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グウィネビア様、恋バナをする

プリムラの花言葉は多少いじってます。

 年の瀬になると、親族が本家に集まるのが大抵の領地の習わしである。これは身分を問わない。身内でなくとも、友人知人を家に招くこともある。

 新年を1人で過ごすことは、異世界のボッチクリスマスなど比ではないほど、悲惨なことなのだ。だから、余裕のある家はあちこちに声をかけて人を集める。


 エバンズの領地では、新年を1人で過ごす者がないように、領主の館が解放される。これはエバンズだけでなく大抵の領地で行われていることだ。年の瀬から新年にかけて訪ねて来た人は、だれであろうと食事を振る舞うのが当たり前のことだと考えられている。


 首都では特にその傾向が強い。

 国王陛下の新年の祝いの言葉を聞くために、国中から集まってくる人の中には、首都に知り合いがないことも珍しくない。そんな人びとのために宿でパーティーを開くこともあるらしい。それ以外にも街のあちこちで誰でも参加できるパーティーが開かれる。


 小説などでは新年のパーティーで出会った見知らぬ男性と恋に落ちる令嬢の話がたまにあるが、現実にはありえない話だ。


 上流階級の令嬢ともなると無礼講に近いパーティーほど周りを侍女に囲まれ、普段より堅苦しいくらいである。


 昔は、年の暮れのパーティーで初めて会った人と紹介者なしで話してみたいと思っていた。しかし私が話しかけると皆、硬直してしまうことが、学園生活を通して分かっているので、もうそんな夢は見ないことにした。



「セシルに比べたら君なんて自由放任もいいところだと思うけどね」


 久々のエバンズ邸でのお茶会でトリスタンが言う。参加者は学園入学前から様変わりしている。セイラ、スコット、ジェニファー、スティーブン。

 セイラとスコットは領地に帰らず我が家で冬を過ごしている。スティーブンとジェニファーは父親同士の仕事の関係でやはりエバンズ邸に両親と共に長期滞在する予定だ。


 ちなみにリリアとビビアンも誘ったのだが、さすがに公爵家の客になるのは恐れ多いということで、寮で過ごすことになった。新年には寮のみんなで挨拶に来てくれることになっているので、今から楽しみにしている。


「セシルのお父様は心配性だけど、まあ、仕方がないわね。ねえ、年が明けたらセシルのうちにみんなで遊びに行かない? セシルのお父様が許してくれたらだけど」


「学園長に睨まれながら、セシルと話すことになるけどね」


 トリスタンが冗談めかして言うと、男性陣は一様にうんざり顔をして見せた。まさか学園長がセシルの側にいることはないだろうが、使用人にガチガチにガードされていることは、間違いない。



 それから、新年までの数日間、私たちは室内楽をしたり、朗読会を開いたり、絵を描いたりと楽しく過ごした。


 ある日、トリスタンたち男性陣は手合わせをすると言い出した。明らかに女子の見学を期待している様子だったが私は無視して、庭の散策に出かけることにした。

 セシルは私についてきたが、ジェニファーは残って手合わせを見ることになった。


「私、剣術って初めて見るんです。それにお兄さまを応援しないと」


 たかが手合わせ(の見学)なのに、妙に気合いが入っているジェニファーである。よほど兄が好きなのだろう。


「セイラはいいの? 誰か応援したい人がいるんじゃないの」


「い、いないわ。私……手合わせって怖くて」


「じゃ、一緒に庭に行きましょ」


 私はトリスタンたちの若干恨みがましい視線を無視して、セイラを伴い庭に向かった。



「ねえ、セイラ、今のトリスタンたちの顔を見た? あなたが庭に行くって言ったら、あからさまにがっかりしてたわ」


 私は庭に出て、人気がなくなったのを確認してから、セイラに話しかけた。


「まさか、私なんか」


「男子って馬鹿ね。なんで自分たちが手合わせをするって言い出したら女の子が応援に来ると思うのかしら」


「でも大抵の女子学生ならトリスタンや殿下の手合わせを見たいと思うわ」


「あら、そうなの? あなたが見たいのは、トリスタン? ランスロット?」


「いえ、私は、ほんとに手合わせって苦手だから……。でも、その、スコットが出る時は応援しようかなって」


「あら」


 予想通りの名前が出たので、なんとなく嬉しくなって変な声がでてしまった。


「あ、違うの。あの、可哀想だから、みんな殿下やトリスタンばかり応援するでしょ。だから、私だけでもスコットの方にいなくちゃって」


「優しいのね、セイラ」


「あの……ほんとに……」


 セイラは耳まで赤くして非常に分かりやすい反応をしていた。可愛い。


「ごめんなさいね。からかったりしないから、この話は終わりにしましょう」


「はい……、あ、あの花……えっと……」


 話題を変えようと必死なセイラは、下向きにひっそりと咲く白い花を指差した。


「『ゆきおこし』ね。あれが咲く頃に雪が降るっていうけど、首都じゃ降らないわよね」


「見たことはあるのに、名前が分からなくて……」


「薬草として知られているからね、毒があるの。そろそろ咲くころだと思って確認しに来たのよ。地味だけどよく見ると綺麗でしょ。ちゃんと花言葉もあってね。えっと、確か『慰め』だったかしら。」


