グウィネビア様、人の就活で悩む
エーリヒのことで、あれやこれや思い悩んだあとに、何事もない風を装ってランスロットに手紙を書いた。ガウェインとホレスにも返信した。
(えらい、私、えらい)
いつもより少し遅れて学園に向かう馬車の中で、自分で自分を誉めながら、私は欠伸を噛み殺した。
正門につくと、掲示板の前に人だかりが出来ていた。何か新しい発表でもあったのだろうか。
「あら、もう出来たのね」
貼り出されていたのは『学園広報』である。
ルイスが言ったとおり、発表会の記事を出している。
学園長による発表会の意義の談話、数人のベテラン教師による過去の発表会の思い出、過去の発表会で活躍した学生の話など、読みごたえのある記事ばかりだ。
それにしても文章が上手い。談話も、教師から巧みに話題を引き出しているのだろう。
学園長の話から、ダンス、朗読といった華やかな役がつかなくても、作品発表で名を残すことで、のちのキャリアに繋がることが分かる。
作品については授業での出来次第で発表作に加えられることもあるのだ。
非常に質のよい有意義な記事ばかりだが、どうも集まった学生は別の記事に反応しているようだ。
他の記事より下にあるが、文字は大きく幅も広い。男女の一対で表記されたそれは、ここ数ヶ月で、婚約を認可された貴族の名前だ。
「へーっ、こういうのも載せるんだ。これも記事って言うの?」
「どうかしら、ただのお知らせよね。書き写せばいいだけだもの」
たぶん、異世界の新聞のおくやみ欄より労力はすくないと思う。
貴族の婚約が国王に認可されると随時、発表される。
王立図書館にでも行けば有料ではあるが見ることができるし、貴族なら国の刊行物が定期的に届くのだ。それを書き写せばよい。
「おめでとうございます」
「お相手はどんな方で?」
「見て、あの子のお相手の名前」
「平民ね……」
「彼女、別の人と婚約してなかった?」
「ああ、それね」
誰も発表会の記事に反応してない……。
しっかり練り上げられた出来のいい記事より、コピペの方が話題になるとは、異世界並の理不尽さである。
「どうだい? 今回の記事は」
声をかけられて振り替えるとルイスがいた。
いいもの(記事)が見られて気分がよいので、自然と愛想もよくなる。
「おはようございます、ルイスさん。学生とは思えない質の高い記事ですわ。どなたがお書きになったのですか?」
「寮生だよ。陛下訪問の記事を見てね。彼らならいい記事を書けると考えたのさ」
ルイスが名前を上げた寮生の中に、ビビアンとエイブラムもいた。
「リリアも勧誘したんだが、彼女は寮長の仕事で手一杯みたいでね」
「なんだか、珍しいですね。ルイスさんが平民学生の名前を上げるなんて」
「ふん、優秀な者は認めるだけさ」
なんとも傲慢な言い方だが、まだいい気分が継続中なので、にこやかに話しかける。
「こちらの過去の学生の話も寮生ですか?」
「いや、そっちは2、3年が中心に調べた。記事を書いたのは僕で、清書はグレタだ」
おお、初めての共同作業。
「文才がおありですのね、私、もっとこういう記事が読みたいですわ」
「……分かった、皆に伝えておこう」
そう言うとルイスは、すぐに掲示板の前から去っていった。
私とトリスタンは1年棟に向かう。
「君ってさ、あんまりルイスさんのこと好きじゃなかったよね」
「そんなこと言ったかしら? 向こうが嫌ってるのは、確かだけど。まあ、苦手な人よね」
「苦手な人にさ、あんなにニコニコしちゃうんだ」
「いい記事たから当然でしょ。ルイスさんの文章もよかったし、全体の構成もいいわ。それに適材適所よね。人の使い方が上手いのも意外な才能よね。あ、グレタさんの方かしら後で詳しく知りたいわ」
「でもさ……、少し可愛くし過ぎじゃない?」
「ちょっと、さっきから何よ。教室に行くから、じゃあね」
朝から不可解な言動をするトリスタンを置いて、私は教室に入った。
教室でも学生広報の記事の話題で盛り上がっていた。ただし、婚約発表の方だ。
「1年は誰もいなかったわね」
「ううん、もう決まってる子もいるのよ。正式に許可をとってないだけ。発表は2年になってからとか、あと、相手の男性が官職でもっと上級の位になってから発表するの」
こういうことには、やたらと詳しいセシルが説明してくれた。
「平民の官吏と結婚するなら上級職になってもらわないとね」
「ねえ、私たちの学年からは誰が最初かしら」
「お母様がね、学園にいる間に婚約して、卒業したら結婚しなさいって。そんなの古いわよね?」
みんながあれやこれやと話をする。平民学生のモリーたちのグループも婚約発表の話だ。平民が貴族と婚約しても名前が出ることになる。彼女たちにとっても他人事ではない。
私は適当に相づちを打ちながら話を聞いていた。
結婚するならどんな人がいいか、婚約者は在学中に見つけるべきか。
誰もが祝福された婚約と幸福な結婚を当たり前に信じているようにみえる。
実情は分からない。昨日の私のようにとんでもない結婚話が持ち上がっている者だっているかもしれないのだ。
「私ね、セイラさんだと思うの」
1人が小さな声で言う。私たちは、そっと視線をセイラに移す。
セイラはスコットや他のチーム限界貴族の面々と話していた。
「スコットさんでしょ。お似合いね」
それから、話題はやっと発表会になったのだが、残念ながら授業の時間が来てしまった。
「グウィネビアさん、いらっしゃい」
昼にリリアたちと食事をするために医務室に向かった私は、モルガン先生と雑談していた。
先生からグウィネビアカードを売店に置く計画があることを聞いたので、なんとか阻止できないかと思案するが、何も思い付かないので、とりあえず懇願してみる。
「私、カードのせいでずっとみんなにからかわれてるんです。自分のカードなんて売られたら、恥ずかしくて学園に来れなくなります」
「あら、繊細なのね。」
そういう問題ではない。
「あとね、美貌の令嬢に振り回された挙げ句、冷たく振られた貴公子が悲しみのあまり、新年を告げる鐘の音と共にバルコニーから身を踊らせるっていう内容の小説が出版されたわ」
いやーっ。
「あまり面白いとは思えませんね。流行らないことを祈りますわ」
「実は売店に本を置く計画があってね」
「小説などは置きませんよね」
「学門の府に相応しい物が選ばれるでしょうね」
モルガン先生の貴族的な微笑みが心なしかにやにや笑いに見えるのは、私が疑心に取りつかれているせいだろうか?
