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グウィネビア様、何もしないほうが評価が上がる

 新しい年を迎える時には誰もが祝いに参加する権利を持つ。子どもも老人も病人も、軟禁状態の令嬢さえも。


 私が支度を整え、セイラと共に大広間に出た時にはすでに室内は訪問客であふれていた。

 テーブルには料理が並べられ、中庭に面した扉は開け放たれ、客の一部は外で酒や料理を食べている。

 すでに日は落ちているが、中庭のテーブルに置かれたランプの灯りが周囲を煌々と照らし、木々にはランタンが吊るされているので暗さを感じることはない。今夜は一晩中、こんな調子で邸中が明るく輝いていているのだ。

 貴族の邸だけではない。王宮から下町まで家々が明るく輝くのだと、以前、使用人の誰かに聞いたことがある。


 無礼講に近いパーティーだ。誰かが入ってきても高らかに名前と身分を宣言することはない。それでも私とセイラが広間に入ると人々の視線はさっとこちらに集中した。セイラが小さく震えるのを感じた。


 広間に入った私とセイラの側にお母様がぴったりと寄り添う。誰かが挨拶にくると、まずはお母様が声をかけ、私とセイラを紹介する。それから二言三言、言葉を交わし、次の客に移る。話の主導権はお母様である。私とセイラはただ微笑んでいるだけだ。


「お母様、これはいつまで続くのですか?」


「全てのお客様があなたと会話を終え満足するまでです」


「お客様と会話をしているのはお母様ですよね?」


 客は満足しているわけではない、諦めて退散しているだけだ。


「屁理屈を言うのはおよしなさい。私には母として娘を守る義務があるのです。セイラ、あなたもですよ。2人とも私から離れてはなりません」


 すぐに他の客が来て同じことが繰り返された。母親の鉄壁の守りが切り崩せないと感じたのだろう、私に話しかけようとする客はいなくなった。


「お母様、私、疲れました。休憩してもよろしいかしら」


「分かりました。音楽室にお茶と何か食べ物を用意させますから、暖まってきなさい」


 その時、庭の一角からわっと歓声があがった。雇われた楽士のバイオリンの音と共にダンサーたちが踊り始めたのだ。


(あっちに行きたい……)


 私が踊りを見学すれば、隙ありと見て話しかけようとする者が出てくるだろう。そうなると、またお母様を煩わせることになる。


 私はセイラと共に広間を出て音楽室へ向かった。もちろんお母様も一緒についてくる。

 私たちは廊下ですれ違う客に軽く会釈をしながら音楽室に入った。

 暖炉には火がいれてあり、部屋はすでに暖かい。

 お母様が広間に戻っていくと、私とセイラはソフャに腰を掛けた。何をしたわけでもないのにひどく疲れて、体から力が抜けていく。


「セイラ、ごめんなさいね。新年の祝いをこんなつまらない部屋で過ごすことになるなんて……」


「え? 何も悪いことなんてないわ。私、新年の祝いに出たことないし、そもそも祝いの席なんて何をしていいのか分からないの」


「祝いに出たことがない? 新年の?」


 これは衝撃だった。新年を迎える祝いには全ての人々を招かなくてはならない。話によれば囚人さえもふるまい菓子や料理があるそうだ。


「あ、子どもの頃は参加してたわ。でもお母様が寝たきりになってからは新年はお母様と2人で迎えるの」


 目の見えない祖母は使用人を伴い祝いに参加し、その間、セイラは母とともに祝いの料理と菓子を食べながらゆっくりと過ごしていたという。


「ねえ、ずっと前に冬に雪の像を作る話をしたことがあるけど……」


「あれも、子どもの頃、見たっきりよ」


 新しい年を迎える時には誰もが祝いに参加する権利を持つ。子どもも老人も病人も。

 私はそう教えられてきた。


 私の顔に分かりやすい感情が出ていたのだろう。セイラが慌てたように喋りだす。


「あの、昔のことだから。私は気にしてないのよ。それに……公爵婦人にとてもよくしていただいて……」


「お母様?」


「いつもグウィネビアと一緒に、その、娘のように接していただいて……、その……、私みたいな者に……感謝しかないわ」


 セイラは、この騒動のとばっちりをくらったような感じで私と共に軟禁されている。祝いの場でも私と一緒に、ぴったりとくっついたお母様の視線を感じながら、にっこり微笑んで「面白うございますね」「まあ、素敵」などとひたすら言うだけなのだ。

