グウィネビア様、新しい学園生活が忙しく始まる
学園には終業式もなければ始業式もない。ほとんどの学生が冬季の休みが終わる数日前から学園に来て準備を始める。
「学園はのんびりしてていいよね」
と、トリスタンが言うとスコットとスティーブンが頷く。
セスが何を言ってるのか分からないと言った顔で3人を見る。
セイラは困った表情をしている。同調すべきか否かで迷っているのかもしれない。
明日の本格的な授業の前に、銘々が必要な準備をしていた。それが終わったので食堂で昼食をとっているのだ。今いるメンバーは、エバンズ邸組とセスであり。
「お客が居た頃はさ、グウィネビアが可愛かったんだ。公爵夫人が絵師を呼んでさ、セイラとジェニファーとグウィネビアが本を読んでるところを絵にするって、いろんなポーズをとってさ。それを見学するのが楽しかったよ」
「あんなに色んなポーズとらされたの始めてよ。寒いのに薄着で外にも出たし。セイラとジェニファーがいなかったら、私は中断させてたわ」
「へえ、その絵、完成したら見たいな」
セスが言うので完成したらね、とは言っておいた。
私がモデルになってるだけならともかく、セイラとジェニファーもいるので見せたくないとは言えない。
「ずっとセイラたちと本を読んでたし、子どもにピアノを聴かせたり、ダンスを教えたりしてさ。てっきり年ごろになったからおしとやかになったのかなって――。お客がいなくなったらさ、いつもの調子に戻っちゃったんだよ」
トリスタンがわざと大袈裟なしぐさで頭を抱える。スコットとスティーブンも頷いてる。
「朝から剣術、ダンス、朗読……朝食前にやるのはきつかったな……」
「スコット、君らはいいよ。僕はエバンズ邸にいる限り、あの生活なんだよ」
「冬の間、遊び過ぎたじゃない。取り戻さないと学園が始まってからが大変よ」
客人が少なくなってから、私たちは学園の準備にとりかかった。
トリスタンたちは、授業開始前の数日間学園で準備すればよいと考えているようだが、甘い。
2年以降は専門性が高くなるのだから、さっさと1年の内容は終わらせて先に進むべきだ。
なお、この準備期間中、トリスタンのバルコニー転落(未遂)事件を知った辺境伯夫妻から怒りに満ちた手紙がお父様宛に送られてきた。
余りにも恥ずかしいので学園を辞めさせる、廃嫡するなど物騒な文面に、さすがのトリスタンも青ざめた。
モリーの家から購入したグウィネビアカード5枚セットを送ったのに効果がなかったと嘆いていた。そんなものを贈るからである。
お父様のとりなしでなんとか事は収まったものの、あやうく学園追放になるところだったのだ。
「知ってるでしょ。来年は南方の授業が本格的に始まるわ。カリキュラムも大幅に変更されるのよ」
「うん、来年の1年って大変だよね」
「スティーブン、違うの大変なのは私たちなのよ」
今や街で南方の人間を見ない日はないという、外交政策顧問などの名目で、南の人間が重用されるのでは、という噂もあるのだ。
南方の知識はこれからの上流社会で必須の教養となるであろう。
「南方の言葉、歴史、風俗、作法を1年から学んだ学生と、中途半端にしか学べない私たちと、将来どちらが有利になるか分かるでしょ」
「う、うん……」
「学園で教わるのを待ってるだけじゃだめよ。自分から学んでいかないと」
「うん、なんか父上みたいだね……」
スティーブンの呑気すぎる発言に私は軽く失望した。
スティーブンは土地を持たない官吏上がりの新興貴族である。今の地位を保つためには本人の努力が必要となる。
首都に住み、十分な教育を受けたはずのスティーブンはそのアドバンテージを生かせていない。
「グウィネビアの言うとおりだ。僕らはは遊んで暮らせるほど甘い身分ではないぞ」
