グウィネビア様、納得できない理由で呼び出される
「短期間でここまで変わるとはね……」
チェスター先生が私のデッサンを見ながら言う。隣にはジリアン先生他、ダンス教師陣、作法のパトリス先生、そして座学の先生に、2、3年生の先生に、明らかに異国人……、皆、私のデッサン画を持ち、好き勝手なことを言っている。
場所は、以前ゴドウィン伯爵を迎えた際に使った個室である。私はそこで訳の分からない大人に囲まれているのだ。
いや、全員の紹介はあった。
ロビン先生から、
「教師一同、君に関心があるのだ」
と言う、説明を受けたのだが、それで納得できる学生などいないだろう。
「君は人物画となると、急に線が生き生きとするね。特に動きのある物は素晴らしいじゃないか」
チェスター先生が淡々とした口調で言う。
いつもなら「こんなもんだろうねえ」「どうしようもないねえ」が、褒め言葉という、異世界では教師としてやっていけないだろう人物である。
その人が『素晴らしい』と言ったのだ、最大級の賛辞と言ってもよいだろう。
得意になって喜びを表現したいところだが、状況が不可解すぎて、心にバリアがかかってしまっている。
「この絵の人物は1年の……。あまり見ない動きのダンスだが……」
ロビン先生が、パーシーをモデルにしたデッサン画を見ながら言う。
「はい、パーシヴァルさんですわ。彼の故郷の踊りだそうです。彼、宮廷ダンスはまだ、ぎこちないのですけど、1人で踊るとそれは見事なんです」
ダンスの授業では上手さを求められているわけではないが、パーシーの評価が少しでも上がるようにと、ここぞとばかり、持ち上げておく。
「私はこちらのお嬢さんに興味があるけど学生じゃないね」
ケイ先生がにやにや笑いながら、1枚のデッサンを見ている。
「それは、私の侍女です。一緒にいるのがトリスタンの従者です」
パーシーにモデルを依頼したものの、いつまでもこちらの都合を押し付けるわけにはいかない。
居間にいる時にトリスタンに1人で動いてもらったが、どうも乗り気でないので、ソフィアとサイモンに踊ってもらったのだ。
学園出身のサイモンはともかく、ソフィアには踊りの経験がないらしい。町のホールでも踊ったことがないというので、サイモンが丁寧にステップを踏みながらリードしたのだ。その時のデッサンである。
しかし、使用人を無理やり踊らせるなんて、改めて考えると悪い主人である。
「この子、あんまり踊りが得意じゃないんだね、不安そうに足元を見てる。恥ずかしいのかもしれないね。一緒に踊ってる彼は優しいね、彼女への気遣いにあふれてる」
よほどこの絵が気に入ったようで、ケイ先生は饒舌になっている。
そこまで考えて描いたつもりはないのだが。
「私は、こちらの絵が好きですね。故郷を思い出します」
異国人の教師の1人が言った。やや年配に見える人物である。席からすると、もう1人の人物の方が立場が上なのかもしれない。
この人たちは正確にはまだ教師ではない。来年から始まる、南方の言語、習俗、歴史を教える準備のためにここに来ているのだ。
異国人の教師が手に取っているのは、エバンズ家の使用人たちのダンスだ。
ソフィアらを踊らせたことで、調子に乗った私は、リュートを持ったトリスタンを伴い使用人たちの集まるホールで彼らに踊ってもらったのだ。
いきなりやってきた令嬢の我儘な要求に、最初は戸惑っていた使用人たちだったが、次第に気分が乗ってきたようで、皆が得意な町の踊りを見せてくれた。ペアで、あるいは1人で、上手い者も下手な者も、やがて銘銘好き勝手に踊り始め、歌い出すものも現れる始末だった。
私は何枚もの紙にその様子を書き写した。
おかげでよい練習にはなったのだが、あとでお母様と侍女頭にこってり絞られたのだ。まあ、使用人たちが罰を受けなかったのは幸いであった。
「いいね、これ。色を着けたらどうかな」
チェスター先生とは違う絵画の教師も、使用人の踊りを気に入ったようで、これはここに配置して、構図はこうして、と好き勝手なことを言い始める。
「しかし、こう人物が生き生きとしてくると、背景の拙さが問題になるね。うん、次は背景だね」
「この少年の踊りを、あと何点か描いてもらえないかな」
「この女性の絵……貰えないかな。いやいや、彼女に興味があるわけじゃないよ」
大人たちが、あーでもない、こーでもないと話しているのを、私はじっと眺めていた。
もしかしたら、冬の考査について何か情報を得るチャンスがあるのではないかと期待したが、そんなこと聞ける雰囲気ではない。
そもそも、ここに呼ばれた理由がイマイチ分からない。デッサンの上達ぶりをみたいなら、他の時間でもいいはずだ。
私は微笑みを絶やさず、周りに合わせて、適度に相づちを打っていたが、ふいに視線を感じた。
2人の異国人のうち、以前、ゴドウィン伯爵が座っていた席にいる人物が、こちらをじっと見ているのだ。
「どうでしょう、彼女に我が国の伝統的なダンスを見てもらうのは。この絵も素晴らしいが、踊り手としても優れているとお聞きしました。ぜひ、次の謁見の際に、もう一度お会いしたいものです」
頭に帯状の布を巻き、非常にゆったりとしたくるぶしまで届く上着を着ている。一目で異国の人と分かるものの、容貌や振る舞いには思ったほどの差異はないように思える。
異国の訛りをいっさい感じさせない話し方は、丁寧で優しいのに妙に圧迫感があり、ゴドウィン伯爵を思い出す。同じ席だからだろうか。
「申し訳ありません。彼女は、まだ学生の身ですので、大人の社交の場に出ることはできないのです」
ジリアン先生がいかにも済まなそうに、しかし有無を言わせぬ勢いで、謎の誘いを断った。
私は頭にハテナをいくつも浮かべながら、
「先生のおっしゃるとおりでございます。今は学生の身、学業に励むことを第一に考えております。無事、卒業しました折には、今一度、声をおかけくださいませ」
と言った。
『謁見』とは国王陛下との謁見だろう。そうなると異国から招聘した教師というだけではあるまい。賓客と呼んでいい身分ではないだろうか。
先生たちの態度からもそれを感じる。
しかし、来年から教師になるという紹介を受けたのだ。そのあたりがよく分からない。
これはさすがにトリスタンに聞いても分からないだろう。ランスロットなら、何か知っているかもしれない。国王に簡単に『謁見』できる身分の人はそういないはずだ。
「あの、それで今日、ここに呼ばれたのはデッサンの件でしょうか」
「いや、済まない。それだけではないのだ」
ロビン先生はそう言うと、視線を作法のパトリス先生に向ける。
「突然のことでごめんなさいね。グウィネビアさん、あなたに寮生の作法を見てほしいの」
「寮生の……ですか?」
「実は何人か作法の先生が学園を辞められましてね、私も授業の方で手一杯なのです」
パトリス先生はいかにも、困った、という感じに頬に手を当て、小首をかしげた。
しかし、私には話がさっぱり見えない。困っているのはこちらである。
「もちろん主体となるのは我々教師だが、君にも助力を願いたいのだ。リリアから聞いたが、彼女のマナーを短時間で直したのは君なのだろう?」
ロビン先生が補足にならない補足をする。
「申し訳ありません、何故、寮生のみ、作法を直す必要があるのか分からないのですが……」
「ん? そうか、まだ聞いていなかったのか。いや、すまない。実は国王夫妻が寮を訪問されることが決まったのだ」
国王、割りと簡単に会えるみたい。




