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グウィネビア様、慶事に興奮したのち、反省する

 夕食後、居間にアニタら、学園出身者を呼んで、卒業後の平民学生の身の振り方を聞く。


「私は卒業してから、コンパニオンをしていました。1年程で子どもが出来ましたので、しばらくは家にいたのですが、人の紹介でこちらの侍女の仕事を紹介して貰ったんです」


「最初のコンパニオンの仕事は学園から?」


「いえ、知人からの紹介です。コンパニオンは仕事とは言えませんので」


 コンパニオンとは、上流の婦人の側で話し相手をする女性のことだ。

 雇われている、というのとも違う。友人のように振る舞い、社交の場でも一緒に行動する。

求められるのは、上流階級に相応しい立ち居振舞いだ。

 アニタはお母様の友人のコンパニオンだったようだ。


「コンパニオンもそれなりに面白うございました。ただ学園で作法を学んでも、生粋の貴族のような優雅な振る舞いはやはり身に付きませんでしたから、貴族令嬢のコンパニオンと比べるとどうしても限界を感じてしまって……」


 侍女の仕事の方が面白いのだと言う。


「他にも何人か1年で卒業した友人がいるのですが、皆、首都に縁故のある者ばかりです。仕事も紹介ばかりですね」


 他の者の話も似たような感じで、縁故採用ばかりだった。


「ねえ、地方から来た首都に縁故のない学生はどうなったのかしら」


 私が訊ねると、1人がコンパニオンから男爵夫人になった例を上げたが、やはりこれも縁故なのだろう。

 他には故郷で結婚した話ばかりだった。


「書記になった人はいないの」


 皆、顔を見合わす。

 書記や家庭教師などもいたかもしれないが、よく分からないという。


「申し訳ありません、私が在籍していた頃は平民学生がまだ少なかったので」


 アニタが申し訳なさそうに言う。


「サイモン、君はどうなの。学園を卒業したばっかりだし、最近のことも知ってるよね」


 トリスタンがサイモンに発言を促す。


「自分の場合も縁故です。親の代から公爵にお仕えしていますし。女性とは違うかもしれませんが、親の職業を継がない者もいました。長男以外、家に残れないのは貴族の方と代わりませんから」


「継がない場合はどうやって仕事を探すのかしら」


「学園の職員に聞いて、よい仕事先を案内してもらいます。あと、そうですね、発表会がきっかけになる場合もあるようです」


「発表会が?」


 トリスタンが目を丸くする。


「学園広報の学園長の記事にも合ったわね」


 そうだっけ? トリスタンは少し驚いたように言う。学園広報は見ていたはずだが、読んでないのか記憶にないのか……。


 サイモンの話によると以前に比べ学生の勧誘は増えているようで、招待枠で発表会に来た人の中には人材探しを目的にしている人もいるそうだ。


「私も書記と教師の話がありました」


 あと他家からも……と小さな声で付け加えた。


「いい仕事もあったでしょうに、うちを選んでくれたのね。ありがとう、サイモン」


「僕も嬉しいよ。君がエバンズにいてくれて良かった。ありがとう」


 私とトリスタンが矢継ぎ早に礼を言うと、サイモンは顔赤らめてうつむいてしまった。


「でも、私の時は3年の発表会が終わってからの勧誘でした。今はもっと早くなっているのか、グウィネビア様のご友人はとても優秀な方なのかもしれませんね」


 家の者から聞いたのは大体これくらいである。



 私は、居間を退出し自室で手紙の作成に取りかかった。

 とりまとめ役への手紙。

 友人への手紙。

 それからトリスタンとティテル親子に関する情報交換。


「まるで公務をなさってるみたいですね」


 ソフィアが手紙の量を見て言う。

 確かに、学生の社交としての手紙量を越えているような気がする。


「ねえ、ソフィアは何で学園に行かなかったの?」


 私は以前から気にしていたことを聞いてみた。

 もし彼女が学園に通っていたら、今3年生である。

 ノーラやグレタみたいに一緒にお茶を飲んだり、遠乗りをしていたかもしれない。


 ソフィアは虚をつかれたように、しばらく沈黙していた。

 そして言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。


「領地の父が反対しましたから」


 この邸で『領地』という時、それはエバンズ領のことだ。

 ソフィアの一族は代々エバンズ家に家令として仕えている。爵位はないが領地では名家である。


「父は、その、考えが古風といいますか、仕えている家の令嬢と同じ学園に入るのは良くないという考えでして……」


「そうだったの」


 それがエバンズ領の考えなのだろうか。

 リリアやビビアンの話では、最近では地方でも首都の学園を目指す者が増えていると聞いていたが、エバンズは違うのか。

 たしかトリスタンも庶民は字が読めたらそれでいい、というようなことを言っていたような気がする。

 領民の学力向上を目指す土地とそうでない土地、教育レベルの格差はこの先、何を生むのだろうか?


