グウィネビア様、意見書箱の要望と向き合う
「グウィネビアさんが入学されてから、この部屋も随分にぎやかになったわ」
そう言ってモルガン先生は、実家から送ってきたという栗のお菓子を振る舞ってくれた。
私は喜んで頂いたのだが、周りの反応は薄い。
テーブルを囲っている中で女はモルガン先生と私だけだ。他はランスロット、ガウェイン、そしてセス。
今、やっているのは授業が終わったあとの、1年のとりまとめ役の集まりだ。
モルガン先生とセスは私が頼んで参加してもらった。ある『計画』のために。
「このお茶は……甘味がありますね。それに濃厚だ。なるほど栗とよく似合う」
「そうでしょう? 普段はミルクを入れるんですけど、このお菓子に合わせるなら何も入れない方がよいと、私は思ってますの」
ランスロットとモルガン先生がお茶とお菓子について話している。
私も加わって、延々とお菓子談義でもしたいところだが、そうもいかない。
今日は私が、無理を言ってこういう形にしてもらったのだ。
ここ数日、情報を収集し、ゆっくり話す時間ない相手には手紙を書いた。モルガン先生、ランスロット、ガウェイン、セス。
学内でこれだけ短時間のうちに、手紙のやり取りとりをしているのは、私だけかも知れない。
ちなみに今日は、モリーとセイラからも手紙を受け取った。同じクラスなのに、学園職員を経由して。まっどろっこしいが、こういう世界なのだ。
「今日は無理を言って、このような形にしてしまい、申し訳ありません。私の用件は後回しでお願いします」
「いや、まずは今日の君の武勇伝は聞きたいな」
ランスロットも関心があるようだ。
今日、私がしたい話に関係がないわけではないが、若干ゴシップ的な楽しみを提供するようで面白くない。
「私も聞きたいわ、グウィネビアさん。ロビン先生とケンカした後、情熱的なダンスを踊ったって聞いたわよ。流行りの小説みたいなことが、本当に起こるなんて素敵ね」
モルガン先生、あきらかに面白がってる。
基本的に間違ってないが、誤解を生む表現である。
私は昼と同じ内容を話し、ロビン先生とのダンスの件については「ロビン先生に直接聞いて下さい」で、済ませておいた。
「実際、授業を受けてロビン先生は熱心な方だと感じました。ただ生徒のレベルに合わせた授業にはなっていません。個々の生徒の『事情』にも無頓着です。ただ先生個人の問題というより、制度の問題だと思うんです」
「それが手紙の内容に繋がるというわけだね」
「ええ、そうです。」
「わかった。まずは意見書箱を確認してから、グウィネビアの持ってきた案件に行くとしよう」
ランスロットが言うと、ガウェインが木箱の中から3枚の紙を出す。
「3枚……、あ……」
思わず呟いたセスが、気まずそうに声をつまらせる。
「確かに、少ないわね。こんなものかしら?」
「オスカーの話じゃ、最初はこんなものらしいね。まだみんな右も左も分からない状態だからね」
「待ってください、これ、2枚は同じ人物です」
紙を確認しながら、ガウェインが言う。
1枚は平民の女子学生からで、食堂に食べ物がないことを訴えるものだった。
この問題はモルガン先生のおかげで解決のめどがたっている。
「こう言った意見があった場合、どうするんですか?」
「ん、まとめて次のとりまとめ役の集まりに持って行くんだよ」
「意見を出した学生には何も伝えないのですか?」
私はランスロットに尋ねる。
「特にないようだね」
「意見に対する回答はした方がよいと思います。それも出来るだけ早く。回答できない場合でも、検討中ということは伝えておかないと。出した意見書には必ず目を通していることを周知すれば、意見を出す方も安心できるのでは?」
「本人を呼び出すのですか? 失礼ながら殿下やグウィネビア嬢の前に呼び出されるのに平民は耐えられないでしょう」
ガウェインが言う。
まあ、言いたいことは分かるのだが、耐えられないとまで言われると、さすがに傷つく。
「あ、あの、掲示板を利用するのは……」
セスはそこまで言って口ごもる。
「セス、意見は多い方がいいわ。何か思い付いたら構わず教えて頂戴。そうね、掲示板、いいわね。名前は出さずに意見の内容と回答を貼り出したらどうかしら」
「おかしな意見が来たらどうするのですか? 愚にもつかぬことを書き連ねる者も、まともに扱うのですか?」
ガウェインは渋い顔で言う。
ガウェインの放つ威圧オーラに、セスが怯む。
「あの……、商人のギルドなんかでもやってるんだ。要望と回答を貼り出すの。貼り出されるって分かったらそんなに変な意見、こないんじゃないかな」
「意見書の内容を個人名を出さずに掲示し、回答、あるいは審議中であることを示す、やってみてもいいかもね。オスカーに尋ねてみよう」
ランスロットがまとめてくれた。
次に、私たちは同じ人物が書いたという2枚の意見書を見る。
「これは……」
小さく細かい文字が意見欄にびっしりつまっている。
1枚にひとつの要望が書いてあるわけではなく、だらだらと書いていたら紙が足りなくなったようだ。どちらが最初か分かるような数字もない。
いきなり変なのがきてしまった。
ガウェインの懸念、大当たりである。
ランスロットは2枚の意見書をじっくり読んでいる。
「名前はエイブラム。知らないな。彼の為にも手紙を書き方の授業を早くやってもらわないとね」
「手紙の作法は破ってますけど、内容はしっかりしてるわ。要するに個々の先生の授業の評価ね」
「平民として、後ろの席で聞いている立場としては、彼の意見は的確だと思います」
延々と授業への不満が書き連ねてあるが、要は、教師の声が後ろの席の平民には聞こえない、と言うものだ。
「よく観察してるね。名前を伏せても個々の先生が誰なのか分かるよ」
ランスロットはしきりに感心している。
エイブラムの評価は的確なものだったが、これを掲示板にそのまま載せるわけにもいかない。
「先生たちに見せるわけにもいかないしな」
「でも辛辣で的確だわ。先生たちも知るべきよ。自分たちだけが一方的に評価して点数を付けてるんじゃない。学生の方も教師を観察して評価してるんだって」
向こうの世界の教師は、もっと厳しい目にさらされているのだ。この世界の教師は集団に対する教え方が上手くない。学園の授業の進行の仕方には問題がある。
「とはいえ、これを公表するとエイブラムさんの立場が問題になるわね。平民が教師に睨まれるなんてぞっとするわ」
私たちはエイブラムの意見を『授業の時、教師の声が後ろの席まで聞こえない』と要約して、掲示板に貼ることにした。回答は保留。次回のとりまとめ役の会議で審議することを伝えるのみとした。
「さて、君の話を聞こうかな」
ランスロットが私の方を向く。
私にはとってはここからが本番だ。




