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グウィネビア様、自由を勝ち取る

「エーリヒ様って気安い方だし、ちっとも偉ぶらないんです。笑顔が優しくて分け隔てなく公平で。あれは作法で身に付くものではないのでしょうね。お人柄だわ」


 昼間、エーリヒと楽しい時間を過ごした居間で、今はお父様、ロス男爵と子ども達で話し合いをしていた。

 議題は『ティテル親子について』。


「グウィネビア、君はザールの貴人の虜なのか。参ったねえ。若い娘は少し姿がいいとすぐに高い評価を与えるものだからね」


「おじ様、エーリヒ様は気持ちのよい方ですよ。少し心が弱いのと素朴な所が心配ですけど」


 トリスタンに弱い心を心配されるって相当なことだ。


「弱い心と素朴さはあの方の美質だと思います。大体殿方が、強さや思慮遠謀ばかり評価するのは、私、気に入りませんわ」


 ここで、スコットが遠慮がちに口を挟む。


「公爵、さしでがましいようですけど、僕からも言わせてください。今日来た平民学生たちともエーリヒ様は、ごく自然に関わっておられました。僕も学園で彼らと話すのですが、どうしても彼らは強ばった表情をするのです。なのにエーリヒ様と話す時は皆、柔らかな表情でした」


 次にスティーブンが父親のロス男爵をチラリと見てから、話し始める。


「僕も不思議に思ってました。平民は下手に出るとすぐに侮ってくるって父上に言われていましたし、実際、学園で平民たちが探るような目でこっちを見るのがどうにも好かなかったのですが、今日の平民学生たちはエーリヒ様を軽んじるわけでもなくて、でもとても親しそうに話すのです」


 私のエーリヒ評に渋い顔をしていたお父様だが、トリスタンたちまでエーリヒを高く評価するのを見て、ようやくエーリヒを認めたようだ。

 最近、私の意見よりトリスタンたちの言葉に重きを置くようになったお父様に、私は納得がいかない。


「でもティテル男爵の方は分かりません。お父様方がお詳しいのでしょう」


 私が言うと、お父様とロス男爵は互いの顔を見る。


「男爵はねえ……。素朴な方のようだね。うん、似ていないと思っていたがやはり、親子だね」


 ティテル男爵はよく肥えた人物だ。小さな目と丸い鼻が脂肪の中に埋っている。エーリヒと連れだって歩いても親子には見えない。それに随分年を取っているように見える。


「うーん、素朴過ぎて息子を忘れちゃったのかな?」


 トリスタンが冗談めかして言うのだが、もしかしたらありうる話なのかもしれない。

 しかし、お父様は首を振る。


「ザールの田舎の貴族が他国にやってくるなど普通は考えられないことだ。ティテル男爵には、何かお考えがあるのだろう」


「でも、最近は外国の方が増えているのでしょう? 外国には目的のない旅や、遊学などをする人がいるのでは」


 異世界のような娯楽としての旅行は、この世界では一般的ではない。

 人が動くのは、商売や政治的な理由からだ。貴族は領地と首都を行き来したり、誘われれば他領に言って保養することもあるが、それも社交の一種である。

 身分を問わず、私たちは土地に縛り付けられている。

 好奇心のみで見知らぬ土地に行く人なぞ物語の中にしかいない。


 だが首都には外国人や遠い土地から来る人が増えている。ならば、『旅行』という概念が生まれていてもおかしくない。


「ないとは言えない。外国人と話しているとね、見物のために我が国に来たという人が結構いるのだ。ティテル男爵もね、外国が見たかったとおっしゃられた。しかし、ザールの辺境だよ。ああいう土地の人間というのは動かないものだからねえ」


「グウィネビア、僕には公爵のおっしゃることが分かるよ。学園がなかったら僕は領地から一生でなかったと思う。首都が僕にとっての外国だからね。本物の外国なんて地図の中にしか存在しないと思ってたよ」