 それを『感謝している』と彼女は言う。聞くと、ここ数日の軟禁生活も本気で楽しんでいるらしい。


「『花詩集』を読んだり、ジェニファーの勉強を見たり、刺繍をしたり、絵を書いたり。手紙を読むのも楽しいわ。学園が始まってからの準備もできるものね。ああ、でもダンスと楽器が出来ないのは不便ね」


 軟禁中、ダンスと音楽も禁止されていた。この時期、訪問客は割りと自由に邸内を歩き回る。音楽室でうっかり誰かに出くわすのを防ぐためだ。



「ああ、いたいた。世にも稀なる可憐な美少女、光の女神、比類なき美の化身、我らが太陽グウィネビア」


 ノックの音もそこそこに、おかしなことを口走りながらトリスタンが入ってきた。後ろにはスコットとスティーブンがいるが、さすがにトリスタンの不躾な態度に動揺が隠せないようだ。


「ごめんね、僕らもちょっと休憩したくてさ」


 スコットが申し訳ないなさそうに言う。


「いいけど、お客様はどうしたの」


「うん、みんなカードしたり、小部屋に移ったり、好きにしてるよ」


 スティーブンが答える。

 ジェニファーがいないのは、母親と共にいるからだそうだ。


 新年の祝いは長い。休憩を挟みながらだらだら過ごし、新年の鐘がなるころに再び盛り上がり、その喧騒は昼ごろまで続く。


「あとさ、大人がうるさいんだ。誰と結婚するのかとか、君らのことどう思うかとかさ」


 スティーブンが大きなため息と共に、どさりとソフャに腰を落とす。


「いや、まいったよ。君が今日みたいな調子だったらさ、僕、うっかり求婚しちゃうかもしれないじゃないか」


 トリスタンが『求婚』などと口走るので周囲の空気が固くなる。


「トリスタン、あなた、お酒の飲み過ぎじゃない?」


 トリスタンは通常の1.5倍、お調子者になっている。スコットらによると、異国の客から送られた甘い酒が原因だという。

 まあ、酔っているのは間違いないだろう。私が『可憐』に見えるくらいだ。悪酔いもいいところだ。


「今日みたいな様子見ちゃったらさ、邸の前に求婚者の列が出来るね。年が明けたら大変なことになるんじゃないかな」


 トリスタンは、ソフィアが持ってきた水をぐびぐび飲みほす。顔が赤らむわけでも、足取りがおぼつかなくなるわけでもない、ただ普段の言動よりちょっと軽薄になる。面倒な酔っぱらいだ。


