グウィネビア様、最初の攻略対象者トリスタンと対面する
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トリスタンの登場は結構早い。なんせヒロインと同じクラスである。向こうから勝手に話しかけてくるのだ。
『へー、君があの特待生のヨシダさん?』と声をかけてくる軽いかんじのたれ目野郎だ。
なんとグウィネビア様の従兄弟だったのか。そこらへんの情報はぜんぜんなかった。吉田さんも話題にしてなかったし。どんな性格なのかさっぱり分からん。
ちなみにこのゲームのキャラ、国名等はアーサー王伝説を元につくってあるらしい。アーサー王伝説は様々な映画やアニメ、ゲームのモチーフになっているので多少なら俺でも分かる。
ランスロット、アーサー、ロビン・フッド、ウイリアム・テル――。
なんとなく聞いたことのある名前である。
元ネタのアーサー王伝説を知っていれば今後の参考になったかもしれない。しかし悲しいかな教科書参考書以外の文章はほとんど読んだことのない似非文系の俺にはアーサー王がどんな話なのかさっぱり分からないのだ。
トリスタンなんて名前覚えるのに苦労したくらいしか記憶になくて、「なんか国っぽい名前のキャラ」で終了していた上に、存在自体、脳内からフェードアウトしていた。
ちなみに一番覚えにくかったのは他でもないグウィネビア様だ。どうしても覚えられないので「ぐっさんって呼んでいい?」って吉田さんに聞いてみたら、射殺されそうな目で睨まれたので必死に覚えたのだ。
グウィネビア様、グウィネビア様、グウィネビア様……。
たぶん覚えづらいからライバルキャラになったんじゃないかなグウィネビア様。
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トリスタンはノーグ辺境伯の息子で母方の従兄弟にあたる。両親は領地経営に追われ社交の場にはほとんど出てこない。最近は息子のトリスタンも両親とともに領内を廻っているせいか、1年に1回も会わない関係だ。
あまり使わないので首都ナレトの邸宅を売り払ってしまったほどだ。その非常識ぶりにお母様は頭を悩ませていたが、お父様は「社交シーズンはうちで過ごせばよい」とまったく気にしていない。そんなわけで、トリスタンとは幼いころはよく一緒に過ごしたのだ。弟が生まれる前の私にとっては唯一の兄弟のような存在だった。
最近は辺境伯一家が首都に来ることもまれだったが、学園入学に当たって我が家に長期滞在することになっている。トリスタンは我が家から学園に通学する予定だ。
そしてゲームの進行状況によってはヒロインと結ばれ可能性がある人物である。重要人物であるにもかかわらず、ゲームの情報がほとんどないせいか従兄弟のトリスタンと攻略対象トリスタンが結び付かなかったのだ。
まあ、トリスタンとの生活はさほど気をつけることはないだろう。従兄弟として過ごせばよいのだ。できたら幼い頃のように兄弟同然の関係になれたらと思う。警戒する必要もないから良好な関係を築きたい。
辺境伯一家歓迎の晩餐で私は2年ぶりにトリスタンと再開した。長身に柔らかい茶色の髪。瞳の色も同じだったように思うが分からない。挨拶の時も食事中も彼は喋ることなく、うつむきがちだったからだ。
お父様やお母様が声をかけると落ち着いた雰囲気の低めの声で応えるところなど大人の男性と言ってもいいくらいなのだが、なぜか私の方を見ようとはしない。ときどき所在なげに視線を彷徨わせる仕草は年齢以上に幼く迷子の子どものようにも見える。
今、私の目の前にいるトリスタンは記憶の中にある快活な少年でもなく、ゲームの中のキザな優男でもなかった。
正直、彼にどういった対応をしたらよいのか分からない。
トリスタンの両親とはいつものような会話をすることができるのに、トリスタンとは上手くいかない。
「……ええ、少し後悔していますの。領地からはなかなか出られませんでしょう? うちは少々……特殊ですから。でもせめてトリスタンだけでもナレトの空気を吸わせれば良かったと、今ごろになって思うのですよ」
トリスタンのお母様は饒舌だ。私の両親が笑顔で相づちをうつ。大人だけだといかにも和やかなよい雰囲気の晩餐になるのに、ここに子ども2人が加わると微妙にぎこちない空気になるのだ。
「そういうことでしたら、娘を大いに頼ってください。何、この年齢でたいした落ち着きでしてね。もしかしたら親より歳をとっているんじゃないかってときどき思うくらいですよ」
お父様の言葉にお母様が軽く抗議して、辺境伯夫人も同調する。
「こんな素晴らしい娘さんにいじわるをするもんじゃありませんよ。悪い父親ですね」
辺境伯が苦笑まじりに言う。
よく知ったもの同士の軽口に過ぎないのだが、15+27歳の自分は正直笑えない。
「お父様、あまりからかわないでくださいませ。私だって学園生活のことを考えると不安ですのよ」
それからトリスタンを方を向く。
「トリスタン、今度のお茶会にはセシルさんがいらっしゃるの。覚えていて? あの方のお父様が学園長なの。きっと学園のことを色々教えてくださると思うわ」
内心トリスタンに無視されるのではないかとドキドキしながら、話しかけると、意外にもごく普通の態度で応えてくれた。
「ものすごく昔に子ども部屋で遊んだ子かな。僕、嫌われてるんじゃないかな。確か窓から脱走しようとして泣かれたような記憶があるんだけど」
「あの頃のあなたはやんちゃだったわね。セシルさんは乱暴な男の子が嫌いだったから。でも今は大丈夫なんでしょ?」
ここで大人たちの中では比較的大人しかった辺境伯が会話に加わった。
「いや、グウィネビア嬢、恥ずかしいことだが、これの悪癖はどんどん酷くなっていましてね。未だに窓から出入りしていますよ。いつぞやは『見張り塔』の壁をするする登っていましてね。発見した兵士は気の毒にその場でひっくり返ったものです。ですからグウィネビア嬢、あまり酷いようならこれのことはほっといてください」
「まあ――」
「素晴らしい! 有望な若者じゃないか。トリスタン、学園には我が国、最古の建築物もある。ぜひ挑戦してみたえ。」
私の声は、お父様の言葉に阻まれてしまった。
トリスタンは困ったような、泣きそうな顔をして最後にはあきらめたようにおどけた仕草を始めた。
「おじ様の期待には応えられませんよ。僕はこの国にふさわしい紳士になるつもりですからね。ちゃんと玄関から入るつもりです」
トリスタンのふざけた言動を辺境伯夫人が軽くたしなめて、晩餐はお開きになった。
コメント欄で指摘があったので補足しておきます。
ランスロット、アーサー、ロビン・フッド、ウイリアム・テル――。
この部分はグウィネビアの前世である竹中れいじの無知からきた間違いです。