グウィネビア様のせわしない1日
朝、教職員棟に行き、出欠確認をして、手紙の有無を確認する。学生の日課だ。
今日の手紙は3通。エルザ、モリー、そしてガウェイン。
私は、リリア、ビビアン、パーシー宛の手紙を職員に渡した。
急ぎの手紙は学校職員に渡して、できるだけ早く相手に届けて貰う。特に急ぎでない場合は、生徒が確認に来たときに渡される。
それにしてもガウェインからの手紙とは珍しい。とりまとめ役の関係だろうか。
「あ、崇拝者。彼も将来、騎士になるのは間違いないもんね」
横からトリスタンが覗いてくる。
騎士は貴族の扱いになる。ようするに婚約者候補といいたいのだ。ただのからかいなのは分かっているが、勘弁してほしい。
「バカなこと言わないで。彼、真面目な性格だからね。からかわないでよ」
私たちは談話室の一角で、それぞれの手紙を開けた。まだ早い時間なので、いるのは私たちだけだ。
こういう早すぎる時間に行動するのも、使用人を忙しくさせる原因になるのだ。分かっていても止められない。私はせかせかした貴族なのだ。
ガウェインの手紙を開けようとして、私はトリスタンの視線に気づいた。
「見たかったらどうぞ」
「ありがとう。あ、僕のも見ていいよ」
「興味ないわ」
私はトリスタンと一緒にガウェインからの手紙を見ることにする。
こういう行為は別に無作法というわけではない。本当に見せたくない手紙なら別の方法で渡さなくてはならない。
むしろ学校経由での手紙のやりとりは、なにも後ろ暗いことのない証明にもなる。
「あら」
ガウェインの手紙は封筒に入っていたが、開けると1枚の手紙の他に紐で結わえた手紙がもう一通、入っていた。
名前はホレス。ガウェインと共に衣装の担当をしてくれた学生だ。寄付の衣装の破れの修復もしていたと思う。
「騎士の家系だよね。親しかった?」
「挨拶はしたわね。あとは特に……」
一緒に仕事をしたのだ。知り合いと言ってもいいだろうが、親しいとまでは言えない。
とりあえず、ガウェインの手紙から呼んでみることにした。
先日の臨時売店の件で、ホレスが感謝を伝える手紙を書いたので読んでほしい、親しい仲というわけではないのでこうやって自分の手紙の中に入れる無礼を許してほしい、という内容だった。
「まどろっこしいなあ、さすが騎士の家系」
「でも確かに、あんまり親しくない男性の手紙を開封するのはよくないからね、この方法でよかったわ」
この世界では手紙は重要アイテムだ。感謝を伝えるなら口頭ではなく、手紙を書かなくてはいけない。
たとえセイラのように粗末な紙とミスだらけの文章であっても、書かない無礼よりはるかによい。
ただし、例外もある。
個人的に親しくない人間に手紙を出すのは御法度だ。もしも、誰彼構わず手紙を出せるようだったら、ランスロット、トリスタン等は毎日、山のような手紙を持ち帰ることになるだろう。
女性が男性から手紙を受けとる場合は、より注意が必要となる。もしも知らない男性、あるいは知り合い程度の男性の場合、けして開封してはならない。その場合、侍女のような第三者の手を借りるのが無難だ。
そんな大事にはしたくない、でもきちんと礼もしたい、というガウェインたちの思いから、こんな手段をとったのだろう。
ホレスの手紙を開封して中身を読む。
どうやらホレスの体格に合う礼服がなかったようだ。
売店の時もひときわ大きな体格だったと記憶している。横幅など、ガウェイン以上だった。彼がきちんと衣装を揃えることが出来たか心配していたが、懸念が当たってしまったようだ。
「ねえ、彼に特別扱いした?」
「初めてあった時、あいさつはしたわ。みんなにね。あとは……」
手紙には『格別な配慮をいただき』とある。
ホレス個人に話しかけたことがあっただろうか、考えられるとしたら、初日に古着が足りないという報告を受けたあとだ。
「3日目に声をかけた相手がホレスだったわ、確か」
3日間の臨時売店のうち、1日は休みをいれていたのに、ガウェインとその友人たちは3日間、買い物もせず貸与衣装の部屋で仕事をしていたのだ。
心配になって私が声をかけたのが、ホレスだ。
『ねえ、ホレス、あなたの衣装はどうなってるの? 紙もインクも街より安いのよ。みんなのことばっかりしてはダメよ。お願い、自分のことを考えてね』
こんなかんじのことを言ったはずだ。
「あー、だめ。それはまずい。騎士にそんなこと言っちゃ、もう忠誠誓っちゃうよ」
「心配しただけよ。みんなに同じこと言うわ」
「やんごとなき公爵家のご令嬢が声をかけてきたんだよ? 君は普通に話しかけたつもりでも、相手はそうとらないよ」
「……」
「もっと自覚を持って気を付けなくちゃ」
トリスタンに説教じみたことを言われてなんだか腹立たしい。トリスタンのくせに生意気である。
「自分だって売店の女の子に声をかけてたらしいじゃないの」
腹立たしいので、少し前のことを蒸し返す。
トリスタンが何か言い訳を初めたが無視して、手紙の続きを見る。
衣装は間に合わなかったものの、作法のパトリス先生が衣装は考査の対象にならないと言ってくれたことで、助かったと書いてあった。
それはよかったのだが、全ての感謝が私に向かっている。パトリス先生に言うべきなのに。
次にモリーからの手紙を読む。なんと売店の常設の話が進められている、という話だった。
モリーは父親が話しているのを聞いたと言っているのだが、私は初耳である。
「これって、話しちゃっていいやつ?」
「どうかしら……正式な発表じゃないわよね」
モルガン先生に事情を聞くため、さっと手紙を片付け、医務室に向かう。ばたばたと荷物を持ち、移動を始める私とトリスタンに、ちらほら集まり始めた学生たちの視線が刺さる。
私はせわしない令嬢なのだ。
やはり売店常設の話は、まだ水面下で動いている状態だったようだ。
モルガン先生に言われて、モリーと医務室隣で昼食をとる約束をとりつける。トリスタンも一緒だ。
貴族2人と先生に囲まれて昼食をとる、しかも愉快な話をするわけではない。平民のモリーにとっては、さぞ気詰まりだろうと思ったが、そんなこともなかった。
始めて入る美しい部屋で、貴公子トリスタン(モリー目線)と食事をするのだ。彼女の表情からは溢れんばかりの喜びと興奮が伝わってきた。
すっかり舞い上がったモリーによると、数日前、父親が仕事仲間と売店の話をしているのを聞いていた使用人が、その内容をモリーに伝えたようである。すでに数人の友人たちに話しているらしい。
モリーには、この話を広めないようにと、モルガン先生が注意する。
モリーはニコニコ笑いながら「気を付けます」と言ったが、多分何が問題なのかは理解していないだろう。
医務室側からノックの音がしてモルガン先生の使用人が入ってきた。先生に何事か伝える。
「グウィネビアさん、トリスタンさん、待ってらっしゃる方がいるわ。モリーさんはもう少しお話しましょう」
モルガン先生に促され、医務室に向かう。
そこにいたのは、せわしない王子、ランスロットである。
「セスからここだって聞いてね。2人に聞きたいことがある」
隣には眉を下げ、悲しげな表情で亡霊のように立ち尽くすセス。
ランスロットが厳しい表情で口を開く。
「リリアについて聞きたい」
セスの眉毛が更に下がった。




