グウィネビア様、プレゼンに挑戦する
昨日、グレタとノーラから聞いた内容と、私が感じた問題をかいつまんで説明する。
「平民の学生には3年通う者と1年で修了するものがいます。問題は1年を修了できず、去っていく学生の多さです」
「失礼ですが、それは去る者の問題ではありませんか?」
ガウェインが口を開く、平民のとりまとめ役の彼でさえ、この認識だ。これがここの普通なのだ。
「平民たちは試験で選別された者たちです。学力は十分あります。そして高い入学金と授業料を払っているのです。おそらく学生自身も学生たちの親たちも、強い意思を持って入学したはずです。その彼らが志し半ばで学園を去るのです。私は学園の職員に尋ねましたの。驚きましたわ。去年、学園を去った者は48人だそうです。ひとり、ふたりなら個人の事情として片付けられるかもしれません。しかし、この人数、48人。入学した平民学生の約3割ですよ」
私はここで言葉を切り、息を整えた。
正直、約3割というのが多いか少ないか、イマイチ分からない。とりあえず、とんでもない数字だ、という前提で話を進めてみる。
「ノーラさん、グレタさんから、去っていく学生たちの話をほんの少しですが、聞きました。様々な障害ゆえ意欲を失った者はいます。しかしながら、怠けていた学生はいません」
『怠けた』学生が、いるかいないかなんてほんとは分からない。
が、まあ、ここははったりである。
「平民学生の……、いえ、全ての学生の意欲を挫かないため、学園は全力で学生を支えるべきです」
そして私は、紙の資料を皆の前に出した。
「昨日、一気に作ったので恥ずかしいのですが……」
いわゆるプレゼン資料である。全部黒インキの地味なやつだけどね。
題して……
『全ての学生が1年を修了するための、3つの提言』
1 早期の情報の取得と共有
○ 合格発表時に届く制服と教科書の注文書と共に、1年間の流れと準備物についてのお知らせをいれる
○ 1年生掲示板に1年間の流れと必要な準備物を常時掲示する
2 学用品等の提供
○ 学園に売店をつくる
a ダンス練習着、作法、乗馬、剣術の服、靴、布類等
b 紙、インク、ペン、石板等の筆記用具
○ 卒業生等からの古着、楽器、教本の提供を募る
○ 楽器、教本の無償貸与
3 授業の見直し
○ 実技は習熟度別とする
○ クラスを増やし、30人規模にする
○ クラス担任をつけ、適宜学習進度の確認、生活相談を行う
○ 一斉補修授業の実施
○ 考査基準の明確化
人数分、手書きである。
「グウィネビア、これを1人でやったのかい?」
「書き写すのはトリスタンにも手伝ってもらったのよ」
「これは……今年は難しい物がありますね。それに学生の領分を越えていますよ。教師によっては侮辱と取る方もいらっしゃるかもしれませんね」
モルガン先生は紙を睨み付けながら言う。3を見ているのだろう。
「はい、あくまでここだけの物、私個人の考えです。ただ今すぐ出来るものもあります。掲示板に1年の流れと必要な準備物を貼り出しておくことはできますよね」
「確か入学式でカリキュラムは配られているはずじゃないかい?」
「カリキュラムには必要な準備物は書いてなかったわ。ランスロットはどんな風に実技に必要な服や靴を用意してるの?」
「……それは、側近が……」
「私もよ。ソフィアにまかせてる。だから他の学生が困ってるなんて知らなかったのよ」
「なるほど……。これを必要とする学生がいるのだな。じゃあ、早速作って掲示してみるか」
「よいと思います。出来たら2年と3年にも、手伝って貰えると助かるのですが」
ガウェインも賛同してくれた。
「オスカーに連絡をとってみよう。良いものができたら、来年の合格通知と一緒に送って貰えるかもしれないね」
提言1はあっさり受け入れられた。
「僕が呼ばれたのは真ん中のやつだね」
セスが紙を見ながら言う。
「ええ、急がせてしまってごめんなさいね」
私はセスに答える。
「セス、君の父上は輸入品を扱っているはずだろう?」
ランスロットがもっともな質問をする。
「そうなんだけど、祖父が商工ギルドの総元締めだからね。いろいろあたって貰ったんだ」
「ほんと、無理を言って申し訳なかったわ」
私は再度、謝る。
ちなみに私がセスに声をかけたのは、商人の知り合いが彼とモルガン先生しかいなかったからだ。セスのお祖父様のことは全く知らなかった。
「ううん、ほら、このメンバーなら話していいと思うけど、学園に商品卸してた業者の見直しがあるでしょ。お祖父ちゃん、自分の息のかかった商人を学園にいれたくて、仕方がないんだよ。そこに売店の話だから、もう喜んじゃってね」
話によると、学園に物品を卸していた業者とセスの祖父は対立関係にあるらしい。
もしかして商人の勢力争いに関わってしまったのだろうか?
