グウィネビア様、逆ハー展開に心……萎える
あれれ~おかしいな~
この話、恋愛タグがついてるのに恋愛が全然始まらないぞ~
私は売店初日のゴドウィン伯爵との奇妙なやりとりをトリスタンに話した。
私と入れ替わりに出ていった3人の様子――オスカーの笑い、ランスロット、ルイスの冴えない表情。
執拗に私を夏の庭に誘おうとするゴドウィン伯爵。
ケイ先生がトリスタンの名を出した途端、伯爵が誘わなくなったこと。
「どう思う? オスカーさんなら何か教えてくれそうだけど、ランスロットはどうかしら? まあ、ルイスさんは無理でしょうね」
「いやいや、どう思う? じゃなくてさ、何でそこで僕の名前が出てくるわけ?」
「私じゃないわ。3年のダンスの先生よ。いきなり、トリスタンの名前を出してきたの」
「君が喋ったからだよね? 僕がリュート弾いて、君が踊ってるって、君が話したんだよね?」
「あら、隠してるわけでもないのに、いいじゃないの。リリアたちの前で踊ったでしょ。で、どういうことだと思う? なんでトリスタンの名前で伯爵は夏の庭に誘うのを止めたのかしら」
「そもそも夏の庭って何?」
「ああ、それね。私もうわさしか知らないけど、ゴドウィン伯爵な私的な夜会ね。舞踏会の一種かしらね」
自らも著名なダンサーでもあるゴドウィン伯爵は、領地の屋敷で舞踏会を開く。参加者は踊りの素養あり、と伯爵が認めた者のみらしい。
最近の主流である男女ペアの踊りだけではなく、集団のものや、1人で踊るもの、町人や農民の踊りなど、伯爵が認めたダンスなら、ありとあらゆるタイプのダンスが披露され、プロのダンサーや歌い手、劇団なども呼ばれるらしい。
人々は踊り、観賞し、飲んで食べて、歌う。
それが夕方から始まり、夜が明けるまで続くのだそうだ。
上品なフェス、といったところだろうか。
「夜が明けるまでって……もしかして」
「あなたが期待することは何もないし、起こりません! 先生方も参加されてるのよ」
「えー、いやいや、そんなの、ほら、あれ、建前でしょ、やっぱりさ――」
「そういう話は関係ないの。夏の庭にね、最初にちょっとだけ出なさいって伯爵が言うのよ。それを先生方が止めようとしてるの。どういうことだと思う?」
「えー、それはおかしいよ。金で雇われた踊り子じゃないんだからさ。ちょっと踊らせてチップ渡してさよならとか、貴族の令嬢にそれはないよ」
「確かに……」
トリスタンの言葉でやっと、例のやりとりのおかしさに気がつく。
この手の大規模な会を領地で開く場合、貴族たちは数日前から招かれた屋敷に入っている。定刻にひょいっと行って帰ってくるものではない。
仮に夕方の最初だけ踊るにしても、前後の数日は屋敷に滞在することになるはずだ。その間、ゴドウィン伯爵やその親族と会食や観劇、朗読会……、あらゆる小規模な催しに参加することになるだろう。
「分かったよ、それが狙いなんだ」
「どういうこと」
「君が参加するなら、年の近いルイスさんも参加するよね。2人はいつも隣同士。一緒に本を読んで、散歩をして、写生して、乗馬、夜にはカード。『ねえ、グウィネビア、君を描いてもいいかい?』、『あら、ルイスさん、私じっとしていられるかしら』、『君は好きに動いていてくれたまえ。僕は君をこのカンバスに閉じ込めてみせるよ』、『ふふ……、ルイスさんったら――』」
「……で、その間抜けな寸劇はいつまで続くのかしら」
私はできるだけ冷たく聞こえるように言った。
「ありえないわよ。ルイスさん、私のこと露骨に嫌ってるもの」
「君を嫌ってるって? 露骨に? 愛想のいい人だよね?」
「誰のこと、言ってるの? ルイスさんよ」
