グウィネビア様、異世界の学祭を思い出す
2日目も慌ただしく始まった。
朝早く学園に行き、掲示板から教職員棟のあちこちに注意事項を貼り出す。庭ではすでに商人たちが忙しく品出しをしている。こちらに気がつくと、皆、手を止めて頭を下げる。私とトリスタンも軽く会釈を返す。
昨日、寄付の物品を売っていたところは商人たちに明け渡した。まだ商品が並んでいるわけではないが、大量の木箱が積まれている。
もうここは、商人たちに任せた方がいいようだ。
私たちは衣装の部屋に向かう。途中でモルガン先生と合流した。
「有償貸与の許可が降りたわ。それと、実技衣装の部屋は男女ともに部屋を増やしてもらったわ」
「本当ですか? ありがとうございます。モルガン先生」
「学園長に丁寧なお礼状が必要ね」
モルガン先生と一緒に、無償貸与衣装とは別に用意された古着商の部屋に行くと、すでに商人たちが商品を並べていた。あちこちに髪飾り、ブローチが並んでいる。靴、手袋、帽子。あきらかに昨日より種類が多い。全体的にきらびやかだ。
「目がチカチカするねえ」
トリスタンがおどけた調子で言う。
「あれは? 昨日はなかったわね」
広くなったスペースで商人たちが何か作業をしていた。
頭のない人の上半身を模した型に、ドレスを着せているのだ。人形の素材は分からないが、植物のようだ。
「あちらは最近、うちの店で使っている物です。植物の蔓を職人が編んで、人形を作ります。それに服を着せて展示しているのです」
昨日、話していた女性店員が説明してくれた。
内心マネキンだな、と思いつつ、素知らぬ風を装い、
「あら、面白いアイデアですね。素敵だわ」
とだけ、言っておく。
どうやら、貸与衣装一式を人形の周りに並べているようだ。商人の本気度が伝わる。
「衣装の貸与はいつ頃から、考えられていたのですか? 随分と準備が早いようですけど」
「実は昨日からです。学生の皆さんが、衣装に刺繍をつけて貸し出しているのを見てやってみようと」
「昨日? たった1日ですか」
てっきり、前からこういうやり方があったのかと思っていた。
なんという、決断の早さ、手際のよさだろうか。
「実は、このようなドレスを古着として店に並べたのも最近のことなんです。これまでは古着で出回ることはありませんでしたから」
「まあ、そうでしたの。中古のドレスというのは、買う人がいるものなのですか?」
私の服は出入りの職人が作っている。小さくなった服があれば、使用人に渡っているはずだ。娘の身分なので、服の処分などは母の領域である。
まだ社交界デビュー前なので数は少ないが、この前のお茶会のような『正装』となると、一度袖を通したあとは着ることはない。これもおそらく母のサロンに出入りする貴婦人の誰かの元へ行くことになるだろう。
少なくとも古着屋で売る、というのは考えられない。もちろん買うこともだ。
「最近は平民の富裕層を中心に中古の需要も少しずつ増えてはいるのですが、採算がとれるところまではいっておりません」
そこへ、学園での販売の話が来たのだ。商人にとっては飛び付く価値のある話だったようだ。すでに乗馬衣装や布がそこそこ売れているのだが、もうひと稼ぎしたいらしい。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
やってきたのはセイラとスコットだ。どう考えても昨日よりきらびやかになっている部屋を、驚いた様子で眺めている。
「セイラ、昨日は途中でごめんなさい。あれからどうなったの?」
「はい、必要な物は大抵、揃いました。余裕が出来たので、新しいインクを買うことができそうです。今日はここのお手伝いをしようと思って……。あの、昨日とは部屋が違いますね。なんだか出ている商品も違う気がしますが……」
「ここは商人たちに任せることにしたの。無償貸与衣装はこっちよ、行きましょう」
モルガン先生に連れられて、私たちは貸与衣装の部屋に行く。ダンス練習用衣装と作法の時のドレス10点と、靴が6足。ノーラが制服の上級生たちと衣装を並べている。
「もう、これだけなのね……」
少ないとは聞いていたが、実際見ると厳しい現状が分かる。
「グウィネビアさん、女子はかなり厳しい状況です。やはり、商人の有償の貸与に頼るしかないでしょうね」
ノーラが厳しい表情で言う。
「男子はどうなのでしょう。女子以上に体格差が激しいと聞きましたが……」
「そのことなんですけど、実はルイスさんが数点、提供してくださって、今、グレタが刺繍をしている所です」
私たちが男子の衣装部屋に行くと、そこにはルイスとオスカーがいた。ガウェインとグレタの他、数人の学生が衣装にせっせ刺繍をしている。
「昨日、父上が用意してくれたものだ。売店が始まったらうちの使用人が衣装の手伝いをすることになっている」
恐ろしく事務的な口調でルイスが話す。本人の意思による協力なのか、父親のゴリ押しなのか分からないがとりあえず、朗らかに礼を述べておいた。
「うちの使用人も出すよ。昨日がんばってくれた1年にちゃんとした衣装を着て欲しいからね」
オスカーはガウェインたちに目を向けながら話す。
一体、どれだけの学生が衣装を揃えられないで困っているのか検討がつかない。
やはり、臨時の売店では弱い。継続的な売店が必要だ。
しかし、朝なのに、みんなよく働く。まるで商人たちのような働きぶりだ。
と、言うか、あれだ。
学祭のノリを感じる。
この世界では誰も共感してくれないだろうけど。
「リリアは、みんなのシャツを作るって言うんです。ズボンも。あんなにひどい態度だったのに、みんな手のひらを返す感じで……。私は嫌なんですけど……」
昼食を食べながら、ビビアンは不満気に話す。
食堂の一角を、1年とりまとめ役とボランティアメンバーが取り囲む。貴族あふれる食堂だが、リリア、ビビアン、そしてモリーのグループもいる。ガウェインと騎士家系1年、セイラ、スコットのチーム限界貴族、そして王子。なんだかカオスな一団だ。
リリア、ビビアン、そしてパーシーは無事衣装を手に入れることができた。
リリアたちは布地を買って、替えのシャツとズボンを作ることにした。裁縫の出来るリリアが3人分作る予定だったが、それに便乗する寮生がいるらしい。昨日からリリアとビビアンは布の裁断や縫い合わせに忙しかったようだ。
「布地はちゃんとその子達で買ったものなんでしょうね。そういうことは、あんまり簡単に引き受けるもんじゃないわ」
「でも……、みんな本当に困ってるんです。私たちは家も遠いし、街に出るのも許可が降りないから、いつも物が足りなくて……。だから、みんなグウィネビアさんに感謝してるんです」
「私じゃなくて、あなた方に感謝すべきよ、その子たち。その前に謝罪だわ」
リリアのお人好しぶりに少しイラつきながら、私は応える。
やはり彼女はヒロインで、私は悪役令嬢なのだろうか。
その後、私たちは教職員棟の庭で2、3年と合流し、今日の売店についての話をした。
2日目は大きなトラブルなく終了した。無料貸与の衣装はほぼ残ってないので、明日のスタッフは必要なくなった。
最終日はとりまとめ役と数人の1年だけで、案内役の仕事をした。ちなみに私も最終日には売店を覗き、人生初の買い物に挑戦しようとしたが、理事数人と学園長の訪問で機会を逸したのだった。




