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グウィネビア様、白紙スタートに愕然とする

 残りの質問は後日となってしまったが、今日のカリスタ先生の話ぶりから、また脱線するのが予想されたので、事前に質問を紙にまとめておくことにした。


「あの記憶力はすごいけど、少しは紙の記録として残してもらわないと、あとに仕事をする人が大変よね」


 私が言うと、リリアとビビアン、エイブラムも同調した。

 私たちは授業の合間を利用して1年棟の談話室で、カリスタ先生に渡す質問表を作っていた。

 ガウェインは所用で外している。2年生も同様だ。それぞれ忙しいのだ。

 やがてエイブラムも教室に戻り、私とリリアとビビアンが談話室に残っていた。


「ねえ、グウィネビアさん、今日のダンスレッスン、見せてもらえませんか?」


 リリアが言う。


「ええ、いいけど……。正直、いまいちしっくりこないのよね、私のダンス。あとね、ランスロットがこないからカップルダンスも進んでなくて」


「そうなんですか……、ランスロット様、最近、お忙しそうですもんね……」


 そこで、リリアは話を一旦、止めた。

 少しだけ視線をさ迷わせたあと、再び私の方を向いて口を開いた。


「グウィネビアさんは何かご存知ですか? 最近、みんな少し変ですよね。トリスタンさんも、なんだかぼんやりしてるみたいで……」


 しっかり見抜かれていたようだ。

 リリアがするどいのか、私たちがすっとこ貴族なのか。


「ごめんなさい、私にもはっきりしたことが分からないのよ。憶測で物を言うのは良くないしね」


「そうですか……」


 リリア相手に誤魔化しは効かないだろうが、私が今、言えることはこれくらいだ。

 気まずい空気が流れる。


「あの、私もダンス見たいです。見学してもいいですか?」


 ビビアンが唐突に話に割って入った。

 不穏な雰囲気を変えたかったのかもしれない。


「ええ、もちろん」


 私は言った。

 リリアとビビアンは、ありがとうございます、と言って教室に入っていった。



 ダンス練習は私とトリスタンからだった。

 トリスタンのリュートに合わせて私は踊る。

 ピーター先生の集めたダンスの1つだが、いつどこで、誰がどんな時に踊っていたのかさっぱり分からない。

 旋律と軌道、足運びだけである。

 詳しいことはピーター先生の頭の中にしかない。

 先生は後世にこのダンスを残す気はなかったから、自分が満足できればそれで良かったのだろう。


 このダンスを選んだ理由は、リュートに合っているからだ。トリスタンも気に入っていて実に心地よく弾いている。


 私とトリスタンにとっては舞踏譜の再現とアレンジはちょっとした遊びのようなものである。

 しかし人前で発表となると自分達で楽しむだけではいかない。そこで少し苦戦しているのだ。


 私とトリスタンは大胆にアレンジをいれたり、譜面をひたすら忠実に再現したり、テンポを早めてみたりと色々試して見た。


 ロビン先生にもみてもらったが、評価は、


「悪くはない」


 と言うものだった。


 絵画教師チェスター先生が同じ言葉を言ったなら最大限の賛辞である。

 しかし、ロビン先生の場合は言葉通りだ。

 悪くはないが良くもない。

 古い舞踏譜の再現は最近のダンスしか知らない者の目には興味深く映るかもしれない。


 しかし……


「自分で言うのもなんですけど、群舞と比べると見劣りしますわね」


「まさか、それはない」


 意外にもロビン先生は私の言葉を否定した。


「十分素晴らしいよ。そもそも君たち2人が同じ舞台に立っているんだ、それだけで大抵の客は満足だろう」


 出落ちキャラ扱いである。


「ただ、こう、なんというか……」


 ロビン先生が、難しい顔で沈黙している。


「君があまり巧みに踊るから、ほとんどの者は気にもしないだろうが……、美しい振り付けが意味をなしていないように、私は感じるのだ」


 意味……。


「アレンジ部分が問題でしょうか?」


「それもあるかもしれないが……」


 先生は再び沈黙したのち、休憩の指示を出した。

 私とトリスタンは、見学用の椅子に座っているリリア、ビビアン、エルザの元に向かう。


「すごく美しい踊りでした。リュートの音もとてもキレイでしたよ」


 リリアがにこやかに話しかけると、トリスタンがありがとうと答える。


「音楽は問題ないわね、後はダンス……」


「あら、十分素敵よ。どこが問題か分からないわ」


 私の言葉にエルザが反論する。

 同調するようにリリアとビビアンも頷いている。


「グウィネビアさんの動きを見てたら、私、雑なんだなって思います」


「でもあの群舞は余り整いすぎてない方がいい気がするのよ」


 リリアと会話しながら、私のダンスは大人しすぎるのかもしれないと感じた。

 が、そう感じたからといって、どこをどうすればいいのかはさっぱり思い付かないのだった。


 私たちがあれやこれや雑談をしている間、ロビン先生は助手のミナ先生と話をしている。教師用の出入口から学園職員が入ってきて、ロビン先生に何事か伝えている。

 私の意識は先生たちの方へ向いていた。その時、学生用の出入口から誰かが入ってきた。


「ランスロット……」


 トリスタンの声に反応して、私は入り口の方を向く。

 ランスロットが穏やかな微笑みを湛えながら、練習場に入ってきた。

 その顔からは憂いは消えていた。私たちがよく知るいつものランスロットだ。


(エーリヒ様は……)


 私の心の内を読んだかのように、ランスロットは目で頷く。まるで万事うまく行ったよ、と伝えるように。

 いや、そう思いたい私の願望かもしれない。


 ランスロットは私たちの横を通り先生たちの方へ向かう。


「遅れて申し訳ありません。今から練習に参加してもよろしいでしょうか?」


 頷くロビン先生の顔に喜色が滲む。

 こちらがびっくりするほど分かりやすい表情だ。先生も不安だったのだろう。


「良かった……」


 エルザが小さくつぶやく。

 これから練習なのに安堵からかすっかり脱力しているようだ。


「さあ、エルザ、練習よ」


 私の声に促されるようにエルザは立ち上がる。

 私もスケッチのために紙の準備に取りかかる。


 こうしてやっと本格的なカップルダンスの練習が始まったのだ。

 ランスロットは事前に教えられていたであろう振り付けで、完璧におどって見せる。

 ロビン先生のことだ、多少の手直しがあるだろう。そう思いながら、これまで書いた舞踏譜を眺めていた。


「そうだ、素晴らしい」


 ロビン先生は実に満足そうだ。

 そして明るく言い放った。


「新しくしよう。全てだ」


 エルザは青ざめ、私は貴重な紙を危うく破り捨てるところだった。


 こうしてカップルダンスは白紙再スタートとなったのだ。

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