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グウィネビア様、ランスロット王子とケンカする

少し不穏な展開が続きます

 私たち4人は医務室を出て空部屋を借りた。適当な椅子にランスロットが座り、私とトリスタンとセスも少し離れた場所に座る。微妙な空気が漂っている。


「リリアについて聞きたい」


 ランスロットが改めて聞く、

 入学当初、ランスロットがリリアを気にかけていたのは知っている。だが、その後、何か接触があっただろうか。


「リリアとランスロットってそんなに話したことあったっけ?」


 トリスタンが私の知りたかったことを、聞いてくれた。


「リリアと話したのは入学式の日だった。グウィネビア、君と別れたあとだよ」


「あら、だったら私より早かったのね」


 というか、ゲームと同じ状況である。


「リリアは寮に帰ろうとして、道が分からなくなっていたのだ」


 あの子、前日も迷っていたのか……。


「私はリリアを寮に送り届けようとしたんだが、情けないことに迷ってしまってね」


 悪いのは複雑怪奇な学園構内だ。

 ランスロットではない。


「その時、話していて彼女が特待生のリリアだと知った」


 そして、ゲームのオープニングのような会話があったのだろう。『新入生代表は君がふさわしい』とかなんとか。でもこの会話はなくなったはずだ。彼女は次席だから。


「で、『初めての特待生の君は注目されているし、色々言われるかもしれない。何か困ったことがあったら私に言ってほしい』みたいなことを言ったと」


「そうだ。リリアから聞いていたのか」


「いえ、なんとなく……」


 ゲームにあるセリフとほぼ同じだ。


 その後、ランスロットとリリアには特に接点はなかったという。リリアが友人と一緒にいるところを何度か見たし、私やトリスタンが庇護しているらしいとは聞いていたようだ。

 売店の準備の時の楽しそうな姿から、てっきり何もかも上手くいっているのだと思っていたらしい。


「変だと気づいたのは、売店の2日目の昼食の時、君やビビアンたちの話を聞いた時だ」


「何、話してたっけ?」


 トリスタンが私に聞く。

 私もとっさに思い出せなくて、2日目の昼食の記憶を辿る。

 あの日は普段、貴族しかいない食堂で貴族、平民問わず、売店に関わった学生が集まっていたのだ。皆、興奮していた。1日目の想像以上の盛況ぶりに誰もが『成功』を確信していたようだった。

 その中で私は1人、焦っていた。実技衣装が手に入らない学生がいたら、それは成功などではない。

 私は、朝、姿を見せなかったリリアたちに声をかけた。

 リリア、ビビアン、そしてパーシーも衣装を手に入れていた。それは良かったのだが……。


「あの子たち、寮の学生の衣装まで作ってたのよね」


 それで私は少し怒ったのだ。ビビアンも不満だったように思う。


「いや、それだけではなかった。君たちの話しぶりから、寮の学生とリリアには何かあると感じたのだ」


 ああ、なるほど。

 リリアたちが他の平民学生、特に寮生に無視されていることは、私やトリスタン以外は詳しくは知らないのだ。


「私はリリアやビビアンと、直接、話しをしたのだ」


「え、どうやって?!」


 私とトリスタンは同時に声をあげた。

 王子が平民の女子学生を呼び出す。これは騒動になる。

 幸いなことに、授業後、寮に帰る2人を偶然見つけて、話しをするために庭に出たらしい。一緒にいた学生たちには寄付係の件で話しがあると言って、別れたようだ。


 そこでランスロットは、これまでの経緯を知った。貴族が座ることになっている前の席に座ったために孤立していること、他の寮生から衣装を貸してもらえなかったこと、寮監への告げ口――。

 こういったことは私とトリスタン、セスといった貴族学生がついているため、多少和らいでいた。

 しかし、売店後、今度は便利に使われるようになってしまったのだ。

 それが、衣装作りである。そして――。


「リリアとビビアンが授業の内容を書いて、それを他の寮生たちに見せているそうじゃないか。しかも、紙が戻ってこなくて困っているとも言っていたぞ」


「うん、それでさ、あの子たち困って、僕とセスに、授業の内容書いた紙を見せて欲しいって頼んできたんだよね」


 いつも熱心に授業を聞いている2人が、授業の内容を書いていないわけがない。不審に思ったトリスタンが2人に問いただして、ことの経緯が分かったのだ。


「今はさ、同じ内容を2枚書いて渡してるらしいんだけど、そんなことまであの子たちが負担するなんてほんとひどい話だよ」


 トリスタンとセスは、寮監に訴えようと言ったらしいが2人は拒否した。仕方がないので、トリスタンたちが紙を融通することで妥協したのだ。同じ内容を2枚――紙もペンもインクも、リリアたちの負担である。まったくふざけた話だ。


