グウィネビア様、リリアと話す
「あなたの意見書には目を通していたわ。私も、授業を受けてみて確かに問題だとは思っているの」
「思ったからなんなんですか」
突然、エイブラムが怒気をはらんだ声をあげる。
それに反応するかのように、トリスタンとセスの体が、私を庇うように動く。2人の表情にも珍しく怒りが見えた。
「グウィネビアさんはすごく頑張ってるんだよ。僕らのために色々動いてくれてるんだ」
パーシーが必死に、エイブラムを抑えようとしている。まさか、自分が連れてきたエイブラムが私にくってかかるとは思っていなかったのだろう。
「この人が頑張ったところで授業は何も良くならない。じきに冬の考査がくる。僕らはまともな評価を受けられないまま学園を去る」
エイブラムの言うとおりだ。
特別扱いがあたり前の貴族学生が他人事のように『問題だと思っている』などと言っても腹立たしいだけだ。
彼の怒りは正しい。
矛先を私に向けるのは間違っているが、少なくとも本来貴族中心の学園の体制に向けるべき非難と怒りを、無力なリリアにぶつける他の学生よりは遥かに真っ当だろう。
「リリアという学生には悪いことをしていると思っています。しかし、僕らには他の手段がないんです」
「だったら君らもリリアやビビアンのように前に座ればいいじゃないか。他人の紙を頼るなよ」
セスも(セス比で)かなりきつい口調だ。
「前の席に座ったリリアが今、どうなってるか、あんたがたも知ってるだろう? あんたがそれをいうか? 貴族のあんたがっ」
エイブラムの怒りは止まらない。顔上げ、セスをにらみつける。
セスの顔面もいつもの泣き顔ではない。怒りに満ちた表情でエイブラムをにらみ返している。
ただし、困り顔がデフォルトのセスと、今にも倒れそうなエイブラムのにらみ合いは、はたで見るとまったく迫力はない。
その時、素早いノックの音がしてモルガン先生が入ってきた。貴族学生と平民学生が口論しているのだ。さすがに学生だけに、まかせるわけにはいかないだろう。
タイミング悪く、先生の仲裁が入る間もなく私は話し始めてしまった。
「エイブラムさん、根本的な解決にはならないけど、一時的な措置として、私の座学の内容をまとめた筆記帳を平民学生に貸し出しするというのはどうかしらね」
「グウィネビア?!」
トリスタンが思わず叫ぶ。
「もちろん、帰ってこなくなる可能性があるから同じ物を数冊作って。授業の内容によってはさほど書き物をしていないものもあるから、あらためて筆記帳を作ってもいいわ」
「待って、君がそこまですることないよね?!」
トリスタンが止める。
まあ、私が動くとセットでトリスタンも動くのだ。止めたくもなるだろう。
「知ってるでしょ? 私、座学の時間、余りやることがないのよ。言っちゃ、悪いけど暇潰しにもなるわ。あと、学園がやらないなら、学生のみの補習授業も必要じゃないかしら」
「グウィネビアさん、それは学生の領分を越えてい……」
モルガン先生も口を挟もうとしたが、エイブラムが意に介さず話し出した。
「あ、あの……、筆記帳を数冊作る予定なんですよね。それなら書き写しの手伝いをさせて下さい。是非! お願いします」
「グウィネビア、僕も参加するよ。えーっと、書き写し? 補習? どっちもやるよ」
セスまで割り込んできた。その視線はエイブラムに向けられている。
「先生、急な思いつきではないんです。以前から考えていたことです」
「あの『提言』ね……」
「あの時とは時間がたったので、少し考えが違っているんですけど、そのことも含めてとりまとめ役で話たいんです」
「分かりました。生徒同士の教え合いは別に禁止されてはいないしね」
モルガン先生は、エイブラムとパーシーの方を向いて言った。
「あなた方に聞きたいことがあるわ、授業と寮のことよ」
先生の使用人が呼んだのだろう、給仕がやってきてお茶が入れ直される。
モルガン先生も椅子に座り、聞き取りが始まった。
今日のデッサンの時間は潰れてしまったのだ。
私は寮監を調べるため、元寮生の聞き取りをしてほしいと、ランスロット宛ての手紙に書いた。
すでにモルガン先生がエイブラムから聞き取りをしている。1人では弱いかもしれないが、複数の証言ならどうだろうか。元寮生にもあたった方がいいかもしれない。
証言が集まれば寮監は多分、学園から追放されるだろう。だが、リリアをいじめた寮生までは、追及の手は及ばないかもしれない。正直、なんらかのペナルティは望みたいのだが、この問題にあまり時間をかけるとリリアたちの精神的負担が大きくなる。
そんなことをつらつら考えながら手紙を書き、急ぎの手紙として職員に渡した。
あちこちに手紙を書き、舞踏譜を作り、デッサンをしている内にリリアたちと食事をとる日がやってきた。
ここ数日、リリアとビビアンに避けられているのはひしひしと感じていた。と、いうかあの2人が周囲から距離をとっている感じだ。
トリスタンとセスも挨拶以外の会話がないらしい。パーシーでさえ、避けられているようで、パーシーの勉強はトリスタンが見ている。
リリアたちは、だれも巻き込まず自分たちだけでなんとかしようとしているのだろう。よくない傾向だ。
医務室の隣の部屋で私は、リリア、ビビアンと昼食をとった。なんだか初めて一緒に食事をした時を思い出すが、あの時より距離を感じるのが悲しい。
テーブルにはさまざまな種類の葡萄が置かれている。今が収穫の最盛期らしい。
「あ、これ……」