「いや、セス、まだ決まったわけではないよ。理事を説得するのは大変なことだ」
ランスロットは慎重だ。
ちなみに理事の中には国王陛下もいるのだが飽くまで調整役に徹しているらしく、鶴の一声、というわけにもいかないようだ。
「私も売店がすぐに承認してもらえるとは思っていません。ただ実技に必要な服や靴を買い揃えるにはもう時間がないのです。とりあえず今回は、学園内に商人の一時的な出入りを許して頂きたいのです」
「学生が自分の家で買い揃えればいいんじゃないのか」
ランスロットはあまり乗り気ではないようだ。
「あのさ、ランスロットは服や学用品を、自分で買い揃えたことってある?」
セスがランスロットに問う。
「いや……、ない……」
「たとえばダンス練習用の服と靴、乗馬服とブーツ、それに剣術用、礼儀作法の服、これを一気に買い揃えるとしたら何軒の店を回ることになると思う?」
「……」
「ここにさらに紙やインク、ペンも必要になったら?」
「……」
ランスロットは沈黙したままだった。
答えが浮かばない時、ランスロットは思考の海に沈む。
私は王妃様の温室での、ランスロットとのやりとりを思い出した。
王子らしく、如才ない受け答えが出来るだけではない。分からないものを受け入れ、真剣に考える誠実さがあるのがランスロットだ。
「学生に必要な物が、なんでも揃う売店があったら便利だと思わない」
「……私には分からないが、試して見る価値はあるかもしれないな」
「あの……いいでしょうか」
セスとランスロットのやりとりにガウェインが入ってくる。
「売店ということは、お金が必要ということですよね。正直平民たちがどれだけ金銭を準備出来るでしょうか? 紙もペンも高い物ですし、ましてや靴や服となると……」
「グウィネビアから古着屋を当たってほしいって言われててね。何人かの古着商には当たってるんだ、あと質屋にもね。安くはなると思うんだ」
セスが答える。
「お金については課題ですね。学生が過剰な金銭を持ち歩くのも危険ですし……」
モルガン先生が難しい顔をしている。
「今、私の知り合いを頼って古着や教本等を集めているところです。無償で提供ができないか検討しています。無償と、古着による安価な有償、とりあえず、この2つで考えています」
私が言うと、ガウェインはとりあえず引き下がってくれた。
実のところ、リリア、ビビアン、パーシーを助けるくらいなら、私個人が動けば可能なのだ。
だが、それでは困っている他の学生は救われない。
助けの必要な学生は他にもいる。今日の実技を見て切実に思った。
「今回は飽くまで臨時の措置として、学園長と理事らに掛け合ってみよう。『実技衣装、学用品等を十分に揃えることのできない平民学生への救済措置』ということでいいかな」
ランスロットが私の方を見る。
「あの……『平民』ではなく『学生』でお願いします。今日のダンスを見ていると、困窮しているのは平民ばかりではないようです」
私はセイラのことを頭に浮かべていた。
「それと『救済』もちょっと……、そうですわね……」
『救済』には、「施してやる」という上から目線を感じる。プライドの高い学生は利用することが出来ないかもしれない。
そもそも、『救済』は間違いではないのか。
学園に入った以上、授業を受ける権利があるのに、一部の学生のそれが侵されているのが今の状況だ。
だとしたら、学園側のやるべきことは『救済』ではない。
「『保障』、ではないでしょうか」
「『保障』……」
「全ての学生に健やかな学びを保障するための措置として、実技衣装、学用品等の販売及び貸与の場を学園内に設置すること……こんな感じでしょうか」
「全ての学生の学びの保障、か」
しばしの沈黙の後、ランスロットはうなずいた。
「分かった。それでいこう」




