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グウィネビア様、自らフラグを立てる

 私とトリスタンは父の書斎のソファに腰かけていた。

 室内には、私たち3人以外はいない。執事も侍女も下げられている。


「呼び出して悪かったね」


「お父様、エーリヒ様はどうされました? 今、どこにいらっしゃるの? ご無事なんですか?」


「グウィネビア、ちょっと……」


 性急な私の私の問いかけに、トリスタンが諌めるように声をかける。


「……お元気だよ」


 その一言のおかげで多少の安堵を得られたものの、嫌な予感は払拭できない。

 気がつくとトリスタンの手が、私の手の上に覆い被さるように添えられていた。自分の手が小刻みに震えているのに気付いた。


「ティテル男爵親子……、エーリヒ殿は、その、少々難しい立場になっていてね」


 そこから、また長い沈黙となった。


「お父様、ザールと言えば、20年前の事と関係があるのではないですか? あの、私、考えたんです。もしかしてエーリヒ様は――」


「グウィネビア」


 お父様が私の言葉を遮るような話しかけてきた。


「仮定の話をしよう。エーリヒ殿が今、非常に厳しい立場にあるとして、いいかね、もしも彼を救う手段が、その、エバンズと姻戚関係になること、つまり、君との結婚になるとしたら、君は承諾するかい?」


 私の手が激しく震えた。いや、トリスタンの手だろうか? とにかく、私たち2人は同じような衝撃を受けたのだ。


「……それが、エーリヒ様を救う唯一の手段なのですか?」


「いや、仮定の話だよ。まだ分からないのだ」


「……この先、エーリヒ様が窮地に陥られて、私との婚姻以外手立てがないのであれば、……私はエーリヒ様と結婚します」


「グウィネビア!」


 トリスタンがたまらず声を上げる。


「結婚といっても、喜ばしいものではないんだよ。例えばだね、君にエバンズの土地をほんの少し与えよう。その土地でエーリヒ殿と暮らす。生涯、そこを離れることは許されない。そんな結婚だとしても、君は承諾できるかい?」


「かまいませんわ、それ以外、エーリヒ様を救う方法がないのであればの話ですが」


「グウィネビア、どうして……。君、そこまでエーリヒ様のこと……」


 トリスタンは息も絶え絶えに、私に話しかける。


「私がエーリヒ様のこと結婚したいほど好きかってこと? まさか、そんなわけないじゃない」


「は? そうなの?」


「いい人よ。好ましいと思ってるわ。でもこの前、知り合ったばかりの人よ。もちろん恋なんて感情はないわ」


「ならばなぜ、結婚を承諾したのかい? いや、仮定の話だよ……」


 お父様が聞く。

 心なしかひどく消耗しているように見える。


「ええ、仮定の話ですね。分かります。はっきり言って馬鹿げた話ですよね。私、エーリヒ様と不本意な結婚を強いられるなんて、嫌ですよ。まったく仮定の話でさえ、不愉快です。でもね、それが唯一、エーリヒ様をお救いする方法なら、私は結婚します」


「……なぜ、そこまでしてエーリヒ殿をお救いしたいと考えるのかね? 君は先ほど恋情はないと言っていたが」


「人が人を……、女が男を救う動機は、恋でなければならないのですか? 友情ではいけませんか? 義憤を持ってはいけませんか? エーリヒ様について、おそらくお父様ほどには知りませんよ。でもね、1人の青年の命運が国家のエゴで消え去ろとしているのではないですか? 私は許さない、そんなこと、絶対に」


 私はそこまで言ってから、「仮定の話ですけどね」と、付け加えた。


「仮定ついでにいいますけどね、もしもトリスタンが何かやらかして危機に陥ったなら、トリスタンとだって……その、結婚しますよ。仮定の話です」


「え? そうなの? あ、なんか僕、ちょっとやらかそうかな……」


「……君はそれ以上やらかさないでくれたまえ」


 変な方向に復活したトリスタンにお父様が釘をさす。


「言っとくけど、廃嫡くらいじゃ、動かないわよ」


「そんなぁ」


 トリスタンを無視してお父様に向き合う。


「話は戻しますけど、エーリヒ様は闇の森の近くにお住まいだったとか。闇の森といえば、あの事件ですよね」


「グウィネビア、その話はここまでだ。トリスタンも今、ここでした話は忘れてくれ。エーリヒ殿の処遇については最大限の配慮をするつもりだ。君の覚悟は聞いたから、私も覚悟を決めよう」