などと考えていたら、リリアとビビアンがやってきた。
私たちは、昼食をとるために隣の部屋に移動した。
「掲示板、見たわよ。ルイスさんが寮生を高く評価されてて、なんだかうれしかったわ」
「ありがとうございます。あの……2年の貴族の方ですよね。私は直接話したことなくて……、全部グレタさんを通して会話するようなかんじで……」
ビビアンはひどく言いづらそうだ。
さすがはルイス、平民嫌いは健在だった。
「もしかして記事の清書もビビアン?」
「はい、そうです」
「やっぱりカリグラフィに選ばれるわけね。きれいな文字よ」
「ビビアンは書記の話が来てるんです。先生が推薦して下さるって」
リリアが嬉しそうに言う。
「そうなの? 首都で働くの?」
だったらこれからも会えるかもしれない。
私は期待を込めてビビアンに聞く。
「迷ってます……。帰っても、たぶん仕事はないですし……、正直、夏の考査や発表会のことで頭がいっぱいで、仕事のことって考えてなかったんです」
「私としてはあなたが首都に残ってくれたら、嬉しいけど……、何かやりたいことはないの」
「実はあんまり……、ぼんやりと首都ではたらいてお金を稼いで、お母さんと一緒に暮らしたいって思ってて……。でも、お母さんに首都暮らしができるか分からないし、私がそんなに稼げるのかどうかも……」
残念ながら私では、相談に乗って上げることは出来ない。
1年で卒業して首都で働いている人の話を聞ければいいのだが……。
「そうだ、うちのアニタは1年で卒業して働いているわ。アニタや、アニタの同級生なら何かいいアドバイスが出来るかも。……でも、そうね……、首都の出身だから、少し条件が違うわよね」
ノーラやグレタはどうだろうか? いや、彼女たちも首都出身で平民としては上流の人間だ。
「ねえ、なんというか、えーっと、説明会みたいなことってないの? 1年で卒業して働いている人を呼んで体験を聞くような」
リリアとビビアンは首をかしげる。
「聞いたこと、ないですね」
「なら、ビビアンみたいに、地方から来て特に縁故もない学生が首都で働く場合ってどうなってるのかしら」
「私も分からなくて……。寮の子たちに聞いて見ても、みんな目の前の発表会と考査のことで頭がいっぱいなんです」
「そうなるわよね……」
「ねえ、ビビアンを推薦して下さった先生ってどなた?」
ビビアンの話によると、どうやら教師ではなく、就職を専門に扱う職員がいるらしいのだ。
就職のことなど考えていなかったから、そんな職員がいたことも知らない。考える必要もないからだが。
「その先生に頼んで学園を卒業して首都で働いている方の体験談なんか聞けないかしら。出来れば女性がいいわよね」
「そうですね、出来ればどんな働き口があって、どれくらいの給金が貰えて、結婚……がどうなってるか……結婚しなくても食べていけたらいいんですけど」
「ビビアンは結婚したくないの?」
「分かりません……考えたことなくて……」
「そうよね……目の前のことに手一杯だものね」
「私も、2年後には考えないといけないし、他人事じゃないです。あの、寮生で仕事のことで悩んでる人がいないかどうか、聞いてみます」
リリアも不安を覚えているようだ。
「そうね、2年でコースを決めるのに、将来どこで働くかも考えないといけないものね。早めにどんな仕事があるか考えた方がいいわよね」
ノーラやグレタ、ガウェインに平民の卒業後の進路について相談することにした。
ルイスやオスカーは貴族なので関係ないと言えるかもしれないが、一応手紙を出しておく。
ランスロットには直接話そうと思ったが、今日も授業が終わると帰ってしまった。
エルザはロビン先生と練習をした。
群舞とはうってかわって優しい指導だった。
そして精彩を欠いていた。