「おおげさね、お母様の後ろにくっついて歩いてただけじゃない。何もしてないわ」


「それだよ。まさに、そこ。君が何もやらかさなかったからさ」


 トリスタンの言い方は随分だが、他の男性陣もほぼ似たような感想だった。母親の後ろに控える楚々たる風情の少女。二言三言の会話の中に挟まれるフワリとした微笑み。

 薔薇を持つ少女がそのまま現れ出でたかのような幻想的な光景であったという。


「まあ、僕が息子を持ってるなら、今日の君を息子の妻に向かえたいよね。娘がいるなら取り巻きの1人にしてほしいかな」


「今日の君……ね」


 どうやら私は動かなければ動かないほど評価が上がり、求婚者が増えるらしい。まあ、トリスタンの戯れ言かもしれないけど。

 それにしても訪問客たちは、母親の後ろにくっついて大人しくしている娘が普段も同じように控えめだなんて、本気で信じているのだろうか。


 私は立ち上がりピアノの前に立つ。


「私、一曲弾くわ」


「あら、だめよ。音が漏れるから……」


「大丈夫よ。窓は閉めてるし、みんなお喋りしてるわ。楽士も休憩中で邪魔にならないし、何か聞こえても酔っぱらいの空耳で済ませればいいでしょ」


 人が増えたせいでソフィアは台所に行き、お茶と食事の準備をしている。


 私は棚から楽譜を選んでいると、勢いよく扉が開く音がした。振り向くとクラークを先頭に子どもたちが、勢いよく飛び込んできた。


「あの、すいません。ここにみんな連れていけって……、あ、お兄様」


 一番後ろにいたジェニファーが、兄のスティーブンを見つけるやいなや、かっと詰め寄る。


「お兄様、ひどい。私だけ大人に囲まれて、それから子どもの世話なんて」


「あ、ごめんよ。お母様と一緒にいたからさ」


 そんな2人のやりとりを無視してクラークが私の元にやって来る。


「お姉様、何か弾いてください。楽しいのがいいです」


「いいわ、うんと楽しいのを弾きましょう」


 私は楽譜を取り出すと、ピアノに向かった。

子どもたちがいるので少し簡単なものを弾いてみる。

 たいした難曲ではなかったが、わっと歓声があがる。


「お姉様、あれやって」


 クラークがせがむのでピアノの練習中によくやる悪ふざけで速弾きをしてみた。練習を嫌がるクラークやトリスタンにしてみせると喜ぶのだ。


「どうすればそんなことになるんですか?!」


 子どもの1人が驚いたように話しかけてきた。


「練習よ。毎日毎日、ピアノを弾くの」


「グウィネビア様は踊りの名手と聞きました。踊りはどうしたら上手くなるんですか」


 別の子どもが質問してきた。


「それも練習ね。あとは楽しむこと」


 子どもたちは次々にあれを弾いて、これを弾いてとせがむ。しまいには踊りを見せて欲しいと言い出したので、トリスタンに伴奏を頼もうかと思ったがトリスタンの姿がない。


「グウィネビア、窓が……」


 セイラの声に気がついた私はバルコニーの方を見る。窓は開け放たれ、バルコニーに出たトリスタンの背中が見える。手すりにもたれかかり、まず下を見て、それから振り向き様に上を見上げる。私には彼が何をしようとしているのか理解することができた。


「止めて、トリスタンが壁を登るわっ」


 私はスコットとスティーブンに声をかけるが、2人の反応は鈍い。彼らはトリスタンの奇行を知らないのだ。


「落ちるっ」


 私はバルコニーに向かって走り出す。そのあとにスコットとスティーブンが続く。

 バルコニーに飛び出した私は、トリスタンの胸ぐらをつかみ部屋に入れようとしたが、さすがに男性1人を力づくで動かすのは難しい。トリスタンは私を振り払うと、バルコニーの手すりに足をかける。


 いつものようにしているつもりなのだろう。しかし足をかけた先にあるのは壁ではなく、虚空だ。彼は飛び降りようとしている格好になっている 。


 私がトリスタンの上着を掴むのと同時に、スコットとスティーブンが腰のあたりにしがみついた。

 その瞬間、私たちの体を目映い光がつつみこむ。

 夜空に彩る赤や黄、青、白の光。花火ではない。魔術師たちが精霊の力を借りて空に光の玉を輝かせているのだ。

 光と同時に新年をつげる鐘の音が鳴り響く。

 首都の名物である。


 私たち4人はバルコニーに団子状の塊になりながら転がっていた。サイモンたち男の使用人たちがやってきて1人、1人を助けおこし、部屋に入れてくれた。

 背後から色とりどりの光と鐘の音、そして「素晴らしい年となりますように」という掛け声……が聞こえるはずだが、この騒動のせいかざわめきしか聞こえない。


 幻想的な首都の夜空を楽しむため、人々は上を見上げていた。彼等の目には、光の中で揉み合う男女の姿が写し出されたことだろう。


 これがエバンズ邸の1年の始まりとなったのだ。

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