どこから聞いていたのか、ジョフリーがやってきた。強烈な援護射撃である。強力すぎてスティーブンはすでに心が瀕死状態である。
ここは一つ、スティーブンの名誉を回復しておかねばならない。
「でもスティーブンはすごく頑張ったわ。授業が始まったらすぐに遠乗りと手合わせの許可がでると思うわ」
「すごいじゃないか、スティーブン。練習場で待ってるぞ」
ジョフリーが笑顔で言うと、スティーブンは死んだように固まってしまった。
ランスロットは授業開始当日まで学園に来なかった。忙しい身の上なのは致し方がないが、どうも表情が冴えない。何かあったのだろうか。
冬の休みが終わると、学園では授業と平行して学園発表会という催しの準備が行われる。学園祭のような物だが、異世界とちがって生徒の自主的な活動ではない。
誰が何を発表するか決定するのかは、教師が決める。
と言っても自由に決める訳にもいかない。
「君については少々難航したよ。君とランスロット殿下を確保できた上に、トリスタンを得たのは僥倖だった」
ロビン先生がニヤリと笑う。先生がこんな顔をするのを始めて見た。
というか生徒に見せていい顔と思えない。
教職員用の談話室に私とトリスタンは呼び出されていた。1年ダンス教師ロビン先生の助手のミナ先生、1年絵画教師チェスター先生。
ああ、発表会の話だな、と分かるメンバーである。
「まだ本決まりではない。他の生徒には追々話をするが君たちは少々忙しくなるので早めに準備をしてもらいたいのだ」
「他の学生より忙しくなるのですか」
「僕も……ですか?」
私たちの質問にロビン先生は答えてくれた。
私と、トリスタンに与えられた課題は、舞踏譜に残された古のダンスを再現することだった。
トリスタンがリュートの演奏をする。
アレンジしてもよいとのことだ。
「君たちを確保した上で、殿下を得るのは至難の業だったよ。セシル嬢とジョフリー君を諦めねばならなかったからな」
「セシルとジョフリーはいないんですか?」
セシル、ジョフリーは踊りの名手である。手放すには惜しい人材だ。
ロビン先生の話から、教師間の駆け引きは熾烈を極めたらしいことが分かった。
私もトリスタンも楽器演奏、朗読、外国語劇、あらゆり分野で引っ張りだこであったらしい。
これは実力というのもあるが、家柄の問題でもある。どの教師も自分の担当する分野から名門家の子女を出したいのだ。
セシルはフルート演奏、ジョフリーは朗読になるらしい。実力から言って妥当だ
それからロビン先生はダンスの他のメンバーを紹介してくれた。
8人の男女の群舞にリリア、パーシーらが出演する。
そしてダンスの花形とも言えるカップルダンスに選ばれたのはランスロットとエルザだった。
「私は他の教師と違って殿下のダンスを余り評価していないのだが……ああ、そんなに睨まないでくれたまえ。だが、エルザ嬢と組めば面白いことになるだろう。リリア嬢でも良かったのだが身分の問題がある」
ロビン先生のランスロット評にはいささか不満があるが、確かに私やセシルと組むより、リリアやエルザの方がより面白いだろう。
「チェスター先生がいらっしゃるということは、絵も出すということですか?」
私の問いにチェスター先生は頷く。
「デッサンを見て考えたんだけど、あの使用人たちのダンスに色を着けて欲しいんだ。まあ、かなり指導が入るけど、いいかな」
「構いませんわ、ではダンスの再現と絵、ですね」
「いや、それと舞踏譜も発表したい。今まで書いた舞踏譜と今回の発表会用のダンスの舞踏譜だ。もちろん、複数の学生が手伝うことになる。それとスケッチを数点、新たに書いてほしい」
「……分かりました」
少し、多い気がする。
ロビン先生は、トリスタンを振り替える。
「君も手伝いたまえ」
「……そうなりますよね……。分かりました」
トリスタンも了承した。




