グウィネビア様、超キズナ社会に気分が滅入る
次回投稿は6月14日(月)の予定です。
考えてみれば当たり前のことだ。
学園の教職員には少なからず学園出身者がいる。卒業後の進路について聞きたければ、まず教職員を当たるべきだったのだ。
それにしても――。
「25年……ですか……」
食事の席でルイスがつぶやく。
すでにカリスタ先生を招いた昼食会は始まっている。ついでに……と言っては何だがモルガン先生にも参加してもらった。よく考えたらモルガン先生も働く婦人のモデルケースと言えるからだ。
しかし25年のインパクトが凄すぎる。
昼休憩という限られた時間しかないのだ。私たちは事前に質問内容を決めておいたのだが、カリスタ先生に圧倒されてしまい話の主導権を握ることが出来ないでいた。
カリスタ先生、よく喋るのだ。
先生は、まだ学園が貴族全員入学ではない時期に1年だけ在籍していたらしい。
「すでに婚約してたからね、卒業したらすぐ結婚。16だったわ」
今では結婚は18歳からだが、かつては法の定めもなかったのだ。
(場合によっては10歳の少女の結婚などもあった。こう言った場合、大抵は妻を失った裕福な老人が相手である)
しかし、5年後には離婚。この時、21歳。
実家には帰らず、友人のつてを頼り、首都で家庭教師をしていたらしい。
しばらくすると学園職員の話がやってきた。
「最初はね、今みたいな仕事じゃなくてね、事務職員として書き物をしてたのよ」
ほとんど縁の切れていた実家から、貴族女性のする仕事ではないと言われたが、カリスタ先生は実家の声を無視して学園を選んだ。
家庭教師は家族同然の扱いだが給金は少ない。女主人の持ち物を貰うことでなんとか貴族の婦人としての体裁を整えていたらしい。
「家庭教師にしても侍女にしても、そこのお屋敷の流儀がありますからね。そういったものが外からは分からないんですよ。学園や行政機関なら、しっかり取り決めがありますから、安心ですよ」
先生によるとけっこう格式のある家でも、給与の未払いなどがおこっているらしい。
抗議すると、
「身分のある婦人がお金の話をするなんて、まあ、みっともないこと」
などと言われ、取り合ってもらえないのだとか。
侍女や家庭教師を欲しがる家が学園に打診してきた場合、カリスタ先生はその家の評判を調べるのだという。
貴族としての評判ではなく、雇い主としての評判だ。
我が家は大丈夫なのだろうか……。
「ある時、知人から学園の生徒でコンパニオンになる者がいないかと言われてね、ちょうど1人、平民の娘さんを紹介したら、その方の評判がよくてね。うちにも、うちにもと話が増えてったのよ」
やがてなしくずし的にカリスタ先生は、就職斡旋係となっていったのだ。
「最初は個人的な打診ばかりだったの。侍女や従者、家庭教師――。しばらくしたら、私塾の教師とか、裁判所の書記、だんだん大きな所から話がきてね。ついに王宮から来たわ」
「王宮から? しかし紹介状のない者が王宮勤めになることがあるのですか」
ルイスがもっともな質問をする。
「王宮の場合は、身辺調査という感じかしらね。紹介状は良いことしか書いてないの。誰だって自分の身内や息のかかった者を、王族の側に置いてもらいたいですからね。でも雇う側だってしっかりした人が欲しいでしょ。家の力ばかり強くて働かない人を雇ってしまうと後が大変ですから」
「それでは、以前ほど、縁故は力がないということですか?」
もし、そうならリリアやビビアンのような地方の学生にも希望がある。
しかし、カリスタ先生の答えは私の期待とは違った。
「いえ、いえ、縁故はやっぱり大事ですよ。つながりを持ちたいのは雇う側ですもの。それに同じお宅に雇われてる方も、実家の大きさによって扱いが違うんですよ」
同じ侍女で雇われても、例えば首都の勢いのある家柄と、地方のさほど有力でない家の出の者には、給金や下げ渡しの品がかなり違うらしい。
