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グウィネビア様、異国の貴人の虜になる

次の投稿予定は24日(月)です。

 突然のランスロットの登場に室内は驚きと喜びで溢れた。

 なんだか、さっきからやたらと感情を爆発させたている感じがする。みんな、それぞれの理由で不満がたまっていたのだろう。

 この冬、私たちは大人の都合で、未熟者にされたり、大人の対応を求められたりといいように扱われすぎた。


「みんなを驚かせたくてね。内緒にしてたんだ」


 そう言いながらランスロットはセシルに目配せする。

 セシルは今まで素知らぬ顔で澄ましていたのが限界にきたようで、声を出して笑い始めた。


「セシル、よく今まで黙ってたわね。私だったら、途中で我慢できなかったわ」


 エルザもつられたのか笑っている。


「絶対、みんなの驚く顔が見たかったからね。頑張ったのよ」


「人が悪いな。ランスロット、いつからいたんだい?」


「君が話してる最中だよ。庭にグウィネビアとセイラが登場したあたり」


「……」


「最初からじゃない。セシルあなたほんと、よく澄ました顔でいられたわね。全然気がつかなかったわ」


「私、ほんとに楽しいことってなかったの。ランスロットと2人で、あなた達を驚かす計画を立てるぐらいしか楽しみなんてなかったのよ」


「私もさ。今日、皆に会えるのが唯一の楽しみだったんだ」


 ランスロットが席に着くと、給仕たちが入れ替わり立ち代わり、注文を聞いたり、お茶を入れ直したり、お菓子を追加していく。

 さすがの伯爵家の使用人も緊張が隠せない。

 無理もない、王子殿下のお出ましなのだ。


「さあ、私たちは話したわ。次はみんなの番、どんな風に過ごしてたの。エルザ、あなた、広場にいたの? 危なくなかった?」


「私ね、ちょっとした変装をしたの」


 ふふっと笑ってエルザは説明する。

 エルザは姉の服を借りて、髪を高く結い上げたらしい。


「スカートの裾を踝までにしたからね。お姉様と一緒に宮廷女官風っていうか。あ、ふりよ。自分から名乗ったわけじゃないのよ。捕まっちゃうもんね」


 その姿で広場のまん中より少し前にいたらしい。


「そこが一番、バルコニーがよく見えるんですって。でもね……」


 結局、後ろから人に押されて前に出てしまったそうだ。


「お姉様もびっくりしてらしたわ。去年まではこんなことなかって。それでね、しばらくしたら、みんなが何か叫んでるの、グウィネビアさまーって」


 聞きたくない場面に入った。


「あなた、堂々としてたわね。ちょっと離れて見えづらかったけど、すごく優雅に微笑んでたわ。まるで――」


「そんなんじゃないわ。お父様に言われて下を見ないようにしてたの。おかげであなたを探せなかったわ。セシルだってどこにいるか分からなかったの」


「セシルはあなたの隣のバルコニーに居たと思うんだけど、なぜか見えなかったのよ」


 エルザがセシルの方を見ると、セシルは首を降ってため息をついた。


「私はね、お兄様たちと従者にぐるっと囲まれてたの。国王陛下のお姿だってまともに拝見できなかったのよ。みんながランスロットの名前を呼んでるのが分かったけど、見えるのはお兄様の背中だけ。でもちょっと怖かったから、隠れているくらいがよかったかも……」


「そうね、グウィネビアの時も凄かったけど、国王御一家が登場したら、なんっていうのか、地鳴りみたいな……。地面が揺れてるのよね。でも陛下も王妃様もにこやかに微笑んでいらしたわ。でも一番凄かったのはランスロットよね。広場のあちこちで悲鳴があがってたの」


 ランスロットもその時のことを思い出したのか、首を竦めた。


「あれには驚いたよ。いや、みんなにはそう見えなかったのなら、私たちは上手くやれたようだね。あとで家族だけになってから、みんなでガタガタ震えてたんだ」


「なら、僕らと同じだね。僕らも広場の騒ぎが怖くてさ、逃げるように馬車に乗り込んだんだ。それなのにこの人がね、平民に挨拶するみたいに馬車から顔を出すんだよ。それで、どんどん人が集まってさ、いや、まいったよ」


 トリスタンが私を指差しながら言う。

 確かに迂闊な行動だったが、ひどい言い種である。


「悪かったわ。安心して油断してたのよ。それで、エルザはそれからどうしたの」


 私はエルザに話を振る。エルザたちは既に行っている博覧館には行かず見本市に向かった。どこも人が多過ぎて何を買うというわけでもなく、彷徨っていたところにモリーに出くわしたのだ。


「いいわ、エルザ。その先は聞きたくない……」


「なんだい、私は知りたいね」


「そうよ。隠し事はなしよ」


 ランスロットたちは私の態度に不満げだ。エルザはもちろん、話をやめる気はない。

 エルザが連れて来ていた侍女が、見覚えのある木箱をエルザの前に置く。


「ちょっと奮発してね。買っちゃったのよ」


 エルザは厳かに箱を開ける。好奇心いっぱいに箱を見つめるランスロットたち。

 トリスタンは今にも吹き出しそうだ。セイラやスコットまで肩を震わせている。


 その後については、私のダメージが大きすぎて記憶にない。


 私をネタにひとしきり盛り上がったあと、話はセスとジョフリーに移る。


 2人とも小窓で新年の挨拶を聞いていたが、人が多過ぎてほとんど何も見えなかったという。


「広場も凄かったけど、宮殿内もすごかったよね。でもさ、外国の人にはすごい効果だったみたいだよ。僕のうちには南方の人が泊まってたんだけど、あんなすごい光景は見たことないって。一番発展してる国だって誉めてたよ」


