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グウィネビア様、手紙作成にのめり込む

 家に帰った私は、すぐに必要な作業にとりかかった。

 まずはセイラとモリーからの手紙を読む。

 事務連絡のための手紙ではない、私にとっては待望の、純粋に(?)友だちからの手紙だ。

 なのに、あまりのやることの多さに『作業』と認識してしまう自分が悲しい。


 まずはモリーの手紙から。

 驚いたことに、モリーの手紙は封筒が使われていた。この世界では紙に手紙を書くと、それをたたんで、蝋で閉じるのが一般的だ。封筒はあまり使われていない。紙はまだまだ高価なのだ。

 それだけではない、モリーの使っている封筒の紙は上質な上に印刷で細かい模様がついている。蝋に押されている印は百合だった。

 開封すると、中から手紙と小さなカードが入っている。

 カードは、純潔の乙女と百合のイラストで多色刷りだった。私もいくつかカードを持っているが見たことのない絵だ。

 手紙は縁飾りと、百合の花が描かれている。これも印刷である。

 大量生産されているのだろうか?

 これはもはや向こうの世界のレターセットと変わらない。

 彼女は、この手のレターセットを常に使っているのだろう。そうでなければ短時間でこんな紙を準備することは出来ないだろう。


 手紙には、今日の出来事に対する、お礼と謝罪の言葉が述べられている。カードはお礼の品のようだ。

 文字はさほど美しくはなかったが、正しく作法に則った手紙である。


 返信を書こうとしたが、モリーの手紙に比べるといかにもシンプルで面白みがない。最近はもっぱら用件を伝えるのみの手紙を書いていたのだが、セシルやエルザたちと、やりとりする時は絵を描いたり、模様をつけたりして結構、遊んでいる。

 久々に友だちとやりとりする時の楽しい手紙を書いてみることにした。モリーの手紙のように、下の方に、純潔の乙女と楓のイラストを描いておいた。時間がないので楓のみ赤と黄色で着色する。



 続いてセイラの手紙を見る。かなり質の悪い上に、いつから持っていたのか分からない変色した紙を折り畳み、紐で結んであった。封蝋もない。


 紐を解き、手紙を読む。

 こちらも謝罪と感謝の手紙だった。いや、謝罪、謝罪、謝罪の手紙だ。

 自分のようなものに声をかけてくれて有り難う、粗末な紙で申し訳ない、貴族の名を汚す存在で申し訳ない、侍女までお借りして申し訳ない、申し訳ない、申し訳ない……。

 インクは滲み、スペルミスも多く、文法も間違っている。手紙の作法以前の問題だ。


 入学初日のテラスでのお茶会を思い出す。あの時も震えるような声で話していた。

 あの日は1人だったが、今も1人で行動しているのだろうか。

 いったいどんな気持ちで、今日まで学園生活を送っていたのだろうか? 

 もっと彼女に注意を払うべきだったかもしれない、同じクラスにいたのに!


 後悔はここまでだ。

 私は、セイラに返信を書いた。

 謝罪の必要はない、あなたの話をもっと聞きたい、と。


 それからモリーの手紙のように、イラストを付けておいた。葡萄と農民の少女の絵だ。

 私はもちろん、農民の少女を実際見たことはないのだが、葡萄と少女は、秋の実りを表すモチーフとしてよく使われている。葡萄と葉っぱだけ着色しておく。


 封筒にもダリアの花束を描いておく。よくセシルやエルザに手紙を出す時にいれているものだ。

 とりあえず、色ちがいに塗っておく。

 ダリアは種類も色も豊富で、お気に入りの花だ。


 ここまでしたところで、ソフィアがやってきた。夕食の時間だ。

 私はやることがあるから何か軽い物を、と頼んでいたのだが、どうもお母様がご立腹らしい。

 ちゃんと家族と食事をとりなさい、というわけだ。



 夕食でお母様の説教を受けたあと、私は部屋に戻った。着色のイラストが渇いていたので、畳んで封筒にいれる。

 セイラの手紙をいれたあと、私ははたと気づく。

 この手紙を受け取ったセイラはどう思うだろうか? 喜ぶ? いや、返信する紙の捻出するのも苦労しているだろうセイラに、この手紙は負担になるのではないだろうか。次に誰かに手紙を出す時、まともな紙がないことで躊躇するかもしれない。


 私はソフィアに頼んで、紙を5枚とイラスト入りカード、大きめの包み紙と紐を持ってきて貰った。紙をたたみ、小さなカードに『自由に使ってね』とだけ書いて、たたんだ紙にいれた。

 たたんだ紙と封書を包み紙で包んで、封をしたあと、紐で結わえる。

 小包になってしまったが、まあいいだろう。

 これで少しでも負担に感じないといいのだが。



 次に気の重い手紙を書く。ロビン先生への手紙である。授業を中断させたことを詫び、こちらの意図を汲んでくれたことへの感謝を綴る。


 さっきまでの手紙の影響だろうか、何かもう一捻り欲しい気がする。

 私は本棚に置いてある木箱を開ける。中にはぎっしりと紙が入っている。その中から、古びた数枚の紙を取り出した。

 そこには『舞踏譜』と、数点の踊る少女のイラスト、私が書いたものだ。


 『舞踏譜』とは、ダンスの動きを線や記号で表現したもので、楽譜のようなものだ。とはいえ、楽譜のように書き方に決まりがあるわけではない。

 私の場合、上に楽譜を書き、下に動きを線で示し、ステップ、ターンを記号で記している。略した譜面では細かいポーズまでは表現できないので、自作のイラストも入れている。

 私が少女のイラストをさらっと描けるのは、踊りの動きを描き続けたおかげである。


 しかし、今、私が持っている舞踏譜はかなり拙い。それもそのはずで、これは10歳のとき、初めて作ったものなのだ。


 私が5歳の時、国王陛下の前で披露したのは、秋の実りを表現した美しいダンスであったが、いささか古めかしい。とにかく動きがゆったりしていて、子どもが踊るには難易度が高すぎるのだ。今では10人ほどの少年、少女が跳ねるように元気に華やかに踊っている。


 自分が踊ったものが、今はもう誰も踊ることがないと知ったのは10歳の時だった。

 幸い当時の教師が、研究熱心で滅びゆく古い踊りを、舞踏譜として残していたのだ。私はその人の舞踏譜を書き写すことで、かつての踊りを紙の上で再現した。それだけでは物足りずイラストも付けておいた。もっとも5歳の時の踊りを10歳で再現したのだ、記憶違いも多いだろう。

 その時から私は、踊ったものは出来るだけ舞踏譜に残すことにしているのだ。


 私は手紙とは別に舞踏譜の一部を書き写し、イラストも描いた。

 空白部分に、


『5歳の時、陛下の前で披露した舞です。もう誰も踊ることがないと思うと寂しゅうございますね』


 と書き記した。

 ロビン先生の手紙に封すると、私は一息つくために、ソフィアにお茶を頼んだ。


「グウィネビア様、随分張り切ったものですね。これでお手紙はおしまいですか?」


 ソフィアが、面白がるような口調で言う。


「違うわ。これからが本番」


 そう、これから理事への手紙を書くのだ。

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