グウィネビア様、会いに行ける国王に翻弄される
会いに行ける国王、リアルにいらっしゃるのですね。こりゃ、失礼。
国王夫妻が寮を訪問するのは、これまでの寮をなおざりにし、寮生たちを長年に渡って苦しめていたことを謝罪するためだそうだ。
そのきっかけを作ったのは私だ。
定例会でノーラたちは寮生に謝罪したことを他のとりまとめ役に報告した。オスカーとランスロットはその尊い行為を称え、自分たちも謝罪すべきだったと言った。ルイスは無言だった。
私は、どちらかと言えば不満の方が大きかった。
「ノーラさんたちの行為は立派ですよ。でもね、本当に責任のある人って誰ですか? 私たちなぜこんなに分断されているんでしょう。貴族、平民、富裕層、官吏層、寮生、伝統貴族、新興貴族、この分断を作ったのは私たち学生ですか?」
私の問いに反応したのはルイスだった。
「グウィネビア嬢、相変わらず演説がお好きなようですね。それで? あなたは、何が言いたいのですか」
私も相変わらずだが、ルイスも通常運転だ。
「私はね、謝ってほしいんです。大人にね。ちゃんと責任ある人たちに」
と、言う会話があり、それがランスロット経由で国王夫妻に伝わったのだ。
国王夫妻の行動は立派だ。アッパレである。えらい、すごい。
でも冬の考査前に来なくてもいいんじゃないかな。
貴族の私はいいが、寮生はかなり大変なんじゃなかろうか。
「最悪ですね」
うつむき加減にエイブラムは言った。
昼休憩、私服制服入り交じった一団が空き教室を借りて書き物をしている。授業のまとめを写したり、自習をするためだ。
彼の言葉、この時期に国王訪問というイベントが来てしまったことに対してだが、話し相手は貴族である。端で見ている者にとっては不敬な態度と感じるだろう。
案の定、周りの学生たちが不安そうにこちらを見る。
「いい加減にしないか、エイブラム。その態度で国王の前に出るつもりか」
そう言ったのはセスだ。
入学してから色々揉まれたせいだろう、王妃様のお茶会の席の時とは別人のように堂々とした物言いだ。
まあ、過去の経緯からエイブラムには少しあたりがきついのだが。
「あなたの率直なところ、私、好きよ。でもね、時と場所を考えないと」
『好きよ』
この言葉のせいだろうか、周囲が先ほどよりざわついてしまった。
エイブラムも固まっている。
どうやら、時と場所を間違えたのは私のようだ。
「考えようによっては悪いことじゃないのよ。私たちはこの1年で国王陛下の前に出ても恥ずかしくないだけの作法を習得しなくてはいけないのだから。少し、前倒しになっただけよ」
さっきの発言のせいなのか、固まって動けないでいるエイブラムや、周りに言い聞かせるように話したが、微妙な空気を払拭できない。
「でも早すぎる気はするわ。私……貴族だけど……怖いわ。正直、1年後だって無理よ」
セイラが書き写しの手を止めて言う。
自分が陛下の前に出るところを想像したのだろうか、ぶるりと震える。
「でもね、いずれ社交界にデビューするでしょ。その時何かあるより、今、学生の時に失敗した方がいいのよ。ランスロットも今回の訪問はさほどかしこまる必要はないって言ってるから」
まあ、王子がそう言ったからと、本気にする者はいないだろうが。
「では、無礼講ということですね」
ダメな方向に立ち直ったエイブラムが言う。
面接で『服装自由』と言われて、ジーパンで来る人だ。
「エイブラム、聞いていると思うけど寮生は全員立ち居振舞いの確認をすることになってるわ。教師が中心だけど、ランスロットと私も入るわ。いい機会だからしっかり作法を身に付けてね。そうでなきゃ、座学でなんとかなっても、実技で落ちるわよ」
この言葉に、周りの平民学生もすっと背筋を伸ばす。なぜか貴族学生まで顔つきが変わったのだ。
彼らだけではない、私も気合いをいれなくては。
国王夫妻の寮訪問の段取りはすでに決められている。訪問は昼休憩終了後、学生が授業をしている時間帯となる。
まずは正門前で学園長と教職員が夫妻を迎える。しばし談話室での歓談のあと、新しく出来た売店、実技衣裳の有償貸与、寄付売場などの見学。そのあと国王陛下は男子寮、王妃殿下は女子寮の見学。授業終了後、個室にて寮の代表者らとの歓談。最後は寮にて食事会となる。食事会となっているが、事実上晩餐会である。
国王夫妻が学園と寮を見学している最中は授業の予定となっているが、ばったり出くわすこともあるだろう。その時の会釈だったり、話しかけられた時の受け答えなどの練習を1年中心に行われた。
春には学園発表会が行われ、その時にも国王夫妻の訪問があるので、それが前倒しにやって来た感じだ。
当日、私の出番はない。リリアたち寮生が主役なのだ。私は、主役が主役に相応しい振る舞いが出来るよう手助けをするだけだ。