 スコットが言葉に、お父様が頷く。


「調べた範囲では男爵はザールの政にも特に関わってはいないようだ。しかし何か目的があって首都まで来たのは間違いない。物見遊山ではない、強い動機があるはずだ。君たちはエーリヒ殿と今日のように付き合ってくれたまえ」


「エーリヒ様の目的を探るのですか?」


「もし彼が何か話すなら聞いてほしいが、探りをいれるような真似は必要ない」


「なら友人としてお付き合いしてもよろしくて」


「うむ、彼が異国で寂しい思いをしないように配慮してくれたまえ」


「承知いたしました。それと私からもお願いがありますの。私とセイラとジェニファーの軟禁状態を解いてください」


 交渉の末、私たちは邸内を侍女付けて出歩く権利を勝ち取った。




 冬の休みも半ば消化した頃、私たちはセシルの家に向かった。

 メンバーは私、トリスタン、セイラ、スコット、スティーブンである。

 ジェニファーは家に残り、『花詩集』を写したり、クラークらと遊んで過ごすらしい。私なら何の罰かと思うような1日の過ごし方だが、ジェニファーにはむしろ楽しい時間のようだ。


 ティテル男爵親子は首都見物である。私の両親とロス男爵夫妻が案内する。

 お母様とロス男爵夫人はすっかりエーリヒの虜になっていた。流暢に言葉を操り、穏やかで偉ぶることもなく、素直に喜びと感謝を表現するザールの貴人はエバンズ邸の婦人の心を完全に掌握してしまったのだ。

 最初こそ、私やトリスタンたちでエーリヒが寂しくならないよう色々配慮していたが、今はその必要がなくなった。

 お母様のサロンの常連となったエーリヒは孤独を感じる間もないだろう。むしろ1人になる時間が欲しいくらいかも知れない。



 伯爵邸につくと、セシルが玄関先で執事を始めとする10人程の使用人を伴って、私たちを出迎えてくれた。

 まだ訪問客も残っているだろうに、娘の友人にこれだけの人員を割いていいのだろうか? という心配をよそにセシルは、心から私たちを歓迎してくれた。


「グウィネビア、会いたかったわ。みんなもよ。私がどれだけ喜んでるか分かる? 大げさに思うでしょ? でも、もう10年くらい誰とも話してない気分なの。孤独で死にそうだったわ」


「分かるわ、セシル。なんだか、学園生活が大昔に感じるの。結局、宮殿でも会えなかったしね」


「そう、それ。なんだか凄いことになってたじゃない、あなた――」


 話の途中で使用人が来客を告げる。エルザ、セス、ジョフリーがやってきた。私たちはお互いの再開を喜んだ。

 トリスタンでさえ、ジョフリーを歓迎したのだ。


「ふん、君、失恋を苦にバルコニーから身を踊らせた割には元気だな」


 と言う、ジョフリーの言葉を聞くまでは。


 私はみんなの話を聞きたかった。しかし、その前に暮れのうんざりするような出来事の説明をしなくてはならなかった。

 話はトリスタンに任せた。



◆◇◆


 年の終わりと始まりの祝いが始まって、僕らは庭で祝いの菓子やらぶどう酒やらでちびちびやってたんだ。

 お客は今年1年の思い出と新しい年への抱負を語り合ったり……は、まったくしてなかったよ。

 みんな、早くグウィネビアが見たかったんだ。

 だってここ数日、グウィネビアたちの姿は完全に隠されててさ。多分、お客は気配さえ感じなかったんじゃないかな。

主役が出てこないからさ、お客の相手は僕らがしてたんだ。


 ――ところでお坊っちゃん方のお相手はどちら様で? おや、まあ、お決まりでない。ところで、こちらのお宅のお嬢様はどんなです? やはり、そのう、宮殿の絵のようなお姿で? ――


 こんな質問を100回くらい、くらってたらさ、公爵夫人がグウィネビアとセイラを連れて庭に現れたんだ。

 ランタンを持った夫人の姿ははっきり見えたけど、後ろの2人の姿はよく見えなかったよ。でも公爵夫人が動くとランタンの光がゆらめいてほんの少しグウィネビアが見えたんだ。

