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グウィネビア様、軟禁状態となる

薔薇乙女って書こうかと思ったんですけど、有名な作品にありましたね。

 夕食では博覧館の話題を避けることが出来なかった。

 私だって色々知りたいのだが、内容次第では心配性のお母様に外出禁止を言い渡されかねない。出来れば居間で聞きたかったのだ。


「人はとにかく凄かったよ。貴族だけって言うけど使用人もいるからさ」


「私、学園以外で、あんな大勢の人を見たことがありませんでした」


 とにかく人の数が凄かった、波にさらわれそうだった、本当に貴族かと思うような振る舞いの者たちがいた――。


「貴族でさえその様子なら、新年になって平民が広場に押し寄せたらどうなるのかしら……」


 案の定、お母様が心配し始めた。

 このままでは、私だけでなくセイラやジェニファーも自宅待機だ。


「ちゃんと絵は見られたのかしら?」


 私は流れを変えようと別の話題をふる。


「見たよ。ちゃんと大広間からね。僕らのランスロット殿下にも会ってきた。でも変だよね、前に見た時は思わなかったんだけど、肖像画の彼、なんだか幼い感じがしたよ」


「絵が幼いんじゃなくて本物の殿下が大人になったのよ」


 ほんの半年前なのに私もランスロットもずいぶん変わった。見た目も心も、そして関係性も。


「そして我らが麗しの薔薇の乙女グウィネビア嬢――」


「ちょっと、変な名前付けないでよ」


 大人もいる夕食の席なのに、トリスタンが自由すぎる。外に活気に当てられて興奮が収まらないようだ。


「しかしですね、グウィネビア嬢、本当に素晴らしかったのです。あなたの絵をあなたが見られないなんて、本当に残念ですよ」


 ここにきて、スティーブンとジェニファーの父、ロス男爵が話し始めた。

 そこに妻の男爵夫人も続く。2人とも興奮しているようだ。


「ええ、ほんとに。前にも見ているんですけど、今日は特別でしたわ。誰も彼も『薔薇を持つ少女』を一目見ようと、必死になっているんです。泣いているご令嬢もいらっしゃったんですよ」


 それは人混みで疲れたのではないのか。


「虚栄心なのは分かりますけどね、絵の前で感激している人たちの向かって『私はこのお嬢さんを知ってるんですよ』って、言ってしまいたい気分になりましたの。いい大人が恥ずかしいことなんですけど」


 知り合いがテレビに出たら、「この子、知ってるの、うちの子の友だちでー」とかやりたい気持ちだろうか。分からないでもない。


「あと外国人もいたよ。話しかけられてさ、困っちゃったよ」


 スティーブンが言うと、


「新年の祝いのために異国人が沢山来ていると行く前に説明しただろう。南方の人間ならともかく、隣国の言葉くらい理解しなさい」


 ロス男爵は苛立ちを隠せない様子だ。昼間の出来事に不満があるのか、今のスティーブンの言動が気に入らないのか、よく分からないが、夕食時の会話にふさわしい態度ではない。


「ねえ、お父様、この時期に博覧館に入ることが出来る外国の方は身分の高い方々なのですか」


 流れを変えるつもりで私はお父様に話しかけた。


「まあ、そう思っていいだろう。体制が違うから一概には言えないところもあるがね」


「異国の商人が増えているとは聞きましたが、高位の方々も増えていらっしゃるのね」


「うむ、いわゆる国賓扱いではないが、王公貴族といってよい身分の方々が増えているね」


 学園にいた異国人の教師のことを思い出す。これから外国人と接することも増えていくのだろうか。


「まあ、いずれ君たちも学園の教師相手ではなく本当に外国人と接する機会がくるだろう。しかし、君たちはこの国の支配階級だ。外国人の前で我が国の品位と威厳を損なうことは許されない。単に受け答えが出来ればよい、という訳にはいかないのだよ。そのために学園で学んでいるのだからね」


 お父様の厳しめの言葉で夕食は終了した。



 次の日から親族が何組か集まったので、大広間での食事となった。彼らもまた博覧館に向かったので、例の絵を見ることになり、例の話題が晩餐の目玉になるのだ。

 トリスタンは私に話しかける時に必ず『薔薇の君』とか『薔薇の乙女』などと、私をからかう。私たちの関係性を知らない親族がそれを見てあらぬ誤解をする。


 ついにうかつな親族が「この絵の少女と今、一緒に過ごしてますよ」などと絵の前で呟いてしまい、会場をパニックに陥らせてしまったらしい。


 ランスロットの手紙からも現場の喧騒が伝わってくる。


『君の絵の前には警備兵が4人つくことになった。大広間より厳重に守られてるよ。それから令嬢たちが、誰彼構わず声をかけられているらしい。君に間違えられたり、君の情報を得ようとしているようだが、単に令嬢に近づきたい不埒者もいるようだ』


