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グウィネビア様、追いだされない程度に暴れてみようかな、と思う

「なんか、すごいことしたらしいね、君」


 医務室の隣の部屋で、トリスタンが私を見つめていう。その目には、面白がるような光がある。


 今日はトリスタン、セス、リリア、ビビアン、パーシーというメンバーで食事をしている。

 ほんとうはリリアたちのダンスの様子を聞きたいのだが、今日のことを説明しないとダメなようだ。


「セシルから話は聞いたんだけど、何言ってるか分からないんだよ。なんか先生と君が素敵だったって言うんだけど、同じ先生だよね? あのコウモリみたいな人」


 コウモリ……確かに髪も服も黒かった。天井にぶら下がっていても不思議ではない。


「信じられないんだけどさ。君と先生が情熱的に見つめ合って、破廉恥な行為を、皆の面前で堂々と……」


 リリアとビビアンが息を飲む。

 ちょっと派手なターンをしただけで、これである。


「ジョフリーの言ってることも、わけが分からなかったよ。彼、完全に君の崇拝者になってるよ」


「あら、そうなの」


 セスの話は意外だった。

 ジョフリー、そうなのか……。


「ジョフリーが言ってたんだけど、君が先生に突然反抗して、それで先生が変わったって。意味が分からないんだ。反抗って?」


 セスが聞く。

 まあ、分からないだろう。


「話には聞いてたんだけど、ひどいもんだったわ。何も分からない子がいっぱいいるのに、先生は怒鳴るだけ。助手の先生も、ある程度、踊れる子ばかり指導するの」


 私はその時の状況を話した。


「だから先生と踊ってる途中だったんだけど、止めちゃったのよ。で、ステップもターンも歩き方も挨拶も全部、最初から教えて貰えないなら、もう踊りませんって言ったの」


 話を聞いていた全員が青ざめている。


「あら、みんな怖い顔ね。私は大丈夫よ。誰も私を落としたりできないわ」


 いや、追放される場合もあるんだけど。


「君のおかげで自分がなぜ注意されたか分かったってジョフリーは言ってたけど。君の名誉が心配だって」


 セスの困り眉がさらに下がる。


 なるほどね。

 ジョフリーの心配はもっともだ。


「私ね、自分の名誉なんてあまり気にしないことにしたの。多少評判の悪い娘がいたところで、父は困らないと思うしね」


 私の行動規範は『未来の王妃にふさわしくあること』、だった。

 婚約が白紙になった今も、どこかで『未来の王妃』という言葉に囚われている。

 だが、王妃の座が遠のくことより、リリアたちが学園にいられなくなる方が嫌だ。他の学生が苦しんでいるのを見ないふりをするのが嫌だ。


 そう、私は決めたのだ。

 追い出されない程度に、学園の今のあり方に抗ってみようと。


「ねえ、そんなことよりあなたたちはどうだったの?」


 私はリリア、ビビアン、パーシーに尋ねる。


「えっと、僕は『良い動きだが、1人で踊っている』っと言われました」


 パートナーと踊るものだから、相手に合わせる必要がある。そのことを指摘されたのだろう。


「私は貴族の方と組まされたんです。その方にすごく乱暴なエスコートされて……。その方が怒られたんですけど、私も『頭を上げなさい、君は罪人か何かか』って」


「ビビアン、あなたは悪くないわ。もしも誰かにひどい扱いを受けたとしても、絶対自分のせいなんて思っちゃダメよ。堂々と顔をあげて相手を睨み付けるの」


「え、でも……」


「ビビアン、もしかしたら平民だから仕方ないって思ってるかもしれないけどさ、貴族だって、やれ、あいつは田舎者、あいつは下品な金持ちってお互い蔑みあってるんだ。見下して、相手が卑屈になるのを待ってるんだよ。そんな連中の思い通りになる義理なんか、君にはないさ」