「才気煥発な方で奥様のお気に入りになる場合もありますけど、実家が弱いと同僚の侍女だけじゃなくて、使用人からも嫌がらせを受けることがあるんですよ」
げんなりする話である。
「なら……やっぱり、お役所や裁判所の書記のような仕事がいいのですね」
ビビアンは真剣な表情で聞く。
「ええ、国が運営している組織の方が身分や家柄を気にしませんからね。ただね、最近、ほんとにここの学生が欲しいって方が多くてね。どこがいいってはっきりとはお勧めできないんですよ。発表会が終わったあたりから打診が来るんですけどね、最近はこんな時期からですよ。優秀な学生を早く確保したいのでしょうね。ああ、ビビアンさん、急いで決めなくていいのよ。あなたみたいな優秀な学生は選べる立場なのよ」
カリスタ先生の言葉にビビアンは、曖昧にうなづく。
カリグラフィ作品が発表され、学園広報部の部員であることが知れたら、ビビアンの『価値』は更に高まるだろう。
あせって決める必要はないのだ。
「学園もね、どんどん大きくなるでしょ。もっと人を雇いたいのよ。先生たちだってほら、昔の学生が先生になって帰ってきてるしね」
そう言ってカリスタ先生は、モルガン先生の方を見た。
「それにしても、『ロビン先生』に『ケイ先生』。そして『モルガン先生』って凄いことね。あの頃は、男子学生がみんなモルガン先生に夢中だったものね。とくにロビン先生とケイ先生は――」
「カリスタ先生、学生たちが質問があるようですよ」
モルガン先生がサクッと話を切る。
いや、その話は是非聞きたい。
とりあえず心には留めておこう。
ここでやっと事前に決められた質問をした。
私は、どの学生にどんな勤め先を勧めるのかを、どうやって決めているのか質問した。
ルイスは爵位を継がない貴族学生の主な勤め先、ガウェインは騎士の家系から縁故のない場所への勤め先があるのか、グレタは平民学生の女官、侍女、コンパニオン以外の勤め先について聞いた。
カリスタ先生の記憶力は凄まじいものだった。
私たちの質問にカリスタ先生は淀みなく答える。学生や教師の名前もポンポン出てくる。
彼女の小さな頭には、過去25年分の学生と学園の歴史がつまっているのだ。
まさに生き字引。
しかし、脱線しやすいのが難点だ。
記憶の引き出しから出てきた思い出を片っ端から語っているのか、具体的過ぎて話が進まない。しかも悪いことに話が面白いのだ。つい聞き入ってしまう。
「――そしてついにロビンさんとケイさんがね、決闘することになったんですよ。もちろんモルガンさんのことでね」
「先生、質問の趣旨から少し離れてしまいましたわ。あと2人が決闘したことはありませんよ。喧嘩ばかりしていましたが」
モルガン先生がさっと話を遮る。
「あら、そうだったわね」
「先生、話の途中、失礼します。残念ながら時間が来てしまいました」
休憩時間終了が迫っていることに気がついたルイスが、あわてて脱線昼食会を締める。
私たちはカリスタ先生と次に会う約束を取り付け解散することにした。
「カリスタ先生、今日はお忙しい中、時間を割いていただきありがとうございました。大変有意義なお話でしたわ。それにとってもおもしろい話ばかり。学生の勤め先のことじゃなくて、もっと色んなお話を聞きたいですわ」
「お話ならいっぱいあるのよ。私も、ゆっくり皆さんとお茶が飲みたいわね」
カリスタ先生の言葉に軽く頷いたあと、私は一同を見渡した。
「今日のお話の中に就職には直接関係のないこともありましたわね。それはここだけの話ということで、心に収めておきますわ。ねえ、みなさん」
それからモルガン先生の方を向く。
「売店に新しい物が増えるの、楽しみにしていますわ。きっと学園に品位を損なわない品が並ぶのでしょうね。期待していますのよ」
「ええ、もちろん。きっとグウィネビアさんも満足できると思うわ」
私とモルガン先生が貴族的な微笑みを交わしたところで、この奇妙な昼食会はお開きになったのだ。




