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グウィネビア様、例のクセがすごい意見書の主と出会う

 おもえば、売店の時間は夢のようだった。貴族も平民も同じ仕事をした。同じ場所でご飯を食べ、これからの学園の形について話をした。

 私たちは同じ未来を見ている――、そんな一体感があった。


 あの時間にもリリアやビビアンは孤独に奮闘していた。他の寮生のために服を作り、ノートをとっていた。この学園の理不尽なルールに潰されないために寮生たちを守っていた。

 リリアたちにとって私たちは、しょせん貴族なのだ。きまぐれで友だちのように振る舞っているにすぎない。

 そんな私たちから、寮生を守るためにリリアたちは距離をとることにしたのだ。

 売店の後の定例会で、私は厳しいことを言って皆に冷や水を浴びせたが、調子にのっていい気になっていたのは私だった。


 ランスロットの受けた衝撃がいかほどのものか、私には分からない。

 リリアに拒絶され、私たち貴族の友人たちとも距離を置かれているのだ。

 私は無意識のうちに線引きをしていた。彼は未来の国王で私たち貴族は臣下なのだと。


 こうして売店で縮まったように思えた学生たちの距離は、再び開いてしまったのだ。




 次の日の昼食の時間、医務室の隣でトリスタンと共にパーシーを待っていた。……のだが、なぜかセスもいる。


「ランスロットが怖いんだよ。なんかいつもみたいな感じで側にいられないんだ」


「いや、昨日も普通にお茶飲んでたよ?」


「それが怖いじゃないかっ」


 トリスタンとセスが言い争っていると、パーシーが入ってきた。後ろには見知らね男子学生がいた。


「いらっしゃい、パーシー。後ろの方はだれ?」


 パーシーが口を開くより早く、後ろの学生が話し始めた。


「僕はパーシーと同じ寮に住むエイブラムといいます。今日は取りまとめ役のグウィネビアさんがここにいると聞いてやってきました」


 紹介もないのに話し始めるのは、ルール違反である。しかし、エイブラムとは……。

 私はパーシーを見る。


「あ、えっと彼はエイブラム。同じ寮の1年です。僕の方から誘いました。勝手なことしてすいません」


「いいのよ。今日は予定より人数が多くなってるから。さあ、パーシー、エイブラム、こちらに座って」


 給仕が席を用意するが、エイブラムは動かない。


「自分は食事をしにきたのではありません。話しがあるだけです」


「あ、エイブラムはあんまり食べないんです。寝たりもしないって言うんです」


 席についたパーシーが言う。しきりにエイブラムに席につくよう促すが、エイブラムは動かない。

 食べる食べないの問題ではない。今ここで席につかないのはマナー違反である。


「ねえ、君、とにかく座って何か飲んだらいいんじゃない? なんか今にも倒れそうなんだけど」


 トリスタンが言う。

 エイブラムは暗い髪に青白い肌の痩せた少年だ。目の下にはクマ、痩けた頬、どうみても健康体とは思えない。


「自分はこれが普通なんです。食べるのも飲むのも興味ありません」


「ねえ、エイブラム。今日は私がパーシーを呼んだの。だから、パーシーもあなたもお客様よ。私の顔を立てて、とりあえず席についてもらえないかしら」


 エイブラムは動かない。『顔をたてる』の意味が理解できていないかもしれない。

 いくらパトリス先生が寛大でも、この調子で作法の時間を乗り越えられるのだろうか。


「エイブラム、君が立っていると僕らは、何も食べられないんだ」


 セスの一言でエイブラムはやっと動きだした。


 私がパーシーを呼んだのは、パーシーにデッサンのモデルを頼むためだった。踊る男性の動きを模写するのにパーシーは最適だ。何より森の人の踊りをもう一度見たいのだ。

 そのことは手紙のやりとりの中でパーシーも了承しているので、今日は食事のあと、トリスタンを楽士にして踊ってもらう予定だ。

 なぜ、昼食後という、動くのに最適とは言えない 時間を選んだのかというと、授業後には先生たちと共に舞踏譜を書かなくてはいけないからだ。


 いつものように給仕を下がらせると、私は皆にお茶の種類を聞く。普通、ここで平民は驚くのだが、パーシーとエイブラムは平気な顔をしている。かえってセスが動揺しているぐらいだ。


「最初はみんな炭酸を飲むのよね。エイブラムは何がいいかしら」


「何も……何でもいいです」


 いらない、と答えるのが失礼だと感じたのか、エイブラムは言い直した。もちろん、『何でもいい』もかなり失礼なのだが。

 私はトリスタン、セス、パーシーには炭酸水、自分とエイブラムには生姜入りのハーブティーを用意した。


「ハチミツをいれても美味しいのよ」


 そう言いながら、私は自分のカップにハチミツを入れる。

 エイブラムは、自分のカップをじっと見つめている。やがて決心したのか、カップに口をつける。一口飲むと、カップを皿におく。そのまま、固まって動かない。気に入らなかったのだろうか。


