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グウィネビア様、ラスボラらしく登場する(授業)

「ダンスでは衣装や髪型も採点の対象です。踊っている時以外の立ち姿やダンスの後の髪型の崩れも、きびしく見られますよ」


 ダンス練習場の隣にある更衣室で、私は練習着に着替えていた。

 ソフィアともう1人、学園に在籍経験のある使用人アニタが着替えを手伝ってくれている。髪を結いながら、彼女が授業の傾向を、教えてくれているのだ。


「それなら髪が乱れないように、がっちりやってくれない?」


 私は言いながら、ちらりと周囲を見回す。更衣室は個室ではない。全ての生徒が一堂に着替えている。


 上級貴族は真ん中で複数の使用人を従えている。下級貴族、富裕層もそれぞれで固まっている。

 端のほうでは平民の学生が、使用人の手を借りず1人、あるいは友人の助けを借りながら着替えている。


「宮廷の舞踏会に、使用人のようなひっつめ髪で行かれるのですか? 同じように、とは言いませんが髪もドレスも舞踏会に行く時と同じ形にした方がいいですよ」


 アニタは口を動かしながら、さっと髪に小さな髪飾りを挿す。動きに無駄がなく優雅ですらある。

 なるほど彼女の見事な振舞いは、この学園で鍛えられたものなのだ。


「『ここを練習場と思わないでください。常に宮廷にいるつもりで振る舞いなさい』。私の時の先生は、そうおっしゃっていました。ダンスの得意な学生が、ふっと姿勢を崩した時の叱責を、今でも忘れることができません」


 そういう話はもっと早く知りたかった。もちろん聞かなかったのだから仕方がない。

 個人で雇っている教師から、1年の内容は十分と言われていたのを真に受けていた。


「できましたわ、グウィネビア様。ソフィア、付き添いをお願いね」


 私はソフィアを供に、練習場に向かう。練習場に入ったら一挙手一投足、細かく観察されるわけだ。あまり早く練習場に行きたくはないが仕方がない。


 練習場には、準備を済ませた学生たちが集まっていた。男子はくつろいだ調子でしゃべったり、自分が着ている慣れない型の服をしげしげと観察している者もいる。


 一方、女子の集団は異様に静かだ。さっきの話を聞いたせいであろう。青ざめている者もいる。敢えて皆に聞こえるように会話していたのだが完全に裏目に出たようだ。


 私は、頭を傾げるような格好で立っている女子学生に、声をかけた。


「モリー、どうしたの。具合が悪いのかしら? もしかしてさっきの話のせい?」


 彼女は富裕層の学生だ。ドレスも練習用だが上質の布で仕立てている。いつもは血色豊かなふくよかな少女だが、今は病的なほど青ざめている。


「ええ……、その、先ほどの話で少し……。あ、でも、慣れない衣装を着ているので……、っ……」


 モリーはしゃべるのも苦痛のようだ。緊張しているだけとは思えない。呼吸があきらかにおかしい。


「グウィネビアさん、申し訳ありません。この子、本当に気分が悪いようです。あの……、多分、コルセット……」


 モリーの隣にいた少女が、小さな声でつぶやいた


「モリー、一旦更衣室に戻りなさいな。使用人が控えているでしょう?」


「そんな……、授業が始まってしまいます。そしたら……」


「あなたの今の状態で授業は受けられないわ。コルセットを緩めましょう。楽になれば、遅れてでも授業を受けられるかもしれないわ」


 すでにモリーの顔は、青を通り越して灰色と言ってもよい状態だ。一刻の猶予もない。

 私はモリーの手をとり、もう一方の手を彼女の腰にやり、抱えるようにして練習場を出る。

 外には数人の使用人が控えていた。


「モリー、あなたの家の方はどこ?」


 モリーは使用人たちを見回し、力なく首を振る。どうやらここにはいないようだ。変わりにソフィアがやってきて、モリーを支える。


「ソフィア、この子のコルセットを緩めてあげて、大丈夫なようだったら練習場に連れてきてちょうだい」


 モリーは何か言いたげにこちらを見る。

 仮に遅れて授業を受けることが出来たとしても、どれだけ考査に響くのか分からない。


「先生には私から言っておくわ。あなたもう、限界よ」


 なかなかその場から動こうとしないモリーを連れて、私は更衣室に向かおうとしたが、今度はソフィアが動かない。


「グウィネビア様、いけません。授業が……」


 ああ、まったく、どいつもこいつも!!


 切れそうな私の前に、他の令嬢の使用人たちが現れた。ソフィアに加えて2人の使用人が、モリーを支えながら更衣室に向かってくれた。


 私は練習場に戻る。扉はよその使用人たちが開けてくれた。なんだか本当の舞踏会のようである。


 授業、間に合うか!

