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グウィネビア様、自分で仕事を増やして混乱する

 夕食の席で私はナイフとフォークを使い、鶏肉を切り分けている――はずだった。


「グウィネビア、聞いているの?」


 お母様が、やや強めの口調で話かけたのをきっかけに私の意識は食卓に戻ってきた。

 鶏肉にはナイフが埋まっている。

 どうやら肉を切り取る動作をしている途中で固まってしまい、お父様の声に反応しなかったらしい。


「申し訳ありません。お父様?」


「いや、疲れているようだね。今日はもう休むかい?」


「ありがとうございます。もう大丈夫ですわ」


「あなた発表会以外にも何かをやろうとしてるんですって? そんなことやる必要があるの」


 やはり、少しきつめの口調でお母様が言う。

 そういえぱ、最近お母様と楽しく会話する機会がない。


「仕事の斡旋がもう来てまして……。1年で卒業する予定の友人が困っていますの。地方から来て首都に縁故を持たない者が、いかに生きていくべくきか、展望が見えなくて。私の知っているのは皆、縁故を頼るものばかりですから」


「まあ、仕事って普通はそうだよね。靴屋は靴屋、農民は農民、貴族は貴族……あ、そうでもないか?」


 トリスタンの言葉に頷き、私はお父様の方を顔を向けた。


「最初は平民の問題だと思っていました。でも貴族だってみんなが爵位を持つわけじゃありません。自分の道を自分で決める、そのための学園だと――、あ、これは平民とりまとめ役のガウェインさんの言葉です」


 私はガウェインやノーラ、グレタとの話をお父様とお母様にかいつまんで話した。

 ただし、グレタの話はかなりぼかした。宮廷の女官には母の知り合いが多い。個人が特定され、グレタの親族に不利益が出ることは避けたい。


「やりたいことを親に邪魔されるんじゃ、学園で学ぶ意味がありませんわ」


「いや、いや、そう悪く言ってくれるな。親も子どもにはよい人生を歩んでほしいし、縁故のあるところなら手助けもできるからね。まあ、親心だね」


 私の言葉に何故かダメージを受けたらしいお父様が、親代表として弁明する。


「縁故なら分かるのですけど、平民が娘を貴族と結婚させる目的で女官にするのは腹立たしい話ね。間違った親心は子どもの不幸につながりますよ」


 おお、お母様、案の定お怒りモードにはいってしまった。


「まあ、以前は貴族の娘の教育と婿探しを兼ねていたのが女官というものだからね」


 お父様が言うと、女官をそんな目で見るなんて王妃様は許しませんよ、とお母様が言った。憤懣やるかたないといった様子だ。


「でも、お母様、親の世代は今でもそんな感じで女官を見ているから、子どもが何を言っても聞いてくれないのですよ」


「分かりました。私が女官を紹介しましょう。婿探しを目論んでいる親が青ざめる程、有能な方です。グウィネビア、あなた、彼女の話をまとめて発表会で掲示しなさいな」


「え、ええ……」


 女官への風評被害に対する怒りが、娘への気遣いより上回ったようだ。

 こうして、お母様によって私の仕事が増えてしまったのだ。



 居間でお茶を飲んでいる最中、私は再び固まってしまった。


「ねえ、今日はもう寝た方がいいよ」


「だめ、書かなきゃならない手紙もあるし、モリーから来た手紙をまだ読んでないの。ちょっとぼんやりしてるのはね、やらなくちゃいけないことが多過ぎて、少し混乱してるだけよ」


