グウィネビア様、単なる解説役に徹する
物事は、動きだす時には、一気に動き出すもののようだ。
寮監の不祥事は秘密裏に処理されるものと思っていた。
しかし意外にも学園入り口の掲示板にドンッと詳細な内容が張り出されたのだ。
王国の金を不当に掠め取ったのだから、隠しようがなかったのかもしれない。
更に意外だったのは、寮監たちが寮生たちを長年に渡り、虐げ、支配していた事実も明るみに出たのだ。こちらは言い逃れも可能だと思っていたが、そうではなかった。
ランスロットによると、エイブラムら現役寮生や、元寮生たちからの聞き取りで、寮監たちの悪辣さが徐々に明らかになったものの、これを追求すべきかどうかの判断は微妙なところだったらしい。
決め手になったのは、リリアが学園長に出した意見書である。そこにはリリア、ビビアンが受けた寮生たちからの嫌がらせの数々、その後ろにいる寮監、寮監による生徒への理不尽な仕打ちなどがしたためてあった。
「リリアの意見書は、ただ被害を訴えるだけじゃなくてね、新しい寮監、寮生による自治、寮則の制定の提案もあったのだ。素晴らしかったよ、学園長も父上も感動されていた」
とりまとめ役定例会でのランスロットの言である。
ちなみにこの意見書、リリアは国王にも送ろうとしてビビアンに止められたらしいが、感動してもらえたなら送ってみても良かったかもしれない。
一方、リリアが後悔していることもある。
リリアは故郷の先生にも手紙を書いた。この手紙によって、リリアに対する寮と学園での仕打ち、同郷の学生による誹謗中傷が、領主の知るところとなったのだ。
事態が一気に好転したのは手紙を送った後だった。
「慌てて新しい手紙を送ったんです。もう解決したから、何も問題ありませんって。でもやっぱり騒ぎになっちゃったみたいで」
リリア、ビビアン、そして意見書の学生たちとお茶を飲んだ時、ランスロットの報告では知りえなかった寮での詳細を知ることができた。
領主を侮辱したのだ。女子学生の一家は全ては娘の勝手な妄想で、家としては関係ないと言いはった。
「噂を広めたのは彼女ですけど、故郷で噂をしてたのは周りの大人たちだと思うんです。だから彼女だけが責任をとるのはおかしいと思うんですけど……」
女子学生は、リリアの2番目の手紙のおかげで退学しないで済んだが、故郷での立場を完全に失ってしまった。
本来、1年で故郷に帰り富裕層の若者と結婚する予定だったが、ご破算になったらしい。かわりに3年間勉強して、首都で活路を見いだすようにと、実家から言われたそうだ。
不祥事で1年の勉学が3年に延びるという、非常に珍しい例である。
新しい寮監は、まだ決まってないが新体制作りは着々と進んでいるらしい。
リリアは寮長になった。男子の寮長は3年だが、なぜ1年が寮長になったのだろうか?
「女子の寮生は1年でやめる人が多いんです。あと、途中で下宿に移る人もいます。寮は色々つらいから……」
寮監の機嫌取りに終始する生活、学園内の差別。そんな生活に耐えかねて、下宿を選ぶ学生も多いそうだ。
「でもリリア、あなた忙しいんじゃない」
私が言うと、リリアは、ビビアンや周りの学生たちを見回す。
「みんながいます。それに平民とりまとめ役の人たちも協力すると言ってくれました」
ガウェイン、グレタ、ノーラは男女それぞれの寮に行き、これまでの不平等な扱いについての謝罪と、寮の改革に協力することを約束したらしい。
とりまとめ役の態度が変わることで、少しは寮生への学生たちの偏見もやわらぐかもしれない。
だが、学生であるガウェインたちが謝罪することだろうか。謝罪しなければならない人間は他にいるような気がして、私は釈然としない。
「私、がんばって寮を居心地のいい場所にしたいんです。これからみんなで寮の規則を決めたり、とりまとめ役みたいに要望を学園に出したりしたいんです」
リリアは明るく、答えた。
アーバイン子爵の息のかかった学園関係者は徹底的に調べあげられ、以前の業者も再調査の末、逮捕された。
学園の教師、職員も、数名去っていったが、私が知っている人はいなかった。
ランスロットによると、かなり寛大な処置となったらしい。
学生は想像したより混乱しなかった。
と、いうより、混乱より興奮が上回ったのだ。
売店の常設、実技衣裳の有償貸与と、教本、楽器の無償貸与が決定したのだ。