 ……間に合わなかった。



 練習場には、すでに教師と思われる人物が数人いた。真ん中にいる黒っぽい服の人物がロビン先生だろうか。彼の側に、セシルとジョフリーがいて、何事か話ている最中だった。

 私が練習場に入ってきたことで、その場にいる全員の注目が集まる。


 ちなみに使用人が扉をけっこうな勢いをつけて開けたので、バーンという音と共にラスボス感溢れる登場となってしまった。


「グウィネビアと申します。授業に遅れましたこと謝罪致します。まだ授業を受ける権利はございますか」


「私が担当のロビンだ。事情は聞いている。もう1人の学生はどうした」


 黒い服の男性が答えた。


「モリーさんは、ご気分が優れないようなので更衣室で休んでおられます」


「分かった。授業に参加したまえ。モリー嬢の様子は確認しておこう」


 ロビン先生はそう言うと、隣にいる女性に何事か指示を出している。女子学生が出入りする扉から出ていった彼女は、更衣室のモリーの様子を見に行ったのだろう。


 思いの外、話の分かる教師のようだ。昨日の話はなんだったのか。

 しかし、安心したのはここまでだった。



 ダンス練習場の左右に、男女で別れて並んでいた私たちは1人、1人、名をよばれ、パートナーを作ることになった。

 ステップやターンの説明は、なし。いきなり踊れ、なのだ。

 すでに女学生側は混乱し、不安げな空気が流れている。あちこちで囁きが聞こえる。


「静かになさって授業中ですよ」


 私たちの行動は、この時点で観察されているのだ。考査にどれだけ響くか分からないが、気を付けなければいけない。


 助手の先生が、最初に名前を呼んだのは私だった。

 次は男子のジョフリー、ではなく伝統貴族の男爵家のスコットだった。


 スコットは、最初に呼ばれるのが自分だとは思っていなかったのだろう。名前を呼ばれた瞬間目を見開き、まるで絞首刑に向かう死刑囚のごとく、よろよろとこちらに近付いてくる。

 私と向かい合ったスコットは呆然と立ち尽くしている。ここで男性が挨拶をしてエスコートをしなくてはいけないのだが。


「君は何をしにここに来たのだ」


 ロビン先生は冷ややかにスコットにいい放つと、別の学生の方に行ってしまった。


「スコット、隣を見て」


 私とスコットは、隣のセシルとジョフリーを見る。

 2人は実に優雅で模範的な動きをしていた。ジョフリーはセシルの手をとり指定の場所まで、エスコートした。


「私たちもやりましょう」


 スコットは、ジョフリーを真似て、ぎこちなく礼とエスコートをする。


 休んでいたモリーが入ってきて授業に参加することを許された。この辺りは寛大な先生のようだ。


 中央で助手の教師たちが、お手本のダンスを踊って見せる。

 ダンス練習用の小さいバイオリンの軽めの音の中でも、淀みなく美しい動きだ。


 ダンスは男女が向き合うものの、軽く手をふれ合う程度の古典的なものだった。ターン、ステップも基本的で、ゆったりとした動きだ。

 しかし、手本を見ただけで動けるのは経験者だけだろう。しかも女性は足元が見えないのだ。


 あちこちでぎこちないダンスが始まる。ちょっとした惨劇だ。

 いや軽めのバイオリンの音のせいで喜劇と言った方がいいかもしれない。


 スコットの動きは鈍い。おそらくまったく初めてではないが、人前で踊れる程でもないのだろう。そう考えると教本を読んで軽く踊っただけで、ある程度ものにしたリリアの覚えのよさは、凄まじいものがある。


 私たちは、先生の見本を真似て踊る、を繰り返していた。

 その間にもロビン先生の情け容赦ない叱責がとぶ。


「君の足は石で出来ているのか? せめて動くぐらいはしなさい」


「ドタドタと跳び跳ねない。ノミのダンスは止めたまえ」


「君は、前と後ろも理解出来ないのか?!」


「背中を伸ばしなさい。こっちは醜い老婆の踊りを見たいわけじゃあないんだ」


 動きだけではない。服装にも厳しい。


「その服と靴でどこに行くつもりだ。町のホールにも、そんなみっともない格好の者はいないぞ」


「服のシワを気にするのは止めたまえ。気にしても見苦しさは変わらん」


「君はどこで誰と踊るつもりだ? 納屋か? 相手は牛か豚か?」


 散々である。


 特にきつかったのが、


「帰りなさい。君の親は、寝間着で外を歩けと言ったのか」


 というもので、言われた貴族の女子学生セイラは、卒倒せんばかりであった。

 見ると彼女のドレスはパニエもなく、ふくらはぎが半分隠れる程度のスカート丈で、生地も上等とは言い難い。

 貴族でもドレスが用意できない者がいるのだ。


 ロビン先生は学生の動きを止めると、パートナーを変え始めた。どうやら習熟度別にするようだ。


 ジョフリーとセシルは理想のカップルだったのに、お互い平民学生と組むことになり、なんだか不満顔だ。組まされた学生は実に気の毒なことだが、今やっているのは宮廷ダンスなのだ。相手が貴族だからと言って臆してはいけない。


