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グウィネビア様、留守番をする

主人公の友だち、サ行多すぎ問題……

 夕食が始まるまでの時間を潰すため、私たちは居間でそれぞれ好きなことをして過ごした。

 スコットとスティーブンは興奮が収まらないようで、しきりに初めての手合わせの感想を言い合っている。スティーブンはまだ学園での手合わせの許可が出ていないのだ。


「早く許可を貰って、学園の練習場を使いたくなってきたよ」


「でもさ、ジョフリーや殿下が相手になると、今日みたいには行かないよ……」


 スコットは興奮するスティーブンを落ち着かせるように言うと、トリスタンがそれを茶化す。


「早く手合わせできるようになって、僕やスコットが、ジョフリーの相手をしなくて済むようにしてほしいね」


「あきれた人ね、そこまでジョフリーと手合わせしたくないの?」


「したくないさ」


 私の問いにトリスタンとスコットが同時に答えた。

 それから2人は、ジョフリーの強さ、しつこさ、容赦のなさについてくどくどしく説明してくれた。


「なんだかジョフリーの方が正しい気がするんだけど……」


「僕ら騎士じゃないしさ、そこまでやる必要ないよ」


 トリスタンが面倒くさそうに言う。


「『まいった』って言う隙を与えないんだよ。どうしても打ちのめしたいんだ」


 スコットはぶるりと震える。

 そんな2人の様子を見たスティーブンは、「まずは遠乗りの許可を貰っとこうかな……」とすっかりやる気を失っている。


「失礼します、グウィネビア様」


 入り口の付近で控えていたソフィアが近づいてきた。手には本を持っている。


「奥様からです」


「あら、早いのね」


 セイラに花言葉を教えるために、お母様が持っている本を貸して欲しいと頼んだのだ。ついさっきのことなのに随分と準備が早い。


「セイラ、これ『花詩集』って言うの」


「あの、これ、手書きの本ですか?」


 私が開く本をセイラは恐る恐る、覗き込む。手書きでいかにも古い。見るからに貴重な品だと分かる。


「これに花の特徴と花言葉が描いてあるの。けっこう古い本だけどね。お母様はこの本が割と好きでね。よく友だちに貸してあげたんですって。私は1回くらいしか読んだことないんだけど。ジェニファーも読んでみる」


 ジェニファーは強い感心を示した。


「これ『花詩集』なんですね。お母様も書き写した物を何枚か持ってるんです。本物が見られるなんて……」


 花詩集は主に貴族の間で広がっている。印刷されたものではないので、個人が好きなところだけ書き写し、それをまた書き写し、と言った具合に伝わっているのだ。

 母が持っているのはオリジナルに近いものだと思うが、著者名もどこで手に入れた本なのかもイマイチ分からないのだ。


「よかったら、書き写す?」


「ありがとうございます。きっとお母様も、お喜びになるわ」


「私も……、あ、公爵夫人が許可してくださったら、だけど」


 ジェニファーが無邪気に喜ぶと、セイラも遠慮がちに、と言った。




 夕食の時に、私が『花詩集』を写したいと言ったら、お母様は大いに喜んでくれた。


「文字の書ける者に手伝わせて完璧な物を2人に持たせますよ。いえ、待って絵よ、絵にしましょう。『花詩集と乙女』。絵師は誰にしましょう。ああ、ワンダがいいわ」


 興奮しすぎである。

 ジェニファーの母親まで一緒になって、構図はどうする、背景がどうのと勝手に話を進めている。

 おきざりにされた私たちはただ呆然とするのみである。娘たちの意思は完全に無視されている。


 何かあればスマホに画像を残せる異世界と違って、こちらでは絵師を呼ばねば絵として残すことは出来ないのだ。

 それにしても面倒なことになった。


「絵と言えば、宮廷博覧館の君の絵、随分と評判がいいようだね」


 お父様が突然思い出したのか、あるいは話の流れを変えようとしたのか分からないが、唐突に違う話題を出してきた。


 王宮前の広場の貴族街側には、貴族用の宮殿があるのだが、広場を挟んだ向かい側にも宮殿がある。この宮殿も、かつては王家縁の貴族の居住用であったが、今は1部が博覧館、図書館として公開されている。

 大広間には、国王夫妻、ランスロット等現王家の肖像画や、彫刻作品が並ぶ。小広間や、廊下にも王家縁の作品が並び、その一角に、王妃様のお茶会の一場面を描いた作品、『薔薇を持つ少女』がある。

 大きなカンバスに、ほぼ等身大と言っていい半年前の私が赤薔薇を持って立っている。花瓶の前で小首を傾げる姿は、薔薇を持たされたものの、さて、どうやって活けたらよいものかさっぱり分からなかった当時を忠実に再現していた。

