。そしてエーリヒ様は見事グウィネビアの心を掴み、父である私は彼の後見に名乗りを上げることになった。かわいい娘のためにね」


 お父様は冗談めかして言ったが、確実に場の空気が凍った。特にお母様の周辺からは危険な冷気が発生しているような気がする。


「あの、お父様がエーリヒ様の後見をされるのですか?」


 縁もゆかりもないエーリヒ様の後見になるには、縁とゆかりを強制的に作る必要がある。

 すなわち、私とエーリヒ様の婚姻である。


「あの……私とエーリヒ様は……」


 『仮定』の話は流れたのではなかったのか。

 自分の声が震えているのを感じた。

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