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グウィネビア様、平民をしばきたおす

 国王夫妻襲撃の興奮は次第に収まり、私たちは冬の考査にむけて再び動き出した。


 とりまとめ役全員で、一度考査に落ちた者全員に、もう一度チャンスを与えてほしいと掛け合い、了承をもぎ取った。要するに赤点なら追試してねって話である。

 その他にも平民学生の個別授業および、少人数による指導も要求し、一部の教師は受け入れてくれた。


 学生側の自主的な動きもあった。セイラ、スコットなど一部の貴族学生らが個人授業を断り、平民とともに少人数の授業に参加した。

 敢えて後ろの席を選び、教師には平民学生と同じように接してほしいと頼む念の入れようだった。

 これにより、教師の個人授業にかける時間は大幅に減り、負担も少なくなったようだ。


 学生たちの寮生への態度は明らかに改善した。少し前は、国王陛下訪問の影響で気持ちの悪い持ち上げられ方をしていたが、掲示板に貼り紙が出たあたりから、ごく自然な態度で受け入れられるようになったと言う。


「寮生への態度は確かに変わりました。でも、どちらかと言うと寮生自身が変わったと思いますよ」


 定例会の席でのノーラの発言である。

 以前は下を向き、自信なげに寮生同士で固まり、実技、座学ともに振るわない者が大半だったという。


「正直、どうやって試験に合格したのかと、内心思ってたんです」


 ノーラは悲しげな表情をした。

 勝手に謝り勝手にすっきりする者もいれば、悔恨に苛まれる者もいるのだ。


 人間には誇りが必要で、それが奪われた寮生は、本来の才能を発揮することができなかったのだろう。

 寮監の罪が明らかになり、寮が生まれ変わり、国王陛下の謝罪をうけたことで彼らの名誉は回復した。

 最初は冬の考査のあとにすればいいのに、と思っていたが、早い時期に国王陛下が来てくださって本当によかった。



 私の『傾向と対策』も、最初のころよりさらに精度が上がっている。歴史、法律あたりなら暗記でいけるだろう。魔法は出題範囲が広すぎるのが難点だが、これも基本的に暗記である。幾何、代数は問題をひたすらこなすしかない。私は回答付き問題集を作った。


「まず、問題の答えを石板に書いて答え合わせをしてね。それから間違った所を何度でも繰り返すの」


 私の話を神妙に聞いているのは、数人の貴族学生と平民学生だ。以前なら混じり合うことのなかったグループが今、同じ場所で同じ苦労を共にしている。


 地域言語の試験では会話が重視されるので、口頭の試験である。元々大小の国々が集まってできた我が国は、地域ごとに違う言語を使っている。しかし、この違いというのが独立語というより方言に近いので、私はさほど苦労したことはない。

 隣国についても、元は同じ言語から枝分かれしたと考えられているので習得にさほど時間がかからない。

 大事なのは慣れである。とにかく話して話して身につけるしかない。



 そして冬の考査期間がやってきた。異世界と違い成績が発表されることはない。それどころか、テスト用紙が戻って来ることさえないのだ。戻ってきたら、それは考査に落ちた、ということである。


「戻って来ませんように! 戻って来ませんように!」


 談話室で、パーシーがひたすら祈りを捧げている。似たようなことをぶつぶつ言っている学生はあちこちにいる。悲愴感を漂わせているのは制服組ばかりだ。


 貴族学生は考査で落ちることはないので呑気なものである。みんな、乗馬や手合わせの時間について話している。貴族も落ちることはあるが、教師が個人授業をしてくれるのだ。それが煩わしいと嘆く贅沢者がいるくらいだ。


 全ての考査が終わると次の日には、結果が分かる。

 1年とりまとめ役で相談して、掲示板に考査に落ちた学生のための勉強会を開くことを発表した。


『落ちた』学生のみ、朝の出欠の時にテスト用紙のはいった手紙を渡されるのだ。考査結果が分かるまでは学生間の手紙のやりとりは極端に減る。まぎらわしく、心臓に悪いので嫌われるのだ。