トリスタンの話によるとルイスは愛想のよい、穏やかな性格らしい。売店でも、数人の貴族学生に丁寧に相手をしていたようだ。
トリスタンのルイス評は意外だったが、理解でないわけでもない。
異世界でもルイスのような人はいた。自分の益になる人間には愛想よく、そうでない者は虫けら扱い。
最初に就職した会社に、前世の自分を徹底的に無視する先輩がいた。上司、同僚、後輩、みんなに評価の高い人だったが、自分にだけは冷たく小馬鹿にした態度をとったのだ。
彼の『選別』は正しかった。前世の自分は長期無断欠席のあと会社を辞めたのだから。
ルイスは先輩と同じ種類の人間だが、先輩より賢くないのだろう。学園の生徒は、どんな立場であれ蔑ろにするべきじゃない。誰がどう化けるのか分からないのだから。
「その3年の先生がさ、僕の名前を出したのは、僕がルイスさんのライバルだからだよね」
「はあ……、一応聞くけど、何のライバル?」
もういい加減、グッタリしてきた。
「『薔薇の君』の婚約者候補、君をめぐる恋のライバルたち」
トリスタン、何だか楽しそうだ。自分も巻き込まれているのだが。
「で、他は誰と誰なのよ」
「僕でしょ、ランスロット、ルイスさん、ジョフリー、セス、スコット……」
「適当に名前あげないでよ。知り合い全員じゃない。本人の気持ちはどうなってるの」
「多分みんな『あわよくば』って思ってるよ。間違いない。僕がそうだからね」
情熱的な求婚者ばかりでうれしい限りだ。
「ようするに伯爵は、夏の庭で私とルイスさんを近付けたいけど、トリスタンには邪魔されたくないわけね」
息子に婚約者を見繕いたい親と、それを諌めたい周囲の良識ある人々、と言ったところか。
「でもね、ルイスさんは浮かない顔してたわ。あれは『あわよくば』なんて期待してないと思うけどね」
「いやあ、僕は分かるけどね。ここに来たときの僕と同じ状態だよ。母親からさ、あんたのお嫁さんだよ、って君の前に立たされた僕の気持ち、分かる? 後ろで親が睨んでて、前からは君の圧、普通の子どもなら心が折れるでしょ」
トリスタンの話にはちっとも理解も共感もできない。そもそも圧とは何なのか、魅力的の言い間違いではないのか。
「まあ、ルイスさんのことはいいわ。じゃ、ランスロットはなんで、浮かない顔してたのかしら」
「うーん、そりゃ、本人に聞かないと分からないけどさ。まあ、ライバル誕生の瞬間に立ち会ったわけだし」
「ランスロットは違うわ。婚約は成立しなかったんだから。そもそもランスロットは、そこまで私と結婚たかったわけじゃないもの」
自分で言っていて胸が痛い。
トリスタンは何か言おうとして、口をつぐむ。しばしの沈黙が場を支配する。
ソフィアがそっと冷めたお茶の入ったカップを下げている。静かな動きのはずなのに、陶器の小さくぶつかり合う音が、妙に大きく響く。
「まあさ、結論を急ぎ過ぎなくてもよくない? そもそも僕ら、まだ15なんだし。学園生活は始まったばっかりだもん」
僕、もう眠いよ、と言って、トリスタンはだらしなく長椅子にもたれかかっている。本当に今にも眠ってしまいそうだ。
トリスタンの言うとおりだ。
学園生活は始まったばかりで私たちにはいくつもの選択肢がある。
私たちは自分の心の声に従えばよいのだ。
私とトリスタンは、それぞれの部屋に戻り、眠りにつくことにした。
明日も忙しい。
お礼状に舞踏譜。実技はいよいよ乗馬と剣術、そして絵画、音楽。
座学で平民がおきざりになる問題も解決していない。
考えることもやることも沢山ある。
大人たちの思惑など知ったことではないのだ。
そういえば、商人が連れてきたの売り子がどうのという話もあった気がするが、もはやどうでもいい。




