グウィネビア様、ルイスと刺し違える
医務室の隣の部屋に行くとトリスタンがいた。というか、セシル、エルザ、ジョフリー、セス、リリア、ビビアン、パーシー、そしてモルガン先生。先生はともかく、とりまとめ役ではない面々が何故か集まっている。
「なんでいるの?」
「いや、いや、なんでじゃないでしょ。君が心配だからに決まってるじゃないか」
「ああ、そうだったわね。この中にロビン先生に手紙を書いた人いる? おかげで罰は軽く済みそうよ」
セシルが私の前に駆け寄ってきた。
「私、書いたわ。ジョフリーとスコットもよ。でも罰を受けるの?」
「多分、セイラとモリーも書いてくれたみたい。ああ、みんなは大丈夫よ。ロビン先生が約束してくださったわ」
「そんなことより、あなたよ。罰を受けるですって」
セシルは『罰』、という言葉がよほど恐ろしいようで、今にも泣き出しそうになっている。貴族の令嬢にとって罰を与えられるというのは、大変不名誉なことなのだ。
「まあ、大変だけどたいしたことじゃないのよ。舞踏譜を書くと約束したの」
「舞踏譜……書けるものなのか?」
ランスロットの質問に、私はロビン先生とのやりとりを説明する。
「ほんとに君は多彩なんだね」
ランスロットの言葉は感心……というよりあきれているようにも聞こえるが、まあ、気のせいだろう。
「あ、それどころじゃないの。ダンスの先生方がね、ゴドウィン伯爵や他の理事と話をして下さるって」
「本当かい?」
ランスロットが驚きの声を上げる。
「まあ、だからと言って、説得に応じてくださるかは分からないって、先生も言ってらしたけどね。とりあえず、この話はおしまいね。で、どこまで進んだの」
私の質問に答えてくれたのは、ノーラだった。
「意見書への回答は、殿下とガウェインさんがお書きになりました。あとは、掲示するだけです。しかし、意見書の回答をきちんと出すのはいいことですわ。3年もやってみようと思います」
「2年も……やってみたいのですが、ルイスさんがどうおっしゃるか……」
グレタが沈んだ声で言う。
あの人と2人で作業のはしんどい。それこそ罰だ。
「私、手伝いますわ」
私が言うと、横からトリスタンが「君、仕事増やしすぎ」などと言う。そんなこと言ったって、ほっとけないではないか。
次に、『1年の流れと、必要な学用品と衣装』についても、数枚の石板を使って素案が作ってあった。
「あとは、清書だけなんだけど、君、やってくれるかい」
ランスロットがどこか遠慮がちに訪ねる。
私は「もちろん」と言いながら石板をながめる。
学用品も衣装も、想定していたより遥かに多い。そして必要な物が、男女で若干違う。
「乗馬、剣術は汚れを想定して何着が用意していた方がいいのですって。嫌だわ、汚れるなんて」
セシルが、実に嫌そうに言う。
「馬がわざと鼻をくっつけてくるかもね」
トリスタンは面白そうに言うが、笑い事ではない。
「ああ、それでパニックになる女生徒がいますよ。途中で着替えることも想定しておいた方がよいでしょうね」
ノーラの言葉に、セシルがうんざり顔になる。
私は再び石板を見る。
「汚れだけじゃなくて、体が大きくなって着られなくなるのね。男子は特に大変ね」
「多少なら大きめに作ることも可能ですが、靴が問題ですね」
「靴は古い物はいけません。人の靴はクセができていますし、合わない靴はケガの元です」
「でも作法のために靴を作るなんて、私……」
「作法に関しては流行や年齢に関係のない靴を一点作ると、後々困らないと、母が申しておりました。ただ男性は、やはり大きくなることが多くて……」
「僕、やっぱり靴も貸してもらえるといいな」
「私は衣装はいらないけど、紙やインクは欲しいわ」
「石板も貸して貰えないかしらね、姉たちのお古はあまり書けないの」
「もしも楽器が安く買えたら、練習ができるのに……」
次第に雑談になってきたが、どれもこれも貴重な意見だ。グレタが石版に皆の言葉を必死に書き写している。あとで私もメモしておこう。
私は清書を続けたが、途中で休憩は終わってしまった。
私たちは授業のために各教室に戻った。
授業が終わったら、とりまとめ役連名で理事と学園長への手紙を出すために集まる予定なのだが、ここでのネックはルイスだった。