「君は私と組みなさい」


 そう言うとロビン先生は私の前に来て、実に優雅に一礼をした。

 さっきまで眉間に縦皺があったのに、優しげな微笑みを向けてくるのだ。さすがは王妃様の目にかなうだけのことはある。


 チープなバイオリンの音と共に、私たちは踊り始める。

 ロビン先生の、やわらかく滑らかな動きに魅了されそうになる。

 スコットの時のように、相手の動きに合わせるために必死になる必要はない。ただ息を合わせ、一つの生き物のように舞えば良いのだ。


 (ずっと踊っていたい……)


 そんなことを考えながらターンをすると、同じ方向にステップをしてきた学生とぶつかった。

 よく見ると周囲は相変わらずの惨状だった。

 助手の先生たちは多少踊れる者には指導するが、踊れない者は放置している。

 踊りの心得もないなら、出ていけと言わんばかりだ。

 これでは上手くなるはずがない。

 心が折れる学生もいるだろう。



「忘れてしまいましたわ」


「?」


 突然踊るのを止めた私を、ロビン先生が怪訝そうに見る。


「忘れました。ステップもターンも挨拶も、立ち居振舞いも。宮廷ダンスの何たるかも、全て忘れましたわ」


「何を言っているのだ? 5歳の時に王の前で踊った君が忘れるだと?」


「そんなこともありましたわね。あれから1度も王宮で踊っていませんわ。それに私、1人で踊るのは出来ても、このような殿方との踊りには慣れていませんの。それにこの丈のドレスでしょう? 足さばきが間違ってるのか正しいのかさっぱり分かりませんわ」


 いつの間にか、周囲も動きを止め、こちらを見ている。


「困りましたわ。最初から懇切丁寧に教えて貰えないならもう踊れませんわ。できたら女子は女子だけで1から教えて頂きとうございますの」


「なるほど」


 ロビン先生は周りの学生を見回す。


「私が君たちに教えるのは宮廷のダンスだ。王に捧げ、外国の賓客の前で披露するものである。上手い踊りが必要なのではない。常に優雅であることを忘れてはならない。背筋を伸ばし、美しく歩く。そう、このように――」


 ロビン先生は私の手をとり歩いて見せた。

 歩く、ただそれだけで舞となるように。


「飽くまで優雅に美しく、品位を持ち、そして――」


 先生は少し強引に、私を自分の方に引き寄せた。

 空いている手を、私の腰にまわし、素早く、くるりと私の体を回した。

 最近宮廷で流行りつつある激しい動きのターンだ。


 スカートがふわりと広がった。

 ステップを踏む足が、パニエの中からほんの少し覗いたに違いない。

 周囲が、はっと息を飲むのが分かった。


「楽しむことを、忘れてはならない」


 ターンを終えると先生は、優しく私から離れた。

 先ほどの激しい動きなど微塵も感じさせぬよう、私は背筋をまっすぐ伸ばす。

 そして、顔を先生の方に向け微笑みながら、膝を軽く曲げて終了の挨拶をする。


(あー、良かった。パニエ見せるの前提で、いっぱいフリルつけといて良かったー。靴も合わせといて、良かったわー)


 と内心思いながら。


 パニエはドレスを膨らませる目的の下着である。

 本来見せるものではないのだが、動きの激しいダンスが流行るのに伴い、フリルやレース、リボンをつけたタイプが増えている。アニタが『見えた時対策』で、フリルをつけたパニエを用意してくれたのだ。

 ありがとう、アニタ。

 持つべきものは、学園出身の使用人である。


 その後、歩き方と立ち方の練習をした。次に男女に別れステップとターンの練習をする。

 結局、今日はこれだけで授業は終了したのだ。

 終わったと言っても力を抜いてはいけない。

 更衣室に帰るまでが宮廷です。


 私は帰る前に、ロビン先生に謝罪した。

 特に叱責などもなく、あっさり解放された。


 更衣室でモリーに声をかけ、セイラの方へ向かう。

 貴族であるにも関わらず、セイラには侍女がいなかった。


「セイラ、今日は大変だったわね。気を落とさないで、ちょうだい」


「……お気遣い……、ありがとうございます」


 小さな抑揚のない声で、セイラが答える。

 これはダメージが大きそうだ。

 私はソフィアに、セイラの着替えを手伝うように指示を出した。

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