「すごい、花言葉も知っているのね、私、何も知らなくて……」


 花言葉は学園で教わることはないが、貴族の教養の一つだ。知らなくてもいいが、知っているに越したことはない。


「ここにいる間に少し花と花言葉を覚えましょうよ。冬の花は他の季節に比べると少し華やかさに欠けるけどかわいい物もあるのよ」


「ありがとう。あ、あれは? なんだかすごく可愛いわ、スミレかしら」


「あれは、プリムラよ」


 砂糖菓子のように可愛らしい花たちが殺風景になりがちな冬の庭に彩りを与えている。


「小さいけど色も豊富で可愛いのよね。きっと王妃様の庭には、もっと華やかな改良種もあると思うわ」


「色も形も違うのね」


「そうね、割と交雑しやすい種みたいね。花言葉は、『青春の始まり』だったかしら」


「青春?」


「早春から初夏のあたりに咲くからね。『青春の始まりと悲しみ』とか『青春の恋』もあったはずよ」


「悲しみ……」


「夏を待たずに散るからですって。でもね、花言葉って一つの花にいろいろついてるの。『永遠の愛情』とかね。あと『運命を拓く』なんてのもあるわ」


「なんだか、急に勇ましくなったわね」


「こんな寒い時期に咲く花ですもの。可愛いだけじゃないわ」


「グウィネビア、あなたはどうしてそんなに物を知ってるの? 私なんて学園で習うことで精一杯だわ」


「そうね……、私の場合は花言葉はお母様ね。時々、お母様が友だちと会話をしている時にもいろいろ覚えたわ。薬草の知識は大きいおばあ様。領地から一切でてこない人だったから、あまり会ったことないけど」


「お母様……」


「セイラは確かお母様はお亡くなりなったのよね」


「ええ、それとお母様は長いこと寝ていらしたから……」


 セイラは自分の境遇について、少し詳しく話してくれた。


 セイラの故郷では身分や男女を問わず雪掻きが仕事なのだという。セイラの母は雪掻きの最中、屋根から落ちてきた雪に潰され、背中を痛め寝たきりになってしまったのだ。

 以来、セイラは、母と目の見えない祖母の世話をしてきた。セイラに読み書きを教えてくれたのは寝たきりになった母だったらしい。母親はセイラに読み書きと、令嬢に必要な振る舞いを可能な限り教え、世を去った。その後もセイラは祖母の世話を続けた。

 父親も年の離れた異母兄もセイラに辛く当たることはなかったが無関心だった。読み書きが出来れば十分という考えで、セイラを学園に上げることを厭うていたそうだ。


「兄には学園で嫁ぎ先を見つけて、もう土地には帰ってくるなと言われました」


「……」


 私が口を開く気配を察知したセイラは慌てて、しゃべりだす。


「兄も父もいい人たちで……。私の土地の人間は口数が少ないから、なんだか酷いこと言ってるように聞こえるかもしれないけど、優しいところもあって……」


 悪人ではないのだろう。しかし幼い少女に介護を押し付け、放置していたのは事実だ。しかし、部外者の私に何か言えるだろうか。


「お家の事情もあるものね。この話はこれでおしまいにしましょう。冷えてきたし、戻ってチョコレートを飲みましょうよ」


 邸内に戻ると、トリスタンたちがいる練習場に向かった。

 ちょうどトリスタンとスコットが手合わせをしている最中で、スティーブンとジェニファーは見学中だった。


「みんな、熱心ね。ジェニファー、どう? 初めて手合わせを見た感想は」


「あ、はい。すごい迫力で……、その……」


 ジェニファーは、顔を赤らめながら言葉を濁す。視線の先にいるのはトリスタンだ。

 また1人、トリスタンの取り巻きが増えた。立場が逆なら「新しい崇拝者」などとからかうだろうが、私はもちろん、そんなことはしない。


 手合わせは、スコットの「まいった』の声で終了した。

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