「分かりました。エーリヒ様のこと、よろしくお願いいたします。仮定の話は仮定のまま終わると信じていますわ」


「あ、僕からも。いくら絶世の美女と結婚できても、一生、田舎で幽閉生活ってあんまり救われたようには思えないんですよね」


 追放と幽閉……。

 まるでゲームのような展開だ。


 私とトリスタンは、再び居間に帰ることなく、それぞれの部屋に行くことにした。


「ねえ、20年前って」


「歴史の話よ。教本でも読めば?」


 それだけ言って、トリスタンと別れた。



(エーリヒ様19歳、20年前、ザール、闇の森)


 私は部屋に入り、書棚から王国正史を取り出す。5年前、現国王即位10周年を記念して出版された本で最新版といえる。

 ページをめくりながら、私はとある人物の名前が出た箇所を読む。


 現国王の姉にあたるアリシア姫は、ザールの王太子との婚姻のため出国したが、後に行方不明となる。


 書かれている内容としては、これだけである。

 おそらく私と同い年の学生でこれ以上のことを知っている者はあまりいないだろう。

 せいぜい、ザールの政変に巻き込まれたのか、単なる事故なのか、気にするぐらいだろうか?



 ◆◆◆


「お姫様の船は沈んだのですか?」


 幼い頃、家庭教師にそう聞いたことがある。

 当日、ザールに行くには海路しかなかったのだ。子どもでも知っていることである。

 家庭教師は、声を低め、何か恐ろしい秘密を話すように語った。


「いいえ、姫は闇の森に消えたのです」


「闇の森! 通れるのですか? 森に入れるのですか?」


 興奮する私を見つめ、教師は恐ろしい顔で首を降った。


「いいえ、通れません。通ってはならないのです。森は獣と精霊の領域。森の人以外は入ってはならないのです。闇の森は特にいけません」


 教師によるとかつては闇の森を通ってザールとグラストンは交流していたらしい。無論、自由に往き来できたわけではなく、森の人に許された者のみが森に入ることが許された。

 一度、入ってしまえば海路より安全だと、その当時の人びとは考えていたらしい。

 森の人が常に護衛してくれていたからだ。


「森の人は私たちから対価を得ようとしませんでした。ほんとうは商人が商品を持って移動すると、大変お金がかかるのです。海を渡るには高い船賃がいりますし、賊が出るような場所なら用心棒を雇わなくてはいけません。どこかで宿をとるには宿代がいります。それが森の人の世話になりながら闇の森を通ればただも同然で安全に早く、ザールに行けるのです」


 最初はちょっとした往き来が許される程度だったらしい。それが次第に大規模な輸出入を担う道になっていったのだという。


「商人たちはお礼と称して森の人たちに様々な贈り物をしました。次第に森の人にも欲が生まれたのですよ」


 もっと沢山の人間と荷物を運べば、もっとよい物が手に入る。もっと人を入れよう、もっと物を運ぼう。

 それは人の理屈でいえば悪いことではないように思える。

 しかし、森に人間が進出することは精霊の領域を侵す『悪しきこと』なのだという。


「魔術師たちは警告しました。でも前の国王陛下はお聞き入れになりませんでした。それどころか、アリシア姫のお輿入れのために闇の森を使ったのです。そして遂に精霊の怒りに触れ、アリシア姫とその一行は……闇の森に……飲まれたのです」


「どうして? お姫様は悪いことは何もしてないのに……」


「それは人の理屈。精霊の理屈ではないのです」


 消えたアリシア姫を救出すべく、父である国王陛下は騎士団を派遣した。しかし、森の人はもうグラストンの人間を森に入れることはなかった。ザール側も同様である。


 姫を失った陛下はふさぎの虫に取りつかれ、退位を余儀なくされた。そして新王即位から数ヶ月後に消えるようにお亡くなりになられたのだという。


 ◆◆◆


 以上がかつて家庭教師から聞いた話である。

 この話をそのまま信じていた時期はそう長くはなかった。


 アリシア姫が闇の森に消えたとされる同時期に、ザールの王太子と当時の王がほぼ同時に亡くなっているのだ。

 その後は熾烈な王位争いによる混乱……国土の荒廃。

 グラストン側はアリシア姫が闇の森に消えたなどと信じてはいなかっただろう。


 別の教師は「あくまで私の考えですが――」と断って持論を話してくれた。

 アリシア姫はザールに入り、王太子の元へ向かう途中、弑された。しかし、これでは外交問題に発展してしまう。そこで、ザールはアリシア姫は闇の森からザールに入っていない、ということにしたのではないか。


 私も同じ考えだった。

 しかし、森の人は闇の森から両国の人間を拒絶した。

 アリシア姫がザールに入ったかどうかは定かではないが、闇の森で何かがあったのは確実なのだ。

 そして闇の森の側でグラストン人の子守りに育てられた19歳の青年の出現。


 今、私はある考えを持っている。

 私と同じだけの情報を持っていれば、誰でも思い付くであろう。


 エーリヒはアリシア姫の遺児である――と。

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