国王夫妻が訪問まで、私とランスロットは寮の代表らと何度も昼食やお茶を共にした。
ランスロットが中心になり、会話を進めていく。リリアはともかく他の面々はかなり緊張した様子だったが、生まれ変わりつつある寮の話は実に楽しかった。
「寮の話は実にゆかいだね。君たちが新しい寮を作っていく様子がよく分かるよ。父上にもぜひ、その話をしてほしい」
ランスロットが会話の糸口になりそうな物を探していく。寮生たちは神妙な面持ちでランスロットの話を聞いていた。
しかし、ランスロットの意図にまったく気がついていない者がいた。
「あなた息子なんだから、今日の話を聞かせたらいいじゃないですか」
エイブラムである。
なぜエイブラムがここに居るのかというと、彼は副寮長に就任しているからだ。
エイブラムは男子寮でリリアの書いた紙を取り戻してくれた。その際、男子たちのリリアへの嫌がらせの実態も掴んだのだ。
そして寮の改革に意欲を示している。
寮の代表になるには適任ではあるが、身分ある人の前に出すのは危険すぎる人物だ。
「エイブラム、今は当日にする会話の練習をしているの。話す内容があらかじめ決められていた方が私たちの負担が少ないでしょ」
リリアが丁寧に説明する。
エイブラムは納得していないのか、睨みつけるような視線をリリアに向ける。
短い付き合いだが、エイブラムの藪睨みもぶっきらぼうな口調にも他意はないのは分かっている。しかし、人に向けていい視線ではない。
「エイブラム、そんな風に人を睨み付けるのはやめてちょうだい。あと、無言もよくないわね。考えてる時、あなたがしゃべらなくなるのは、知っているわ。でもね、周りの人は分からないの。あなたを敵意のある人だと感じてしまうわ。返事は必ずしてね」
「……」
エイブラムは何も言わずうつ向いてしまった。
正直、彼の作法はぎこちはないが、さほど悪くはない。問題はこの言動にある。
しかし、エイブラムの性格を考えると、当たり障りのない回答を用意して、その通り答えさせることもできないだろう。
「ねえ、エイブラム。私ね、最初のころグウィネビアさんに『貴族の動きをよく見て、振る舞いを学びなさい』って言われたの。それでグウィネビアさんをよく見て、いろいろ勉強したの。だからエイブラムもグウィネビアさんを参考にしてみたら、どう?」
リリアがとんでもないことを提案してきた。
たまらずランスロットが吹き出す。
「ああ、それはいいね。エイブラム、君のお手本はグウィネビアだ」
ランスロットまで本気か冗談か分からないことを言い出したおかげで、私はエイブラムのお手本になったのだ。
「ひとつ気になることがあるの」
お茶会と言う名のマナー講習を終え、寮生たちが退出したあとも私とランスロットは残っていた。私は、ある懸念について、ランスロットに尋ねた。
「リリアいじめに関わって謹慎している学生のことなんだけど……」
リリアをいじめていた学生の中で特に悪辣だった者は、男女数名いる。彼らは今、謹慎処分を受けている。学園で授業は受けられるのだが、その他の自由行動は禁止となっている。
処分を受けている寮生たちは、食事も他の寮生と一緒にはとることができないらしい。彼らは国王夫妻との食事会の時、どう扱うのか。
「いつも通り、反省室で過ごすだけさ。彼らに王と食事をする栄誉を与えてはならないよ」
「私もそれでいいと思うわ。ただ国王陛下と王妃殿下は、それぞれの寮で、その……謝罪をされるのでしょう? その謝罪は、彼女たちにもなされるべきではないかしら」
「彼らにも栄誉が必要というのか」
「いいえ、彼女らに栄誉は相応しくないわ。でも彼女たちも寮生として不当に扱われてきたのよ。名誉は回復されなければならないわ」
リリアへの仕打ちには相応の罰が必要だと思う。はっきり言えば彼ら彼女らを、私は許すことができないでいる。リリアのために、この感情を飲み込んでいるだけだ。
しかし、彼らのこれまでの不遇を放置するのも違うと思うのだ。
「父上たちに伝えておくよ。もしかしたら、お考えがあるのかもしれないしな」
当日、学部は異様な興奮に包まれていた。自分たちには、直接は関わりのないはずの学生たちもそわそわし始め、教師たちはしょっちゅう授業を中断し、学生を注意しなければならなかった。
用もないのにやたらと廊下に出る者、教室にひきこもる者。私は、いつものように図書館や談話室を利用していたが、国王夫妻に会うことはなかった。
私たちが国王夫妻訪問の詳細を知ることが出来たのは、翌日のことだ。
「グウィネビア、君の名前が出たようだ。本当に君は、どのような場にも出てくるのだね。父上も感心していらしたよ」
…………。
これ以上の話は聞かない方が、心の平安が保てるのかもしれない。