「とにかく黙ってて欲しいって、騒ぎにしないでほしいって、必死でさ。まあ、グウィネビアには話しちゃったんだけどね」


「今日、手紙を出しておいたわ。最近会ってないし、とりあえずお茶を飲みましょうって」


「何を悠長なことを言っているんだ、すぐに寮監に訴えて、学生たちを懲らしめるべきだ」


 ランスロットが強い口調で言う。アーバイン子爵を糾弾した時より、1.5倍くらい厳しい声だ。


「いやいや、ランスロット、そりゃまずい。いや、無理だよ。一応さ、彼女たちは頼まれてやってるんだし」


 トリスタンの言う通りだ。

 これが分かりやすい暴力なら、訴えることもできる。

 しかし、寮生たちのやっているのは、助け合いの拒否、リリアたちにだけ厳しいルールを適用する、など、いわゆる村八分だ。いくらでも言い逃れができる。

 いくら私やトリスタンが腹を立て抗議をしたところで、のらりくらりとかわされる可能性がある。

 だが、ここで王子が動けばどうなるだろうか。


「ねえ、ランスロット。あなたなら、たとえば寮に乗り越んでいって、リリアたちをイジメている寮生を見つけ出して、学園から追放するようなことも可能でしょう?  やる気なの?」


「必要とあらば辞さない」


「やめて、絶対にやめて、誰も幸せにならないわ」


「なぜ? 君らしくない。君ならすぐにでもあの2人を救おうとするはずだ」


「2人を救いたいなら、寮生を追い詰めてはダメ。あのね、2人はね、寮生を守るために私たちと距離を置いてるの」


 3人がこちらを見る。

 トリスタンとセスは動揺が分かりやすく顔に現れている。

 ランスロットは怒りに満ちた表情でこちらを見ている。こんな顔を平民に向けたら、それこそ瞬殺だろう。


「まずね、2人を助けても根本的には何も解決しないわ。貴族のお気に入りが贔屓されただけ。表向きはイジメはなくなるでしょう。それどころかおべっかを使って近付く者も出てくるわ。それであの子たちは腫れ物のように扱われて、結局は孤立した状態になるのよ」


「だが……リリアたちの扱いは明らかに不当だ。それを正すことに、贔屓かどうかなど関係あるものか」


「未来の王様に糾弾されたら、平民の寮生たちはどうなるの? 学園にいられなくなるだけじゃないかもしれないのよ」


 王子に糾弾され、学園から事実上追放される。

 学力の問題で退学するのとは考えられないほどのダメージになるだろう。

 そんな重い罰を10代の少女に負わせるのは、あまりにも苛酷だ。


「間違いを正す、それだけだ」


「簡単に他人の人生を潰さないで」


「君はリリアを救いたいんじゃないのか、間違いを正すべきと思わないのか」


「リリアを救いたいし、他の寮生も救いたいわ。でもね、一番みんなを救いたいと思ってるのは、救おうとしているのはリリアよ」


 現状、リリアは便利に使われている。それは事実だ。寮生たちの中には明確な悪意を持っている者も少なくないのではないか。それでもリリアは彼女らを助ける方を選んだのだ。


「リリアやビビアンが、自分たちを苦しめる寮生を内心でどう思ってるかなんて私には分からないわ。でも王子の逆鱗に触れて人生を潰されていいとは思ってないんじゃないかしら」


「! 私はっ」


「ねえ、ランスロット。さっきから間違いを正すっていってるけど、間違いって何? 誰が間違ってるの」


「それは……、寮生たちだろう」


「寮生はみんな地方から来て首都に縁故もなく、下宿を借りるお金もないの。他の平民学生からも低くみられてる。その寮生たちから見て特別扱いのリリアがどれだけ憎い存在か、私には想像もつかないわ」


 学生たちのヒエラルキー最下層が寮生なのだ、その不満の捌け口はリリアに向かっている。


「リリアの扱いは不当だって言うけどね。寮生だって、平民学生だって不当な扱いを受けてるのよ。他の学生の不当な扱いに目をつむって、リリアだけ助けるなら、それはただの贔屓でしかないわ」


 「それとね……」と、私が言い出したところで、トリスタンが「授業、授業っ」とさえぎった。休憩時間が終わろうとしている。


「とにかく、ランスロット、あなたは動かないで」


 私の言葉に、ランスロットは感情を圧し殺したような低い声で応える。


「何もするなというのか……」


「ちゃんと、あなたに報告するわ」


「……まかせる」


 ランスロットは立ち上がり、部屋を出るためにドアに向かう。


「待って」


 私に呼びとめられたランスロットは、足を止め、振り返る。


「顔が怖いわ、そんな顔で歩いてたらみんな腰抜かすわよ」


 あの言葉を聞いた後のランスロットの顔が、今まで人生で見た中で一番恐ろしいものだったと、トリスタンは何度も述懐するのだった。

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