そもそも定例会ではないので、彼が来るかどうか分からない。
そして、来たところで連名に賛同してくれるのか……。
医務室の隣の部屋にとりまとめ役全員が集まってた。そう、ルイスもいるのだ。
「君が来てくれてうれしいよ、ルイス」
「呼ばれた以上は、仕方がないですね」
オスカーにさえ無礼な態度を取るルイスでも、さすがにランスロットには多少は柔らかい態度になるようだ。
「ねえルイス、君も連名に参加してくれるだろうか」
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
ルイスはランスロットを見つめて言う。
「あの、嘆願書……と言いますか、『全ての学生のために』でしたか……」
私が作ったプレゼン資料だ。ルイスも読んだのだ。
「本当に全ての学生に向けて、なのですか? 貴族のためでもあるのですか?」
「そうだ。だがその話は、グウィネビアにしてもらった方がいいかな。あれは彼女が作ったものだから」
ランスロットがこちらを見る。
ルイスの視線は飽くまでランスロットに向けられている。
完全無視を決め込むつもりなのだ。
ルイスの無視を無視して、私は話すことにした。
「あの提言を考えた時、頭にあるのは平民学生でした。でも実技の授業を見て感じたのです。苦しんでいるのは貴族も同じだと。支援が必用な学生は平民、貴族問わずいるのだと――」
「だからそれは平民のせいではないのか?」
ルイスがこちらを睨みつける。
無視しきれなくなったのか。
「力を付けた平民が貴族の地位を奪っていく。それを手助けしているのが、今の学園だ。全ての学生を助けたいなら、まず平民を追い出せばよいではないか。そのあと、貴族を助ければよい」
「今の学園を支えているのは貴族ではありません。優秀な学生たちです。そして優秀な学生の多くは厳しい選別を受けた平民学生です。彼らを追い出しては、学園の権威が保てはしないでしょう。貴族の特権に拘って建国以前から存在する学問の府の歴史に泥を塗るつもりですか」
「泥を塗っているのは平民どもと、彼らと結託する愚かな貴族どもだ」
「平民と『結託』していない貴族などおりませんわ。彼等の富と知によって我が国は、貴族の生活は、支えられているのです。勢いをつけた平民が貴族の地位を奪うなら、それはそれでよろしいではないですか。時の流れは変えられないのですから」
「なんとっ」
「ねえ、ルイス、聞いてくれるかい?」
話の流れを無視するかのように、おっとりとした口調でオスカーが話し始めた。
「僕とグウィネビアは古い家系だ。そして君も知っているように、かつてはランスロットの家と同盟関係にあった。対等、のね」
そこまで言って、オスカーはランスロットを見た。
ランスロットは何も言わない。オスカーは話し続ける。
「やがて力の差が出始め、同盟は対等とは言えなくなり、最後は従属することになったんだ。それが古い家系、さ」
だからなんだと言わんばかりに、ルイスはオスカーを睨みつける。
「きっと200年前のさ、僕らの祖先が未来を知ったら驚くだろうよ。まさか、自分の国がなくなってるなんて、辺境の豪族の支配下にあるなんてさ」
再び、オスカーがランスロットを見る。その目は、「ごめんね」と言ってるように見える。
「君は自分の家柄や身分を誇ってるけどね。世界はひっくり反ることがあるのさ。家柄や身分はある日、君を裏切るかもしれないよ。僕らの祖先の時みたいにね」
ルイスは相変わらず、オスカーを睨んでいる。が、その目にはすでに力がなくなっている。
「世界がひっくり返ったら、君を守るのは、家柄でも身分でもない。体に叩き込んだ知識と技術さ。それを学ぶのがこの学園だよ。僕ら貴族はね、特別な計らいで全員、ここで学ばせて貰ってるのさ。ありがたいことだよね。特別扱いは平民じゃない、僕ら貴族なんだ」
驚いた。
そんな考えを持っている人は私以外にいるとは思わなかった。
特別扱いを受けているのは貴族なのだ。そして、それは永遠には続かないだろう。
「君は気に入らないかもしれないけどさ、――全ての学生の学びを保障する――。いいじゃないか、挑戦してみようよ。『全て』には僕ら貴族まで入ってるんだよ。すでに特別扱いなのにさ」
ルイスが納得したかどうか分からない。
しかし、連名してくれることにはなった。