 セスが興奮気味に言うと、ジョフリーが鼻を鳴らす。


「南の連中はおべっか使いばっかりだろ? 外国人の言葉なんて信用するもんじゃないさ。まあ、お世辞も言えないのはどうかと思うね。昨日、宮廷で会ったザールの貴族はひどい連中だったよ」


 ザールの貴族と聞いて、少し驚いたが、ジョフリーの話す内容を聞く限りティテル親子ではないようだ。


「外国人も色々よ。悪い人ばかりじゃないわ。ね、グウィネビア、そうよね」


 セイラがおっかなびっくりジョフリーに反論しつつ、私に援護射撃を求めてくる。


「そうよ。エバンズにもザールの方がいらしてるけど、とても気持ちのお優しい素敵な方よ」


 まあ、普通のザール人とは言えないかもしれないけど。


「へえ、公爵の話は本当なのだね。『娘がザールの貴人の虜になっている』って聞いた時は、耳を疑ったのだが」


 ランスロットの言葉にジョフリーの目がきらりと光る。どうやらエーリヒ様が攻撃対象になってしまったようだ。


「いや、ランスロット、ちょっと違うんだよ。エーリヒ様は、本当によい方なんだ。エバンズ邸の人間ならみんな、ティテル親子が好きだよ。まあ、父親の方は息子のおまけみたいな感じで好かれてるけどさ」


 トリスタンに同調するかのように、スコット、スティーブンもいかにティテル親子(主にエーリヒ)が好ましい人物かを喧伝する。

 私たちはランスロットたちに、知っている限りのティテル親子の情報を伝えた。


「おかしいじゃないか、そんな人のいい田舎の貴族がなんで、外国の首都まで来てるんだ。君らは揃ってお人好しの集団か?」


 ジョフリーがもっともなことを言う。


「あの親子に何が秘密と目的があるのは確かだわ。ただエーリヒ様は何も知らないの。自分のことも余りご存知でないのよ」


 エーリヒは、闇の森のそばで父親とグラストンの子守りと暮らしてきた。ザール人と話すより森の人と話すほうが多かったと言う。

 彼が死んだ母や兄の話を聞きたがると、ティテル男爵は「すまない、すまない」とだけ言って口をつぐむのだと言う。

 いつしか、エーリヒは母や兄のことも、自分の出生についても知ろうとしなくなったらしい。


私たちがエーリヒから聞いたのはこんなところだ。


「ティテルには森の人の血が入っていると、エーリヒ殿は仰ったんだね」


「ええ。パーシーの反応を見ても、エーリヒ様に森の人の血が入ってるのは確かなようね」


「それは……、その話はまずいかもしれない。いや、この国ではなんでもない話だが、ザールは身分に厳しいからね」


 ランスロットによると身分の違う者同士の間に子どもが生まれた場合、その子は少なくとも『高い』身分の方にはなれないらしい。


「森の人とザールの貴族の間には建前上は身分の高低はないと思う。森の人は独立した存在だからね。ただザールの貴族は森の人の血を持った者を貴族としては認めないだろう」


「ザール人の無礼さには我慢ならんな。あいつら、ザール語で父上を馬鹿にしてたんだ。『男爵ごときが政に関与するなど笑止』って具合にさ、父上がザールの言葉で話しかけたら、顔色が変わったさ」


 ジョフリーがその時のことを思い出したのか、怒りで顔を歪めながら話す。私たちには慣れた光景だったが、セイラは震えている。


「ジョフリー、気持ちは分かるけどここで怒らないで、私たちが怖いわ。……でも、そうなるとティテル男爵親子は本当に変わってらっしゃるのね」


「うん……、今、分かってるのはザールにとってまったく重要人物じゃないってことぐらいなんだ」


 ザールの貴人については話は、これで終わった。

 私たちはそれぞれの冬の思い出にひとしきり花を咲かせたあと、次の学園生活について話した。


 ランスロットは一足先に帰った、お忍びだからなのだが、心ここにあらず、といった感じだった。

 どうもエーリヒの話のあたりから、様子が変わったように思える。

 何か、気がついたのだろうか。




 セシルの家に訪問した数日後、ティテル親子はエバンズ邸を去った。国へ帰るのではない。宮殿に移ったのだ。

 新年を目指してやってきた異国の貴人たちが、国へ帰るのと入れ替わるように、親子は宮殿に移った。

 これは何を意味するのだろうか? 

 お父様なら何か知っているのだろうが、特にこちらに報告はなかった。


 しばらくして、宮殿でよくしてもらっている、という内容の手紙がティテル親子からお父様にきたのを最後に、親子の消息は分からなくなった。


 私が時折、エーリヒについて訊ねると、お父様は「お元気だよ」と言うのみだった。

冬休み終了で、新学期が始まります。

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