グウィネビア様、結婚に夢を見る
エバンズ邸の居間がなんだか寂しくなった。
冬の間、お父様が『若人の間』と呼ぶくらい、ここにみんな集まって話をしたのだ。
今は私とトリスタンの2人だけだ。
「なんだか人が足りない気がしない?」
「うん、分かる……」
なんとなく私の隣にセイラとジェニファーがいる気がするし、トリスタンの隣にはスコットとスティーブンがいないとどうもしっくりこない。
冬の間、不本意な軟禁生活を強いられ、ただひたすら学園に帰りたいと思っていたのに、いざ学園が始まると今度は邸がひどく寂しくなってしまった。
その学園生活もランスロットの調子がいつもと違うせいか、どうも落ち着かないのだ。
「私、ランスロットに手紙に書くわ。エルザがあまりにも可哀想だし、群舞があのレベルじゃ、カップルダンスも相当力をいれないといけないわよね」
「ランスロットだけどさ、最近様子がおかしいのってエーリヒ様がらみかな」
「やっぱり? トリスタンもそう思うのね」
「あのさ、エーリヒ様にも手紙を書かない? 君と僕の連名でさ。令嬢1人の名前で出すよりいいでしょ」
「あなたがそこまでエーリヒ様のこと心配してるなんて、私、嬉しいわ」
私は早速、お父様に手紙を書いてソフィアに渡した。
「エーリヒ様ってさ、なんだか……えっと可愛らしいよね。年の割りになんだか幼いしさ。それに僕らだけじゃないよ、リリアやビビアンや、パーシーも気にしててさ、しょっちゅう聞いてくるよ。『エーリヒ様はどうされてますか?』ってさ 」
「ビビアン……」
「うん、あ、そうだ。ビビアン、びっくりしたよね。でも1年で辞めるのは平民なら普通のことだもんね。富裕層でも女の子は辞めるっていうしさ」
富裕層といえばモリーのことを思い出す。
以前、あまり勉強が好きではないと言っていた気がするのだが、大丈夫だろうか。
「私、すっかり忘れてたもの。1年で辞める子がいるなんて。他の子はどうなのかしら、ガウェインやホレスは騎士科に行くでしょうけど……」
「そう言えばさ、ガウェインが君に勝利を捧げたいって話、どうするの」
「受けるわ。手紙も来たからね、ホレスからも。返事も書くわ」
「いいなあ、特等席があるんでしょ。やっぱり本選はいいとこでみたいよね。僕さ、領地の剣術大会しかみたことないんだよ」
「あら、私なんて剣術大会を見るの初めてよ。どうやって席をとろうかと思ったけど、特等席で見られてよかったわ」
剣術大会はあらゆる領地で見られるし、街でも大小様々な大会が開かれているらしい。かつては軍事的な意味合いがあったが、今では一種の娯楽、いわゆるスポーツの意味合いが強い。
歴史的な大会には『勝利を捧げる』という儀式がある。領主や国王などに対し、勝利した騎士が、『我が勝利を◯◯様に捧ぐ』などと言って礼をするのだ。
学園では、両親や教師、世話になった先輩などが選ばれることが多いという。
優勝すると長めの口上と共に勝利を捧げることになる。
ガウェインとホレスは、私が平民学生の権利のために尽力したことを、人びとに知らしめたいのだと言う。
まあ、優勝の前に本選に進む必要がある。1年で優勝はかなり難しいらしい。
「ねえ、それってさ優勝したら求婚とか……」
「ないわよ。禁止されてるの」
「え、そうなの?」
「私も知らなかったんだけどね……」
定例会が終わったあと、オスカーがガウェインに、
「もしかして優勝したら、求婚するの?」
とからかったのだ。
ガウェインは律儀に、ルールで禁止されていると答えた。
「だいたいね、勝利を捧げるってそんなんじゃないでしょ。まあ、でも、土地によってはあったみたいなんだけど」
騎士が戦いに勝利し求婚した、と古い伝承にある。
この国が一つにまとまった時、消えていった習慣なのだろう。
「勝ったら求婚かあ……、あれ、でも負けたらどうするわけ」
「勝った話しか知らないわね。あと、勝った方と結婚するとか」
「うへえ」
トリスタンは大袈裟な仕草で嫌悪感を示した。
まあ、無理もない。
剣術が強い者ばかりが、女性を思い通りにできるのだ。
そんな世界は嫌だ。
「動物じゃないのに、強い方と結婚なんてごめんだわ」
「君、どんな人と結婚したいの」
「そうね……」
頭に浮かんだのはランスロットだった。ずっと憧れていた結婚相手。
もしも、ランスロットが一貴族だったら、私は彼を好きだっただろうか?
きっと、好きだった。そしてランスロットは、多分……。
「ねえ、今、ランスロットのこと考えてるんじゃない?」
「……よく分かったわね」
「君さ、なんでランスロットと婚約しなかったの?」
「そうね……。ずっと彼と結婚することを夢見てたのよ。でも、ある程度大きくなったら気がつくじゃない? ランスロットは優しいけど、私のこと、そこまで好きじゃないの」
「え? いや、そんなことないって」
「君は王妃にふさわしいって言われたわ」
「それ、もう決まりじゃないっ」
「逆よ。好きって言われなかったのよ」
「いやいや、そんなの重要じゃないよね。だって王妃だよ」
「私、ランスロットが好きなの、王妃になりたいわけじゃなかったの。ランスロットが私を愛してないのが分かってるのに側にいるのは、つらいわ」
ランスロットと結婚することと、王妃になることは、長い間不可分なことだと思っていた。
だが、あの温室でランスロットと会話の最中、この2つが別物であることに気がついたのだ。
ランスロットを愛している。
『王妃にふさわしい』、という言葉だけでは満足できない。
「うーん……、すごく結婚に夢見てない? 僕なんてノーグに来てくれる可愛い子なら誰でもいいけどね。あ、外国人はダメって言われてるけど」
かつて大小の豪族がひしめき、覇を競っていたこの土地では、婚姻による結びつきは重要だった。しかし、国の形がまとまると外国との姻戚関係はリスクとなる。
血統を理由に王位継承権を主張したり、領土拡張を狙う者が現れたのだ。
今では外国の貴族と結婚するより、平民と結婚する貴族の方が多い。ザールとは逆である。
「でもさ、僕だって外国人の血が入ってるんだよね」
「あなたはこの国の人間よ」
「うん、まあ、この国の田舎者だね」
「失礼します」
お父様の所へ手紙を持っていったソフィアが帰って来た。なんだか慌てている。
「おくつろぎの所、申し訳ございません。グウィネビア様、トリスタン様、旦那様がお呼びでございます」
私とトリスタンは立ち上がった。
「エーリヒ様のことだよね。早くない?」
「そうね、手紙の許可だけなら、わざわざ私たちを呼んだりしないわ」
奇妙な胸騒ぎを感じながら、私はトリスタンと共に、父の待つ書斎に向かった。




