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グウィネビア様、ミーム化する

 エバンズ邸に帰って来たお父様は、訪問客に挨拶を済ませると、謁見のために王宮へ向かった。


「広場が落ち着いているとよいのだが」


 お父様も若干不安を感じているようだ。


 今日は昼から謁見があり、明日からは宮廷舞踏会だ。上流階級の大人たちは、こぞって王宮に向かうため、エバンズ邸に滞在している客たちの姿はまばらだ。


 王室行事が片付くまでは新年の挨拶に来る大人はいない。

 昨日から続く予想を超えたトラブルのため、誰もが疲れていたので、銘々ゆっくりと過ごすことになった。


 もっともトリスタンは昨日の顛末を実家に報告しなければならない。


「ねえ、グウィネビア、出来るだけノーグのみんながひっくり返らないような文面にしたいんだけど、どうしたらいいかな」


「何を書いてもひっくり返ると思うから、好きに書いたらいいんじゃないの」


「そんなぁ」


 そもそも、たかだか新年道●堀ダイブ未遂くらいで、周りが大げさなのだ。

 疲れているのでトリスタンを突き放すことにした。

 しばらく部屋で休むことを告げると、セイラも部屋に入った。スティーブン、スコット、ジェニファーたちは居間に向かったようだ。



 次の日、新年の挨拶を兼ねた手紙が皆のところに続々届いた。お馴染みの面々の他にホレスやペギーからの手紙もあった。

 私たちは居間に集まり銘々に来た手紙を読んでいた。

 パーシーからは男子寮での楽しい祝いの様子、エイブラムからは手紙以外に何やら印刷された紙が入っていた。


『街で購入しました。我々学園の者には価値のないものですが、街では人気があるようです』


「ねえ、見て、これ寮の記事だわ」


 私は印刷物を読む。

 エイブラムの言うとおり、読んで面白いところがあるわけではない。ほぼ学園に貼り出された内容と同じで、おそらく学園の誰かが内容を書き写したのだろう。

 学園の記事にはなかったイラストが付いているのだが、これはデタラメだ。国王夫妻と、なぜかランスロットらしき人物。まったく似ていない。そして制服の学生たち。これも誰でもない架空の人物のようだ。ただ制服は正確に書けているので、生徒の中に関わったものがいるのだろう。

 モリーだろうか?


「大変、グウィネビア、これ全部あなたよ」


 セイラが自分宛の手紙から何かを発見した。

 セイラ、スコットと行動を共にしているチーム限界貴族のメンバーたちが街で発見したのは、何種類かのカード。

 そこには純血の乙女でよく見る構図で、少女が描かれていた。カードの下にはタイトルだろうか、『令嬢グウィネビア』とある。


「……」


 ちょっと言葉が出ない。


「こっちは『グウィネビア姫』になってるよ……」


 スコットが自分宛の手紙からカードを取り出す。余り質のよくない紙に、明らかに純血の乙女だったイラストを改変し『グウィネビア姫』と付けているだけのカードだ。仕事が余りにも雑すぎる。


「いくらなんでも『姫』はないわ。これを買う人がいるのかしら」


 エバンズの領地でなら姫でもよいが、首都では違う意味になってしまう。

 スコットに来た手紙によると外国人向けの土産物らしい。


「色がついてないから分からないけどさ、金髪だよね、こっちは巻き毛。だれも君の顔を知らないんだね」


 トリスタンが呆れたように言う。


「誰も彼も私のことをよく知ってたら、そっちの方が不気味よ。粗悪な紙に適当な絵ばかりなら、どれが本物かも分からないし、すぐに飽きられるでしょうね」


 異世界とは違い、赤の他人に自分の容姿が知れ渡ることはほぼない。王様だって適当に描かれる世界だ。

 似ても似つかない絵が出回るほど、私の印象は曖昧になるだろう。そして忘れ去られるのだ。その方が都合がいい。


 それにしても何でみんなこのカードを送ってくるのか。嫌がらせなのか。


 私はモリーの手紙を読むことにした。新年の祝いの言葉のあとには、憤慨と嘆きが続く。

 どうやら、街に出回っている国王訪問の記事や粗悪なカード類にモリーの家は関わっていないようだ。


『あんな粗悪な物が出回って、学園やグウィネビアさんのことが間違って伝わるなんて我慢できません。私の家では完璧な美しいグウィネビアさんのカードを作りました。博覧館の薔薇を持つ少女が手元にあるみたいで素敵でしょう? 値段は張りますが、皆さんセットで買っていかれます』


