グウィネビア様、ハブられる
「舞踏譜……ですか……」
「そうだ、授業が終わったらダンス練習場に来なさい。必要な物はこちらで準備する」
教職員棟の談話室で、私はロビン先生と優雅にお茶を飲んでいる。
もちろん、会話の内容はちっとも優雅なものではない。
「待ってください。臨時の売店の許可が出たんです。せめて売店が終ってからではいけませんか?」
「君は勘違いしてないかね? 舞踏譜を書くのは罰としてだ。なぜ私が君の都合を考えねばならんのだ?」
「でも、私が考えたことですし、私が動かないといけません」
「君以外、動けないと?」
「え……いえ、販売は業者ですし、準備は他のとりまとめ役やセスさんたちでも……」
「なら、他の者に任せたまえ。1人でなんでもやろうとするのは君の悪い癖だ」
「私の一存では……」
「君は教師を侮辱した罰を受けるのだ。勘違いするな。君たち学生に決定権はない」
決定権はなくとも抗議する権利はあるだろう、と内心思ったのだが、一々逆らうつもりもないので、謝罪して罰を受け入れることにした。
結局、立ち上げられた売店実行委員会は会長オスカーを中心に動くことになった。
委員は各学年とりまとめ役とセス、実働部隊としてセシル、エルザ、トリスタン、ジョフリー、リリア、ビビアン、パーシー。それからノーラとグレタが集めた2、3年の有志。
準備には、医務室隣は手狭なので空部屋をつかっている。
私は理事や先生方への売店承諾の御礼状を書いたり、お知らせの貼り紙を作ることになった。
家で1人(&トリスタン)作業である。
授業が終わると私は先生たちと舞踏譜を作っている。舞踏譜を作るのは楽しい。2、3年のダンスを見られるのも素晴らしい。
しかし、同じ時間にみんながわいわいやっているかと思うと、悲しい気持ちになる。
「すごかったよ。完璧な手書きの教本だったんだ。汚い紙でさ。紐で閉じてあるんだよ」
屋敷の居間で、トリスタンから話を今日の進捗を聞いている。
今、やっているのは集めに集めた古着に教本、楽器、文房具などの整理だ。
皆で協力してあちこちに声をかけたおかげで、かなり集まったのだ。大切に保管していた教本を学生たちのためにと、寄付してくれた人もいる。
まあ、中には薪にするしかないような木剣とか、絶対口を付けたくない笛なんかもあるし、なぜか手書きの小説まであったらしい。
「あとさ、教本に入ってた紙が恋文だったんだ。しかも『婦人の誘惑』!」
『婦人の誘惑』とは道ならぬ恋、つまり浮気のことである。
ちなみに妻子ある男が独り身と偽って、女性と交際しても『婦人の誘惑』となる。理不尽この上ない表現なのだ。
「でも僕は作り話だと思うんだ。たぶん、小説を書き写したんじゃないかな。でもさ、ジョフリーは本物だって言うしさ」
「男の人って馬鹿げた話が好きね。ちゃんと仕事しなさいよ」
「うん、ノーラに怒られたよ。あの人、すごいね。平民なのに、僕ら貴族を怖がらないんだからね」
「ほんと、ちゃんと、仕事してよね」
とはいえ、こんな風に作業の話を聞いていると、私も混じりたくて仕方がない。
「君、昼も一緒じゃないもんね。何、してるの?」
「売店の宣伝も兼ねて、いろんなグループと食事をしてるの。昨日はモリーたちで、今日はセイラたちよ」
◆◆◆
モリーたちとの食事は食堂のテラスで行った。彼女の友人たちは、平民学生の中でも選りすぐりの富裕層だ。
売店のメインターゲットではないが、彼女らも売店を楽しみにしてるのが分かった。
モリーは家は印刷業で身を起こした商家の娘だ。例の美しいカードや手紙も彼女の家で作っているらしい。
そして、売店に出店する業者の1人になっている。
「新しいカードを作ったんです。セットもバラ売りもありますわ。ちょっとしたお話もついていますの」
売店の趣旨とは若干方向性が違うような気がするが、まあ、ものは試しだからなんでも売ってみるのもいいかもしれない。
そして今日は、セイラたちと食事をした。場所は、食堂の個室、そこそこ大きく華やかな内装の部屋を選んだ。
「僕たち『限界貴族』にまで目をかけて下さって本当にありがとうございます」
感謝の言葉は、セイラからではなくスコットからだった。
『限界貴族』。
初めて聞いた言葉だ。
どうも彼等が、自嘲の意味で勝手に使っている造語のようだ。
説明によると、家柄、身分に関係なく貴族としての対面を保つのが、もはや限界に達している貴族という意味らしかった。
彼等の話は、以前、エルザから聞いたのより更にパワーアップした悲惨さだった。
彼等は一様に、先々の不安を訴えていた。長子でないものは平民になる不安、長子は後取りとして貧しい家を継ぐ不安。
私の立場から言えることは何もないが、先日、オスカーがルイスに送った言葉を彼等にも伝えた。
「オスカーさんが言ってらしたの。家柄や身分は裏切るけど、覚えた知識と技術は裏切らないって。そのために学園はあるんだって」
どれだけ彼等の心に届いたのか、正直、分からない。
しょせん、恵まれた立場の人間の発言に過ぎないのだ。
そして彼等がもう一つ、訴えたのが売店の準備を手伝いたいが、ジョフリーが恐くて近付けない、ということだった。
彼等はトリスタンと同じ「ジョフリー被害者の会」会員なのだ。
「僕は特に睨まれてるよ。最初に君と踊った上に、エスコートもまともに出来なかったからね」
スコットは疲れた調子で呟いた。トリスタンと気が合うかもしれない。
◆◆◆
「古い物、いっぱいあってさ、ほんと手助けが欲しいんだよ。ジョフリーのせいで人が集まらないなんて最悪だよ。グウィネビア、なんとかならない?」
「なんで私なのよ。あなたが、みんなの防波堤になればいいでしょ。」
「嫌だよ、僕がどんな厳しい立場か分かるかい? 君の母上にさ、君のことをよく見とくように言われてるのに、君が好き勝手に動くから付いていけないんだよ」
「やっぱりお母様に何か言われてたのね。くっついて来るから不思議だったのよね」
「今さらだけどさ、マリーに悪いことしたよ」
結局、セイラやスコットたちには、私が参加出来る日に一緒に参加して貰った。
もっとも、その時にはあらかた整理できていたので、案の定、ジョフリーはスコットたちに「今さら来てもなあ」などと嫌味を言ってきたのだ。
あんたのせいだよ!
そうこうしているうちに、売店初日を迎えたのだ。