リリアが赤い葡萄を指差した。
「これ、お父さんたちが作ってたって、聞きました」
「あら、そうなの。確かにリリアは農家だったのよね。作ってたってことは、今はやってないのかしら」
しかし、『聞いた』とは、どういうことだろう。
「あ、えっと、私のお父さんは病気で死んじゃって、お母さんがかわりに葡萄を作ってたんですけど、倒れちゃって、それっきり……でも小さいころでそんなに覚えてないんです」
「まあ……。そうだったの、ごめんなさい、知らなかったわ、大変なことだったわね……」
いや、ゲームの設定として『知って』いたのだが失念していたのだ。
「いえ、覚えてないんです」
リリアは困ったように笑う。
リリアの話によると両親が死んだあと、親戚を転々として、最後は大きな町の孤児院に預けられたらしい。幸い、かなりしっかりとした経営の孤児院で学校も併設されていたそうだ。彼女はそこで、才能を見いだされ、学校の教師に助けられ、特待生として学園に入学した。
「私、もっと勉強したくて、でもお金はないし、孤児だから……。そしたら先生が領主様に相談してくれたんです」
領主から特待生制度について教えてもらった教師は、複雑な手続きを全てしてくれたそうだ。
領主はリリアが特待生になれたことを喜び、直接祝福してくれたという。領主の若い頃は、まだ貴族が全員入学ではなかったので、学園には入れなかったそうだ。
「領主様はお前はえらい、よくがんばったって、誉めてくださって。私、領主様しか貴族って知らないから、貴族は怖くないし平民に優しい、いい人だなって……。だからグウィネビアさんにも甘えてしまって……、殿下にも……」
そこまで言ってリリアは、暗い表情でうつむく。
隣のビビアンも食事の手が止まっている。
「私たちね、嬉しかったの。あなたたちと友だちになれて。あなたたちの役に立てて。……調子に乗ってたの。あなたを助ける力があるって信じて、結局追い詰めてた」
「そんなっ。みなさんに良くしてもらったのに、私、恩知らずで……」
リリアは言葉を詰まらせる。今にも泣きだしそうな雰囲気だ。
私が何を言っても彼女を、追い詰めてしまうのだろうか。
ここまで沈黙し、うつむき加減だったビビアンが突然、顔を上げしゃべりだす。
「私たちを、追い詰めているのは、平民の学生です。逆にトリスタンさんやセスさんはいつも味方してくださいました」
たしかにビビアンやリリアからすれば、そう見えるだろう。
悪い平民から弱者を守った良い貴族。
私にとっては、心地のいい勘違いだ。
「たしかにね、平民がいじめて貴族が助けているように見えるわ。でも、違うと思うの。彼女たちはやり場のない怒りをあなたたちにぶつけてるだけ。その怒りはほんとは私たち貴族が受けるべきものだわ」
「そんな、そんなことっ、ありません。グウィネビアさんたちが悪いわけないじゃないですか」
ビビアンは言葉を詰まらせながら反論する。
「もちろん、私たちが今の学園の制度を作ったわけじゃないけどね、恩恵を受けてるのは確かよ。そんな私たちに、彼女たちを糾弾する資格はないわ」
「じゃあ、あの……」
リリアはそこまで言って黙ってしまった。
リリアが貴族学生と距離をとったのは、いじめの犯人たちが過剰な罰を受けることを恐れたためだろう。リリアは自分に悪意を向ける者さえ守りたいのだ。
私なら許さないけど、リリアは違う。私がリリアの代わりに怒り、制裁を与えるなどあってはならない。
だけど、それでいいのだろうか……。
「ねえ、本当のところはどうなの、あなたたちを追いつめた人たちのこと」
「……」
「大丈夫、殿下は手を出さない、私たち貴族も寮に口出しする権限はないから」
「……悔しいです」
リリアがボソリ、と言った。
「私……私たち、毎日、見張られてて、男子学生と少しでも話たら、言い付けられて……。だから、トリスタンさんや、セスさんと話せなくて……。パーシーなんて、巻き込まれたら大変なことになるし……。でもみんな、困ってるから服や、勉強で助けなくちゃって……。でも、売ったって。返してって言ったら、男子に売ったって……。もう……がまん……できない」
「リリアと同郷の子が寮にいるんです。その子が変なことを言いふらしてて、その……、孤児院の先生や領主様とリリアが……その……」
「私、領主様とは1回しか会ってないんです。でも、私が特別扱いなのは、先生や領主様と……その……道ならぬ恋の関係にあるからだって……」
「バカな人たちね」
私はできるだけ怒りを圧し殺しながら言う。
リリアと領主が、そんな関係ならそもそも特待生制度を利用する必要はないのだ。
縁故に頼るしかないこの社会に生きている彼女たちは、多分、本当に理解できていないのだろう。
「そんなひどい噂のこと、先生に相談できなくて……」
「グウィネビアさん、確かにグウィネビアさんの言うとおり、貴族に向かう怒りがリリアに向かったかもしれません。でも、だからって何をしても許されるなんておかしいです」
ビビアンの言うとおりだ。
私は出来るだけ穏やかな表情で彼女たちに話しかけた。
「私も同じ気持ちだわ。さっきも言った通り殿下も私たちも直接、寮に介入はできないわ。でもね、一学生として抗議することはできるわ。寮監については、今、学園側で調べているはずよ」
もちろん、内心は怒り狂っていた。
寮監はもちろん、リリアを侮辱し利用した者たちを、私は許せない。
できるだけ穏便に済ませたい、という気持ちはすでに消え失せていた。