 腕のいい絵師の手により魅力的な作品に仕上がってはいたが、家族で初めて見たときは、自身のあまりの幼い姿にただただ驚いたものだ。


「君の絵の前に人が集まりすぎて困ったことになっていてね。別室に移されたようだよ」


 隔離か。


「明日、博覧館に行くなら、場所を間違えないようにしなさい、と言いたいところなんだが、君は行かない方が無難かもしれないね」


 現在、博覧館は貴族にのみ公開されているが、新年を祝うために首都に集まった地方の貴族たちで賑わっているらしい。

 お父様は集まった人びとに囲まれ「あの絵の少女に会いたい」とせがまれたらしい。


「もうこれからは、薔薇を持つ少女の父と名乗ることにするよ」


 父が笑えない冗談を言うが、お母様はあからさまに不安げな顔をしている。


「今は田舎の人が沢山いて、いろいろ無礼な振舞いをするようなのよ。令嬢は外に出るべきじゃないわ」


「私は何度か行っているし、あの絵も見たからいいけど……」


 セイラたちは博覧館に行ったことがないのだ。次にいつ行けるか分からないのだから、是非行ってほしい。


 結局、私だけが残りトリスタン、セイラ、スコット、そしてスティーブンたちとその両親が博覧館に行くことになった。


「あなたと一緒に行けないなんて」


 セイラが、悲しげに言う。

 自分が招いた客を案内できないなんて、私も情けない気持ちだ。

 もっとも知り合いとあの絵を一緒に見るのは気恥ずかしい。


「私も一緒に行けなくて残念だわ。本当にすばらしい所だから、是非楽しんできてね」



 トリスタンたちを見送ったあと、私はここ数日の間に受け取った手紙を読み返すことにした。すでに返信済みのものもある。


 エルザ、セシル、ジョフリー、セス、リリアとビビアン。

 それからランスロット。


 エルザは、姉の夫の親族のところで過ごしているらしい。手紙を読む限り、気持ちのよい人たちのようだ。


 セシルの手紙には、新年になったら皆で遊びにきて欲しいと書いてあった。あとは親族と一緒に博覧会に行ったことが書いてある。

 学園でやりとりしている手紙に比べると、感情を抑えた淡々とした内容である。おそらく、手紙の中身は侍女によってチェックされているのだろう。


 ジョフリーは父親の仕事の関係者と会っているようだが、あまり面白いものではないようだ。

 ジョフリーは長男ではない。自活する道を今から探しているのだ。


 セスもジョフリーと同じく父親と挨拶回りをしている。同じく苦痛のようだ。

 セスは跡取り息子である。父親は商人から貴族になり、息子は王子と親友という、今一番勢いのある親子である。

 きっとあからさまな追従や敵意に満ちた視線にさらされていることだろう。


『なんだか学園に帰りたいよ、みんなに会いたいんだ』


 という一文が悲しい。出来るだけ明るい内容の手紙を出した。



 一方、リリアとビビアンの手紙からは喜びと興奮が伝わってくるようだった。

 寮には新しいピアノが2台入り、皆で交代で弾いているという。楽器の変更を考えている学生もいるらしい。

 外出もある程度自由になり、街に買い物にも行っているという。寮で新年の祝いをするためにいろいろ準備をしているらしい。


『みんなの話を聞いてると新年の祝いも少しずつ違いがあるんです。寮の祝いにはいろんな地域の風習を取り入れてみようと思います』


 なにそれ、絶対楽しいし混じりたい。


 最後はランスロットの手紙だ。

 おそらく、セスとジョフリーが手紙を書いた後の出来事なのだろう。

 宮殿でばったりセスとジョフリーに出くわしたランスロットは、2人からまるで10年ぶりに再開したのかのような歓迎ぶりをうけたらしい。

 セスはひたすら「心細かった」と繰り返し、ジョフリーさえも「君に会えてよかった」と言ったらしい。

 3人で早く学園に行きたいと言い合ったという。きっと三者三様の気苦労をしているのだろう。


 最後に、寮の件は君に大変な無礼を働いてしまったと謝罪があった。

 なんのことかと思っていたが、リリアの件で寮に殴り込みをかけそうな勢いだったランスロットをいさめたことがあった。

 大昔の話だ、私はもう忘れていた。


 私はランスロットに手紙を書いた。

 意見の相違から言い争っただけだ。済んだことで謝罪は必要ないが気遣いには感謝すると、できるだけさらっと伝えた。あとは楽しい内容ばかりを書く。

 ジョフリーたち宮殿組と比べると私たちは随分楽しく過ごしているな、改めて感じた。



 トリスタンたちが帰ってきたのは夕方だった。

 帰ってきた彼らの表情は輝いていた。スティーブンの両親さえも、首都の人間であるにもかかわらず、まるで初めて王宮を目の当たりにしたかのような興奮ぶりである。よほど楽しかったようだ。

 やはり、年の終りと始まりというのは特別なのだ。


「やあ、グウィネビア、君は行かなくて正解だったよ。それにしても君って、その場に居なくても主役になるよね」


 トリスタンが愉快そうにしゃべりだす。

 嫌な予感しかない。

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