 モリーの手紙と共に付いてきた箱を恐る恐る開ける。

 そこには最新技術で作られた『公爵令嬢グウィネビア』フルカラー5枚セットが納められていた。



 翌日、大人たちが王室行事に出掛けている間に、リリアたち寮生がやってきた。

 全員平民なのでエバンズ邸に圧倒され気味のようだ。リリアとビビアンは2回目なのだが、やはり緊張している。

 少し手狭になるがいつも使っている居間に皆を招待した。他の部屋より、リラックスできるだろうと考えたのだ。


「みんな、広場に行ったの? 私は誰にも会えなかったのよ。あんなに混雑してるのは初めてだったわ」


「私たち、みんなで広場に行ったんです。でもバルコニーからグウィネビアさんたちが出るなんて知らなくて……」


 リリアたちは、博覧館側にいたらしく、バルコニーに出ている私たちに最初、気がつかなかったらしい。


「周りの人が叫んでたから、それで気がついたんです。あの……、すごい人気なんですね。私……知らなくて」


 リリアはなんだか申し訳なさそうに話す。


「去年はあんなことなかったのよ。私も怖くなってあまり広場の方を見ないようにしてたの」


「え、あれが普通じゃなかったんですか? 私、他の人みたいにグウィネビアさんの名前、叫んでました」


 ビビアンが隣の寮生と顔を見合わせる。広場には訳も分からず私の名前を叫んでいた者も多かったのだろう。


「でもランスロットは更に凄かったよね」


 トリスタンが笑いながら言う。


「声……というより、地響きみたいで……。それに遠すぎて顔も分からなくて……」


 リリアの言葉に寮生たちは顔を見合わせながら頷く。どうやら、人々の歓声の渦に飲まれ訳が分からない状態で終わったらしい。


「あ、でもね。僕らちょうど博覧館の入り口の近くにいたから、すぐに中に入れたんだ……です」


 パーシーが気軽な感じで喋りだし、あわてて言葉を直す。可愛い。


 宮殿の一部を公開しているだけなので、正確には宮殿内の博覧室というべきだろうが、貴族から庶民まで、博覧館の名で定着しているようだ。


 寮生たちは代わる代わる博覧館の様子を興奮気味に話す。どうやら博覧館側も事前に混乱を予想していたようで、中に入った人々は定められた順路で歩き立ち止まることを許されなかったという。


「絵もゆっくり見られなかったし、でも内装がスゴくて……とにかくグウィネビア様の絵の前は立ち止まっちゃダメなんです。でも素晴らしかったです」


 リリアはほーっと溜め息をつく。なんとなく満足気な様子だ。


「一瞬でもグウィネビアさんの絵の前に立てただけでも、行った価値がありました」


 エイブラムがやや饒舌に例の絵の素晴らしさを讃える。すぐれた作品であるのは事実だ。しかし正直聞き飽きた。

 私は話題を変えるタイミングを待っていた。


「ねえ、みんなは見本市に行ったの? 私たちは宮殿と邸を行ったっきり、外に出てないのよ」


 実際には宮殿はおろか自邸でさえも、自由に動けない軟禁状態なわけだが。

 見本市に話を振ると、寮生たちは我先にと話し出した。


「広場も凄かったんですが、街の人出も暮れとは全然違いました」


「外国人や大道芸人がいて……」


「食べ物がいっぱいあったんです。でもすごい人で」


「僕は不思議な色のジュースを飲んだら、急に歩けなくなって……。どうやら酒だったようです」


「あ、モリーさんが来てらっしゃったんですよ。見本市で色んなカードを売ってて。あ、そこで買ったんですけど」


 寮生たちが何やらごそごそ取り出す。嫌な予感しかしない。


 予想通り、彼らは私のカードを出してきた。モリーがくれたフルカラーのカードもあれば、粗悪品もある。

 私のカードや絵姿はあちこちで売られていたらしい。大体が純血の乙女の構図を流用したものか、『薔薇を持つ少女』の出来損ないの模写のようだ。


「ねえ、モリーの所のカードは高いんでしょ。買っちゃったの?」


「はい、モリーさんが1枚だけでもいいって言うから、みんなで好きなカードを買いました」


 リリアは寮の女の子たちと頷きあっている。まだまだ増えていくらしいので、みんなで集めるのだと言う。

 貴重なお金をそこに使っていいのだろうか?

 高額な実技衣裳を買う必要がなくなったのに、浮いたお金がグウィネビアカードに化けるなんて洒落にならない。

 そもそも集めてどうなるのか。究極竜にでも進化するのか……。


「なんで……こんなことになったのかしら……」


 寮生たちによれば、去年の暮れには私の名前を冠したイラストなどが街に貼られていたと言う。学生だと分かると「貴族のグウィネビア様を知っているのか」と聞かれたそうだ。


「あ、それなら僕も聞かれたことがあったな」


 スコットが言うと、スティーブンも頷く。


「僕は薔薇を持つ少女を知っているかって聞かれて、その時は意味が分からなくて……。あとで博覧館で君の絵を見て分かったよ」


 私の名前が市中で聞かれるようになったのはあの絵が公開されたからだろうか? しかし、あの絵にはグウィネビアという名前はないのだ。しかも、去年のうちに絵を見られるのは上流層だ。


 皆の話では、学園へ商人たちが出入りし始めたあたりからではないかと言う。



「グウィネビア様、失礼します」


 ソフィアが慌てた様子で私の側にやって来て耳打ちする。


「ごめんなさい、ちょっと失礼するわね。トリスタン、あなたも来て」


 私とトリスタンは立ち上がり、居間を退出した。

 軽く緊急事態が起こったのだ。

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