 どうやら被害は他の令嬢にも広がっているようだ。しかし、貴族しか入れない時期なのにそれほど無礼なものがいるのだろうか。

 こんな疑問をトリスタンに話したら、


「君みたいに深窓の令嬢は知らないだけさ」


 と言われた。


 腹立たしいが事実なのだろう。

 ランスロットの手紙はまだまだ続く。


『ところで私は「グウィネビア嬢の友人」という素晴らしい称号を手に入れたよ。とても気にいっているからしばらく使うつもりだ』


「勝ったね。僕は「グウィネビア嬢の従兄弟」だからね」


「私も「グウィネビア嬢のお友達」でいいかしら」


「じゃあ、僕は……「グウィネビア嬢の父上と僕の父上は同じ仕事をしている」かな」


 セイラやスティーブンまで悪ノリする始末である。

 この時点では私たちはまだまだ呑気に構えていたのだ。



 混乱はさらに続く。お父様やお母様の友人知人がエバンズ邸で新年を迎えたいと言い出したのだ。この時期の訪問者は拒んではならないのが、我が国の習わしだ。


「君たち喜びたまえ、異国の友人が来ることになったよ。ザール、そして南方の方々だ。学園で学んだことを、おおいに生かしたまえ」


 夕食後、居間でくつろいでいた私たちの前に現れたお父様の突然の発表に私たちは騒然とした。


「待ってください。僕たち隣国の作法はまだやってないし、バール語は2年からですよ」


「いや、トリスタン。大事なのはもてなす気持ちだ。作法の時間に習ったはずだよ」


「まあ……、僕は後ろにいますよ。こういうことはグウィネビアが得意分野だから」


 トリスタンが私をちらりと見る。しかし、お父様は終始トリスタンの方を見て話している。その意図はあきらかだ。


「いや、だめだ。君が前に出なさい。グウィネビア、セイラ、ジェニファー、君たちは自室と居間以外には出てはならない。こちらが呼んだ時だけ、出て来て客人に挨拶をしなさい」


 突然のお父様の宣言に私は動揺を隠せない。

 この状況だ。父は私たちをあまり客人の前に出さないだろうとは思っていたが、これでは軟禁ではないか。


「待ってください。部屋と居間だけですか? 図書室や庭にも出られないのは、ひどすぎます。せめてセイラとジェニファーは自由にしてあげてください」


「我が家で預かっている大事なお嬢さん方を嫌な思いをさせるわけにはいかないよ」


 お父様の決意は固いようだった。

 お父さまはこれから来る客人の情報と私たちがやるべきことを説明してくれた。



 次の日から私たちはクラークや小さな子どもたちと共に食事をとった。この時はトリスタンたちも一緒だ。

 その後は皆で居間に移動し、客人が来ると挨拶のためにトリスタンたち男子は玄関に行き、居間に残された私たちは『花詩集』を書き写すしたり、手紙の回し読みをしていた。


 私たちを退屈させないためだろうか、トリスタンたちはしょっちゅう戻ってきては、客人の様子や誰が何をしたのか話してくれた。

 最初はひどい失敗をした、みっともない態度だったと頭を抱えていた3人だったが、場数を踏むことで自信が生まれたのか、次第に表情に余裕が出てきた。

 まるで分刻みで成長していくかのような彼らの姿を逞しく思うのと同時に、私がこうやって奥向きに押し込められている間にトリスタンらは先に進んでいくのだと虚しさを感じた。


 晩餐に呼ばれた私たちは絶妙に客人と離れたところに配置され、出来るだけ会話に参加しないように仕向けられた。

 時折、話題を振られると「面白うございますね」「興味深い話ですこと」など、当たり障りのない言葉を繰り返すのだった。

 ちなみにそんな私の姿をトリスタンはにこやかに見つめているのだが、あれは絶対心の中で大笑いしている時の顔だ。


 今や私の慰めは友だちからの手紙だけだ。私は自分が軟禁状態にあることをセシルに伝えたのだが、セシルの状況も大差のないものだった。むしろ、友人と一緒にいるだけ私たちの方がマシとも言えた。


 エルザの手紙も興味深いものだった。彼女には何人もの婦人が接触してきた。


『あの人たちは自分の息子の花嫁探しをしているみたい。私が親から持参金を出してもらえないってと分かると、興味を失って去っていくのが面白いわ』


 無礼な対応をする人たちに傷つけられるでもなく、面白がってみせる。強がりかもしれないが、エルザは以前に比べて随分したたかになったものだ。

 それから、私のことを知るためにエルザに接触した人もいたようだ。


『ある婦人は、あなたのことを熱心に聞いてきたの。どんなお嬢さんか知りたいって言うから、あなたの素晴らしさをひたすら話しておいたわ。それから崇拝者には誰がいるのかって話になったから、私こそグウィネビア嬢のもっとも忠実な崇拝者ですって言ったら、ものすごく変な顔をしたの』


「これって、どういうことかしら?」


 セイラが首を傾げる。


「推測だけど、息子の花嫁探しか、娘の恋のライバルが私なのかのどっちかじゃないかしら」


「まあ、誰かしら」


「誰でもいいわ。親が勝手に盛り上がっているだけかもしれないじゃない」


 私は我が子の配偶者探しに躍起になる親に振り回される子どものことを想像してため息をついた。 


 次にモリーの手紙を読む。

 どうも平民の間にも混乱が広がっているようだ。モリーは、色々な人から学園の様子、私の情報を聞かれている。それ以外にも学園に通うお嬢さんを一目みたいという人々が家の周りをうろついているらしく、父親から外出禁止を言い渡されているらしい。

 この影響は学園の生徒以外にも及んでいる。


『私の従姉は学園に行ってもいないのに、私から聞いた話を、さも自分のものらしく話していたんです。それで結婚話まで出て、母親に嘘がばれて怒られていました。ずうずうしいでしょう? でも従姉が言うにはみんなやってるらしいんです。今はスカートの丈がふくらはぎのあたりの女の子は誰彼構わず声をかけられるから、みんな学園の生徒のふりをしているんですって』


 すさまじい世界である。


「なんだかすごいわね。平民までグウィネビアのことを話しているのね」


 セイラが呆れているのか、関心しているのか、よく分からない口調で話す。


「どうかしら、モリーの周りだけかもしれないわ」


 そうは言ったものの、市井でも私のことが話題になっているのは間違いないだろう。


 薔薇を持つ少女グウィネビア、皆が語るグウィネビア。

 当事者を置き去りにして、虚像ばかりが独り歩きしているこの状況に、私は胸が焼けるような焦燥を感じていた。

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