「手紙だけどさ、代筆できるならしてもらった方がよくない?」


「代筆? ただの学生の身分で?」


「だめかな? ねえ、ソフィア、君が代筆できないかな」


 トリスタンが、お茶を入れ直しているソフィアに声をかける。


「そんなっ、無理です」


「じゃ、サイモン」


 サイモンはじっと主人であるトリスタンを見る。


「グウィネビア様ほどの美文字の方の代筆というのは、余りにも荷が重い行為です」


「うん、まあ、僕も嫌だね」


「誰か私のかわりに、私のえーっと予定を立ててくれる人がほしいわ……。やることが多過ぎて優先順位が分からないのよね」


 言いながら私はソフィアが封を切ってくれた、モリーの手紙を読む。


「やっぱり君には書記が必要だね」


 トリスタンのあきれたような声が聞こえるが、私は手紙に集中していた。


「ふふ、やったわ。友だちが学園を去らなくて済んだわ」


「え、何?」


 トリスタンが手紙を覗き込む。


 勉強があまり好きではないモリーは1年で卒業する予定だったが、学園での生活も、みんなで勉強するのも、あまりにも楽しいから3年間頑張るのだそうだ。


「いいね、モリー。ひたすら楽しんでるかんじ。面白い子だよね」


「そうね、モリーみたいに楽しく学園生活を送ってもいいのよね」


 きっと他の子は気軽に1年から3年に代えるなど出来ない。

 とくに将来を考えず、学園での生活をひたすら謳歌する。

 それは贅沢かもしれないが、本来誰もがモリーのように学園での時間を楽しんでもいいのかもしれない。


 ソフィアがいれてくれたお茶を飲んでから手紙を書くために部屋に戻る。

 書かなくてはならない事務的な手紙、舞踏譜、イラスト、作品として完成させなければならない絵、自分たちのダンス、それから……。

 誰か私のスケジュールを管理してくれないだろうか。




 カリスタ先生に会ったのは数日後の昼食時のことだ。

 日取りがなかなか決まらなかったのは、ルイス他、数人の学生がカリスタ先生に話を聞きたいと言い出し、調整がつかなかったからだ。


 なぜルイスが? と最初は不思議だったが、嫡子でない彼は、親の息のかかった世界とは違うところに行きたいらしい。


 最初は1年で卒業する、首都に縁故のない平民学生の就職先を調べるつもりだったのが、結局、平民、貴族問わず、縁故を頼らない就職をする場合について聞くことになった。


 他にも、就職状況の変化などが分かれば、職を決めかねている学生の判断材料になるかもしれない。


 私としては、やはり女子学生が未婚、既婚問わず独立して生きる手立てがあるのかが知りたい。

 いわゆる職業婦人の『モデルケース』と言える人がいれば、紹介して欲しいと思っている。


 メンバーはビビアン、リリア、エイブラム、グレタ、ルイス、ガウェイン、そして私。

 リリア、ガウェイン、私以外は学園広報部だ。



 医務室の隣の部屋でカリスタ先生を待っていた。

 ところが医務室に入ったカリスタ先生は、モルガン先生と話し込んでいるようで、中々隣の部屋に来てくれない。


「仕方がない。促すようで悪いがお呼びしよう」


 ルイスが言うので、私が代表して呼びに行くことにした。



「失礼します」


 私が医務室に入ると、先生たちはすぐに察してくれたようで歓談を辞めた。


「ごめんなさいね、つい、話し込んじゃったわ。医務室の隣の部屋なんて初めて入るの」


 カリスタ先生が笑いながら言った。

 身長の低いふくよかな婦人だった。頭も肩も、目鼻立ちも、全体的にこじんまりとしている。若くはないのは分かるがそれ以上のことは分からない。


「先生方は親しい間柄でいらっしゃるのですか」


 私が訊ねるとモルガン先生が、何が可笑しいのかふふっと声を出して笑う。


「ごめんなさい、グウィネビアさん。カリスタ先生と一緒に『先生方』って呼ばれると、なんだか恥ずかしくて……女子学生から一気に先生になったみたいで……」


「そうね、あなた、随分落ち着いたものね。でも本当に立派になったわ」


「嫌ですわ、先生……」


 2人のやりとりから、カリスタ先生がモルガン先生の学生時代から『先生』だったことが分かる。

 モルガン先生は30代前半のはずだから、10年以上学園の職員をしているということか。


「あの、失礼ですけどカリスタ先生はいつ頃から学園に勤務されているのでしょうか?」


 私の問いかけに、カリスタ先生はにこやかな笑顔で答えてくれた。


「そうね、20……、ええっと25年くらいになるかしらね」


 私が会いたかった、話を聞きたかった職業婦人がここにいた。

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