「それで、私にどんな話があるの?」


 私が声をかけるとエイブラムは、びくりと体を動かし、一瞬、こちらを見るがすぐに目をそらす。なんだか挙動不審だ。


「ええっと、実はあの、リリアとビビアンに関係があることなんです」


 エイブラムに変わってパーシーが話し始めた。

 パーシーはリリアとビビアンが授業内容を書いた紙を、他の寮生に貸しているのを知っていた。彼自身、写させてもらっているのだ。そして、一部が行方不明になっていることも知っている。


 寮の談話室でエイブラムが必死に書き写している紙がリリアの文字であることに気がついたパーシーは、エイブラムに返却を求めた。

 エイブラムは拒否した。彼にとってそれは対価を払って借り受けた物だったからだ。


「え、お金のやりとりをしているの?」


「リリアがそんなことするはずがないよ」


 私とトリスタンは同時に話しだした。


「貸し出したのは、別の寮生です。対価はお金ではなく、朝と夕の食事です」


 エイブラムは私たちの質問に答えてくれたが、新たな疑問が発生した。


「なんでリリアの紙を他の学生が利用してるんだい?」


「朝と夕って、それ、昨日から何も食べてないんじゃないの? ちょっと食べてよ、今、ここで」


 トリスタンと私は、再び同時にしゃべりだす。


 エイブラムは遠慮しなかった。まずはお茶にハチミツをぼとぼと入れて、パンにもハチミツをだばっとかける。私は果物を、セスはハムとチーズを皿にとり、エイブラムの前におく。

 ついさっきの『食べるのも、飲むのも興味ありません』は何だったのか、とにかく掻き込めるだけ口に放り込んでいく。


「水、飲む? 炭酸がいいかな」


「炭酸はお腹が膨らんじゃうわ。出来るだけ食べさせなきゃ。あ、そうだ何か包んで寮に持って帰って」


「大丈夫かな。取り上げられないかな」


「公爵令嬢に貰ったって言えば、寮監も黙るんじゃない?」


「えっ、公爵……令じょっ……げほっ」


 エイブラムの反応は最初とは別人になっていた。生姜入りハーブティーの効果だろうか。

 そして今頃、私の正体を知ったようである。私もまだまだ無名のようだ。


 私たちがこんな騒ぎをおこしている合間に、トリスタンがパーシーから丁寧に聞き取りをしていた。

 パーシーはエイブラムに紙を返すように迫ったが、エイブラムは断った。彼にしてみれば、対価を払って借り受けた紙である。正当な権利というわけだ。

 パーシーはあきらめず、その紙の本当の持ち主がリリアであること、彼女が紙をなくして困っていることを説明した。

 エイブラムは(全て書き写した後で)事情を理解したものの、一応、別の学生から借りている体をとっているので、パーシーに渡すわけにもいかなかった。

 そこで、自称紙の持ち主から事情を聞いたところ、女子寮から流れてきたことが分かった。どうやら、複数の紙が渡ってきているらしい。


 エイブラムは(男子寮に流れ着いた紙をあらかた書き写したあと)、寮監に訴えた方がいいと主張したが、パーシーが止めた。


「寮監ってリリアに意地悪するんです。リリアが紙を貸してお金をとってるみたいなことにされないか心配で……」


「寮監って男子寮も同じ人なの?」


「違います。でもどっちもひどい意地悪なんです」


「寮生いじめが生き甲斐な連中ですよ」


 腹が満たされたエイブラムもしゃべりだした。

 どうやら、私が想像していたよりも寮監は、悪どい存在だったようだ。

 気に入らない学生は食事量を減らし、告げ口を推奨し、外出は許可しない。細かく罰則を適用し、寮から追い出す。学生たちは彼らに気に入られるためにいろいろ手を尽くし、付け届けをしているらしい。


「毎年、1年たたず退学する学生の何人かはあいつらのせいだってのが、寮生の常識です。僕らは寮を追い出されたら、おしまいですから」


「では、あなたがとりまとめ役の私に訴えたいのは寮監の横暴についてなの?」


 私がエイブラムを見つめながら言うと、エイブラムはさっと下を向いた。


「どうしたの?」


「グウィネビア、見つめすぎだよ」


 トリスタンが小声でいう。

 圧ですか。圧ですね。はい。

 私は、微笑みを浮かべながら、できうる限りの優しげにエイブラムに問う。


「エイブラム、ここでは貴族も平民もありません。必要ならあなたのことも他言しません。どうぞ、忌憚ない意見を言ってちょうだい」


「……」


 エイブラムは唖然とした様子で一瞬こちらを見るが、すぐ目をそらす。


「エイブラム、言ってたことがあるよね。絶対、グウィネビアさんに訴えるって」


 パーシーが応援するように、エイブラムに話しかける。エイブラムは大きく深呼吸をし、意を決したように口を開く。


「寮監は許せません、しかし、それ以上に許せないものがあります」


 エイブラムは強い口調で話し始める。ただし、目線はあさっての方向にいっている。


「授業です。諸悪の根元は座学での教師たちの態度にあります」


 かつて、意見書にしたためたあの訴えをエイブラムは再び主張した。

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