 しかし、今は国内の教育格差を考えている場合ではない。ソフィアの事情である。


「旦那様と奥様は説得してくださったんですが、結局、父の許可はとれませんでした……」


「そんな事情だったの……」


 なぜソフィアが学園に入らなかったのか? 気になったのは自分が学園に入りリリアたちと接するようになってからだ。

 もっと早く、気がついていれば。

 ソフィアと一緒に通いたいと、私が『我儘 』を言えば良かったのだ。


「あ、でも私自身、学園に行くのは過ぎたことだと考えてましたから」


 それと、とソフィアは続ける。


「弟が生まれたんです。私が産まれてからは、母はずっと死産だったんですけど、今8歳になります」


 お父様はもう一度説得に当たり、今度は成功した。ソフィアの弟は3年間学園に通う予定らしい。


「弟さん、よかったわね。クラークより、一つ上になるかしら」


「はい、もしかしたらクラーク様の勉強相手になるかも知れないと、旦那様がおっしゃってます」


「素敵ね、あなたの弟に早く会いたいわ」


「ありがとうございます。弟にこれだけ配慮していただいたんですから、私はグウィネビア様にしっかりお仕えしようと……、あの……それで……、すいません、別の話をしてもよろしいでしょうか」


「かまわないわ、どんな話かしら」


 よほど言いづらいことなのだろうか。

 口ごもるソフィアに、私は出来るだけ優しく返事をした。


「もう旦那様と奥様には了承していただいてるんですけど、どうしても自分の口から言いたくて……、あの、私、結婚します。サイモンと」


「結婚! サイモンと! ソフィア――」


 おめでとう、と言いかけた私の言葉に覆い被さるように、ソフィアは喋りだす。


「それから、あの、大変、申し訳ありません、お暇を頂きとうございます」


「どうして? あ、もしかして、もう……」


「ち、違うんです。でも、いずれ、その」


「ねえ、待って。まずはおめでとう、祝福させてちょうだい」


 私の祝福にソフィアはありがとうございます、と小さな声で応える。

 しかし、どうにも表情が冴えない。今にも泣き出しそうな雰囲気だ。

 以前も似たようなことがあった気がする。


「ねえ、その辞めるって話は、お母様たちは知ってるの?」


「いえ、まだ誰にも。サイモンは知っていますけど」


「サイモンが辞めろと言ったの?」


「いえっ、違います。サイモンには『軽率な考えだ』と言われました」


「なら、どうして……」


 仕事を持つ女性が結婚した場合、仕事をどうするかは、状況次第だ。

 サイモンもソフィアも勤め先は同じ、妊娠しているわけでもない。

 ならばすぐに辞める必要はないはずだが……。


 人が職場を去る時に口にする理由が、実は表向きのものでしかないのは、異世界と同じなのかもしれない。

 表向きは、結婚します。

 しかし、本音は上司のパワハラ。

 上司=私。


 走馬灯のようにこれまでの所行が甦る。

 非常識な早起き、突然の思いつき、ばれたらまずい秘密の共有。

 途中でアニタを付けてもらい負担の軽減を図ったものの、精神的苦痛は癒されなかったのか、プレゼントを渡したら涙が出る始末。

 あと、踊れないのに無理矢理踊らせた。


 まずい、まずい、これでは悪役令嬢である。


「私が、無理ばかりさせたから……」


「いえ、違います。そんなっ、とんでもない」


「でも、普通の侍女の仕事量じゃなかったでしょ」


「いいえ、やりがいのある仕事でした。あの、私、ほんとに自信があったし誇らしかったんです。グウィネビア様にお仕えできて。自分では学園に1年行くのと遜色ないって、思ってて……」


 驕っていました、と、ソフィアは消え入りそうな声で言う。


「グウィネビア様が、学園に入られたくらいから、だんだんお助けできないことが増えてきて、アニタが付くようになって、お休みも増えて……。役に立たないのにいつも優しく接して下さって、プレゼントまで頂いて。私、侍女でいる資格がないんです」


 いや、いや、いや、いや――。

 負担を減らす目的で侍女を増やしたのが、こんなすれ違いを生むなんて。もっと話し合えばよかったのか。


「ソフィアはすごく役にたってるわ。アニタを付けてもらったのは、あなたを働かせすぎだと思ったからよ。学園のことは今さら言っても仕方がないわ。あなたはあなたの出来ることをやってくれたらいいの」


「でも限界を感じるんです。これから学園出身の侍女や従者は増えていくでしょうし、学園で1年学ぶのが採用の最低条件になるんじゃないかって、みんなで話してます」


 侍女は使用人というより、コンパニオンに近い存在である。他家に連れていけば、使用人とは違い客人として扱われる。

 それだけに『学園出身』の侍女は、一種のブランド化しているのかもしれない。


「ソフィアのこと友人だと思ってるの。セシルにも話してないことだっていっぱい話したわ。あなたがいなかったら、誰に相談すればいいの。お願いよ、私を1人にしないで」


 私は、ソフィアの存在がいかに大切であるかを必死に訴えた。

 信頼出来る侍女を持つのは難しい。

 娘や息子に付けられる侍女というのは、大体親の息がかかっている。トリスタンに付いていたマリーや、セシルの侍女のように。

 ソフィアやサイモンのように未熟な主人の寄り添ってくれる侍女や従者は珍しいのだ。


 説得の末、すぐに辞めるのは思いとどまってくれた。しかし、学園出身者との差、という問題は解決していない。なんとかしなくてはならないだろう。

 それにしても学園出身でないことを苦にするソフィアにダンスを踊らせたのは、かなり酷なことではなかったか。平民の間で流行っているダンスを踊って欲しかったのだが、踊りを一つも知らないなど想定外だった。


「あの、ソフィア、やっぱり謝らなくちゃいけないわよね。無理に踊らせてごめんなさい」


「え、そんなこと気にしてらしたんですか? あのダンスがきっかけでサイモンと親しくなって、今でも時々、踊ってます……から……」


 何を思い出したのか、ソフィアは急に顔を赤らめる。


「ちょっと、そのあたり詳しく」


 こうして私は2日連続寝不足になったのだ。

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