 ここ数日、私にも手紙が来ていない。そして考査当日も手紙はなかった。当然、と思いつつちょっと緊張していたのだ。


「僕もなかったよ~」


 トリスタンがへらへら笑いながら言う。


「あら、よかったわね」


 正直、剣術あたりで呼び出されて鍛え上げてもらえばいいのに、と思わないでもないが、貴族に無駄な時間を割いてもらいたくはない。


 その時、少し離れた所から嗚咽が聞こえた。見ると、制服の女子学生は口許をおさえつけ、声を圧し殺すように泣いている。手に持っているのは学園が用意した手紙だ。


「どうしました? あちらに座って落ち着きませんか」


 私とトリスタンは、泣いている女子学生を談話室のソファに座らせる。


「私は1年のグウィネビアと申します。」


「僕はトリスタンです。あれ? 君、エルザと同じクラスじゃない?」


 さすがトリスタン、女の子はチェック済みであった。

 女子学生はトリスタンと私に目を向け、改めてぎょっとしたように身を引く。自分が貴族に声をかけられているという現実に怯えているのだ。


「はい……、ペギーと申します。すみません、お見苦しい姿をお見せしてしまって」


「かまわないわ。それ、学園からの手紙でしょう? 何か足りない所があったのかしら」


「あの……、お話するようなことでは……」


「この人、知らない? 有名なおせっかいなんだよ。なんなら君を考査で落とした教師なんてさ、この人が捻り潰してあげるよ」


 トリスタンの笑えない冗談が功を奏したのか、ペギーは落ち着きを取り戻し、話し始めた。


「言語で……口頭の試験で落ちてしまって……」


「手紙には何が書いてあったの?」


「3日後にもう1回、試験を受けるように……」


「なら、それまでに何とかすればいいわ」


「無理です……そんなこと……」


「今からみんなで集まることになってるから、一緒に対策をたてましょう」


「……」


 ペギーの反応は鈍い。3日しかないのだから、すぐにでも動かなくてはならない。


「あなた、試験に合格出来たんでしょ。実技も問題なかったなら充分考査を通る実力はあるはずよ。まだチャンスがあるのに何もせずに学園を去るつもり?」


 いくつもまとめを作り、問題集も作った。教師に掛け合い、少人数授業や追試も実現した。それでも最後は学生個人の力が必要だ。もしもペギーが与えられたチャンスを生かすつもりがないなら、もう私に出来ることはない。


(無理にでもひっぱって行こうか……、それとも……)


 次にどう行動すべきか思案していた時、ペギーがすっと顔をあげた。


「分かりました。やります」



 勉強会に参加したのはペギーを含めて10人だった。


「ガウェイン、他の学生は参加しなかったのね」


「あ、いえ、そうではなくて、これで全員なのです」


 正確にはまだ他にも手紙を受け取った者はいるが、点数的に全てぎりぎりでこのままでは次の考査は厳しいという警告や、実技の出来を指摘されたものだった。


「問題はあるが今回の考査はなんとか通過しました。あとは彼らが追試を乗り越えれば……」


 そう言ってガウェインは10人を見る。彼らはうつむき小さくなっている。まるで悪事を働いたかのように萎縮していた。


「みんな、あの難しい(多分)試験を通過したのよ。本来の力が発揮できれば問題ないはずだわ。時間が惜しいわ。さあ、顔あげて」


 軽く激を飛ばし、1人1人、考査に落ちた科目の確認をする。

 ペギーと同じく地域言語で落ちたものが数名いた。ほとんどの学生が落としたのは一科目で、乗馬の時間に落馬して授業に参加できなかった男子学生のみ、複数の科目を落としていた。


 私は地域言語で落ちた学生に出題形式で会話をしてみたが、驚いたことに皆、スムーズに会話できた。


「おかしいわね。どうして落ちたのかしら」


「先生が助手の先生で、すごい年の人だったんです」


「私も自信があったんですが、部屋に入ったら見たこともないおじいさんに話しかけられて……。何も聞き取れなくてショックで……」


「とりまとめ役の名で抗議します。3日後の試験は、別の人にしてもらいましょう」


 学生の運命を左右する考査でふざけたことをしてくれるものだ。

 言語組は落ち着いて本来の実力がだせれば、問題ないという結論になった。


 あとは魔法学で落ちた者たちだった。かつては独立していた薬草、狩猟といった科目がなくなり、その一部が魔法学に組み込まれたため、非常に範囲が広くなっている。何が出るのが教師次第のように見える。


「2、3年生や、兄や姉がいる人たちから聞いた話を参考にしたら、ある程度出題範囲は絞れると思うの。特に基本事項はぜったい落とさない。これさえ出来れば落ちないと思うわ」


 魔法学を落とした学生は、かなり要領の悪い勉強をしていたようだったので、私が作ったまとめを全て覚えてもらうことにした。入学試験を思えば簡単なことだ。


 厳しいのは、落馬した学生だ。体が痛くて仕方がないんです、と泣きそうな顔で訴える彼は、魔法、幾何、歴史を落としていた。実力というより体調不良が原因だ。


「馬術の先生が掛け合ってくれて、今回は実技は考査対象にならなかったんです。でも……座学が駄目で……」


 今、彼に必要なのは試験勉強ではなく療養だ。しかし怪我や病気に対する救済措置が一切ない平民学生には、休学という選択肢はない。

 彼にはまとめを渡し、自宅で勉強してもらうことにした。進度の確認のためにガウェインが毎日、自宅に訪問する。


「それにしても10人って少ない感じがするけど、どうなのかしら」


 私はガウェインに尋ねる。


「少ないですよ。兄の話では、例年は50人ほど、落ちるようです」


「そんなに?!」


 全員が学園を去るわけではない。教師と個別に交渉した結果、なんとか学園に残れる者もいるらしい。


「グウィネビアさんの筆記帳や少人数授業の効果だと思います。あとは寮の改善や国王陛下の訪問、実技衣裳の憂いがなくなったこと、それから……。僕らは幸運だった。あなたや殿下のいる学年で」


「だめよ、幸運なんて言っては。この先は、これが普通になるの」


 後で知ったが、私たちの学年全体が飛び抜けてよい成績だったらしい。


「優秀な学生がたまたまいたわけじゃないわ。本来の能力が発揮できる環境が揃っただけ。でもまだ不十分よ」


 そして、10人は全員合格した。冬の考査で落ちた学生は1人もいなかったのだ。

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