 トリスタンはノーグの出身だ。私が知らないところで何か言われているのかもしれない。


「リリア、あなたどうだったの? ロビン先生はあなたのこと、だいぶ感心を持ってらしたって聞いたけど」


「それが、よく分からないんです。『君は宮廷ダンスの心得があるのか』って聞かれて……。他に上手な人がいっぱい居たんですけど」


 確かにその通りだ。

 いくらリリアが物覚えが早いといっても、教師をつけて何年も習っている者に敵うはずがない。


「ねえ、リリア。食事中悪いんだけど、少し離れて立ってみてくれない? ダンスの授業でした時みたいに」


 リリアは言われた通り、少し離れた所に立つ。背筋を伸ばし頭をあげる。美しい立ち姿だ。


「歩いてみて」


 リリアはこちらに向かって歩き出す。滑らかに音もなく、重心のブレもない。

 確か、練習のときの動きはもっと心もとない感じだった。


「すごいね、生まれつきの貴族みたいだ」


 セスが言うと。


「都会のね」


 と、トリスタンが言った。

 田舎コンプレックスこじらせ気味である。


「ねえ、どうしてそんな歩き方が出来るの?」


 質問したのはビビアンだ。

 確かに不思議だ。

 この前は、ステップとターンしか練習していない。


「あの、グウィネビアさんがこんな風に歩いていらしたので、真似というか……」


 つまり、ビビアンとパーシーが教えられたことを何とかこなそうと努力している間に、彼女は私の動きを観察し、吸収していたのだ。

 なんという勘のよさ、飲み込みの早さだろう。


「間違ってないわ。少しぎこちないけど」


 私の言葉にリリアは安堵したような表情になった。

 リリアが席に戻ると、私はリリア、ビビアン、パーシーに向き合った。


「リリアがやったみたいに、みんな貴族の動きをよく見て、立ち居振舞いを学んだほうがいいとおもうの。ダンスだけじゃなくて、普段の生活からね。作法の時間だけでなんとかしようとしても、手遅れだと思うわ」


「うへえ、きついな」


「トリスタン、あなたがお手本になるのよ」


 私はトリスタンを睨み付ける。

 が、実際リリアたちの心の声を代弁してくれたのだろう。


「ダンスの授業そのものは、まあ、大丈夫かもしれないわ。次からは基本から教えて下さると思うの。ただ衣装がね……貴族でさえ、ちゃんとしたものを用意できていなかったわ」


 私はセイラのことを思い出しながら言った。

 貴族である彼女が、学園を辞めることはないだろうが、今の状態は苦痛に違いない。


「僕は魔法科に知り合いがいるんです。その人から服を貰ったら、すごくゴワゴワしてて、サイズも合ってないから体が凄く痛くなっちゃった」


 パーシーが言う。

 知り合いとは『森の人』だろうか。


「男子の服は後ろが長くなってるし、襟が大きいんだよね。ちゃんと仕立てないと固かったりシワシワになったりするからね」


 セスの言うとおりだ。男子の服のほうが質の良し悪しがよく分かるのだ。私のクラスにも、ひたすらシワを気にしている子がいたのを思い出す。

 そもそもまともな服を用意していないのは、男子に多かった。

 シャツに普段着と変わらない上着、踵の低い靴。

 あれでは練習で上手く踊れても、いざというとき正式な服と靴で踊るのはむずかしいだろう。


「ダンスもだけど、リリアたちは乗馬と剣術の服はあるの?」


 ビビアンとリリアは顔を見合わせる。

 そして力なく首を降る。


「布があれば私がビビアンの分も作ります。でも布も古着も買うのに外に行かないといけないけど、寮を出る許可が降りなくて……」


「どのみち時間がありません」


 2人は途方に暮れたように答えた。

 剣術、馬術は、ダンスに比べると衣装について考える必要はあまりない。

 動きやすく汚れてもよい格好が望ましい。

 しかし、女子はズボンを履く必要がある。

 剣術はまだしも乗馬となるとまたがる必要がある。スカートというわけにいかないのだ。


「ドレスみたいに私が準備してもいいけど、それだとあなたたちしか助けることができないわ。今日のダンスで分かったけど、ちゃんとした衣装が用意できない学生は沢山いるみたいだから――」


 ここまで言って私はセスを見る。

 セスも心得たようにうなずく。


「え、何? 2人でなんか計画してるの?」


蚊帳の外のトリスタンが私とセスを交互に見る。


「まだ計画しか立ててないの。さすがに私たちだけじゃ決められないから、1年のとりまとめ役の話し合いでランスロットに聞いてもらうつもりよ」


 そう言って私はここにいるメンバーにだけ『ある計画』を話した。

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