 その時、話していたのは公爵の書記の人だったよ。グウィネビアはその人をじっと見つめていたんだ、それから何か話したあとに、にっこり微笑んだんだ。

 気の毒な書記は、そのまま動けなくなってね。もしかしたら、まだ庭で固まってるんじゃないかな。


 公爵夫人が動いてランタンの光の位置が変わったんで、グウィネビアの姿はすぐ黒い影になったよ。それでもみんなグウィネビアの姿を見たくてさ、3つの影の方をじっと見ていたんだ。


 ランタンやテーブルのランプの灯りが、グウィネビアを照らす瞬間を逃すまいとみんな、もう、爛々とね、してたよ。年の暮れって雰囲気じゃなかった。


 公爵夫人に挨拶した人は、よほど無礼を働かなければ、ご褒美にグウィネビアの言葉と微笑みを賜ることができたんだ。みんな自分の順番を待ってたよ。僕、うっかり並んじゃうとこだったさ。


 しばらくしたら、公爵夫人は令嬢2人を連れて去っていったんだ。大広間も中庭もグウィネビアの話で、持ちきりさ。

 絵が動いてるって言ってる人がいたね。あとなんか詩の一節をつぶやいてる人もいたし。外国の人が叫んでたよ。たぶん「なんてことだっ」みたいな言葉だったと思う。

 なんと可憐な……って言う声が聞こえた時には思わず吹き出したよ。ね、スティーブン、一緒に笑ったよな、スコット。


 それからお客が僕らの所に集まってきてね。最初の質問の繰り返しさ。

 誰があのご令嬢の未来の夫となるのですか? 公爵はなんとおっしゃっているのですか? それからえっと。


 まあ、うんざりしたけど、面白かったよ。

 いつも一緒にいる従姉妹が、精霊だ、女神だ、薔薇の真珠の……そんなかんじでみんなが讃えているのを聞いてるのは、いい気分だったよ。


 南方の人が来てさ、僕らにお酒を勧めたんだ。子どもの飲み物みたいな味なのに美味しかったよ。それからひどい訛りで話しかけてられてさ、分からないからうん、うん、言ってた。


 しばらくしたら、お客も少しづつ部屋で休憩を始めたんで、僕らもどこかで休むことにしたんだ。いつもの居間はお客専用になってたから、僕らは使用人にグウィネビアたちのいる場所を聞いたんだ。僕らの女神はどこに隠されてるのって。

 使用人は丁寧に音楽室ですって答えてくれたよ。さすがはエバンズの使用人だね。


◆◇◆


「もういいわ、トリスタン」


 トリスタンに説明させたのは失敗だった。

 私はそのあと、起こったことをかいつまんで話した。

 子どもたちにピアノを弾いていると、トリスタンがバルコニーに出て壁をよじ登るつもりで、手すりを乗り越えようとしているのに気がつき、慌ててスコットとスティーブンと3人で止めた。その光景を庭の客人に見られてしまった。


「多分、尾ひれがついて変な話になってるんでしょうけど実態はこれよ」


 私が説明したものの、セシル、エルザ、セス、ジョフリーは全く納得しなかった。


「なんでトリスタンは壁を登ろうとしたの」


「そもそも、グウィネビアが止めるのがおかしい。スコット、スティーブン、君らだけでやるべきだった」


「エバンズの邸ではグウィネビアに袖にされた人が何人もいるって話だよ」


「ねえ、ザールの方や南方の方があなたを国に連れて帰るつもりだっていうの。そんなの嘘よね」


 私は、みんなの話が聞きたいのだ。なのに、いつまでも私……というかエバンズ邸の話しか出来ない。


「ねえ、もうこの話はこれでおしまいにしてくれない?」


「いや、私も知りたい。話に混ぜてもらえないかな」


 聞き覚えのある――そして、懐かしい声。

 私たちは声の主を見た。

 いつの間にか、部屋に入りこんだランスロットが微笑みを浮かべながら、私たちを見つめていたのだ。

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