学園が変わる、それも、よい方向に――全ての学生が明るい兆しを感じたのだ。
それからしばらくの間、学園は華やいだ雰囲気を纏っていた。
とりまとめ役の定例会も同様である。
「おめでとうございます。グウィネビアさん」
ノーラとグレタが、口々に祝福の言葉を述べるので、私も微笑みながら「ありがとうございます」と言う。
アーバイン子爵の後任が、私の父に決まったのだ。正式な寮監も父の推薦する人物が選ばれた。
まあ、悪い話しではないが、かと言って娘の私にとっては特にめでたいというわけではない。
「こんな風に色んなことが動くのも全てはグウィネビアさんやランスロット様のおかげですね」
「今回の意見書は、感謝の言葉を書き連ねた物が大半なんです。私、2年とちょっと、とりまとめ役をやっていますが、こんなこと始めてですよ。ほんとはみんなグウィネビアさんに直接、お手紙を書きたいのでしょうね」
グレタとノーラが口々に私を誉めそやす。
定例会の個室に集まっているのは、まだ女子3人だけだ。そのせいか、ノーラもグレタもよくしゃべる。
「待ってください。教本や楽器の無償貸与は以前から皆さんが訴えてきたことですし、食堂の改善はモルガン先生です。寮はリリアたち寮生とランスロット、あとは国王陛下ですよ。私が感謝されるいわれはありませんわ」
ここしばらく私は居心地の悪さを感じている。ホレスの手紙を読んだ時にも同様に感じたものだ。
「私たちだけでは事態は動きませんでした。やっぱり臨時の売店や衣装の無償貸与が大きく影響したと思いますよ」
「寮生だってグウィネビアさんの後押しがあって動いたと聞きましたわ。グウィネビアさんの行動が皆を動かしたのです」
「そう言われましても……、やはり、自分の手柄ではないことで、誉められるのは、なんといいますか……、恥ずかしく感じます」
「グウィネビアさんは、謙虚なんですね」
いや、謙虚というわけではない。
私は怖いのだ。
自分の手柄でもないことで誉め称えられる――。
ならばその逆もあり得るだろう。
私の知らないところで誰かが動き、私が非難される未来。絶対にないとは言えないのだ。
「まあ、あまりはしゃぐのも良くないかもしれないですよね。冬の考査について考えなきゃいけませんしね。特に1年は大変ですわ」
ノーラの言葉に私は身を引き締める。そう、考査があるのだ。これを乗り切れず、学園を去る平民が多いという。
正直、貴族には関係ないことなので情報がない。グレタやノーラに聞くしかない。
「考査で落ちるとしたら、どこでつまずくのでしょうか」
「座学は絶対に落とせません、実技はバランスですね」
「バランス……」
ノーラによると実技は座学とセットで考査されるという。
たとえば、ダンスが壊滅的にひどくても、他の実技に問題なく、座学を全て合格しているなら、とりあえず冬の考査はクリア出来るらしい。また音楽が足を引っ張るなら、楽器の選択を変えることも出来るようだ。
もっとも、実技がすべて出来ず、改善の兆しもないと判断されると残念ながら座学がよくても考査で落ちることがあるらしい。
なんとなく、頭に浮かんだのがエイブラムである。大丈夫だろうか。
「ただ実技と座学は関係がないわけではないんです」
実技の出来の悪さが、座学の足を引っ張ることがあるという。
実技に苦戦していると、座学で平民に勝てない貴族が、ここぞとばかりにバカにしてくるのだ(と、いう内容をかなりオブラートに包んだ表現でグレタが説明してくれた)。
「私たち、試験を合格してきてそこそこ自信があるんですよ。地方の子なんて街一番の秀才だったりしますから」
プライドがかなり高いのだ。それが学園で貴族に差別され、実技で嗤われ、周りは自分と同レベルがそれ以上に勉強ができる。次第に意欲を失う学生が多いのだと言う。
「ルイスさんは、それは甘えで本人の努力不足だって言うんですけど」
「甘やかされた貴族がよく言うわね」
甘やかされた貴族の私は言った。
ルイスは自分が特別扱いで甘やかされていることに気がついていない。仮に気がついても、自分には当然の権利くらいに考えているだろう。
まあ、彼だけではない。これが貴族の基本的な考え方なのだ。
貴族のごう慢と甘えのことは脇におき、今は冬の考査について考えよう。
「そこそこの実技、座学は全て合格レベル……」
もう少し、詳しく知りたいと思ったが、オスカーらが入ってきたので一旦中断した。




