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グウィネビア様、新たな攻略対象者に遭遇する

 リリアのクラスのダンスまであと1日しかないが、とりあえずやれることは何でもやっておこう。

 ということで、私は空部屋を借りて授業終了後、リリアとビビアンに基本的な動きを教えることにした。

 侍女たちの言うとおり、経験者を想定した授業だった場合、2人がついていけない可能性が高い。


 空部屋にはトリスタン(男性パート兼音楽係)と私、ビビアンがいるがリリアがいない。


「すいません。リリアは『先に行ってて』て言って、どこかにいっちゃったんです。あの子、急に何か思い付いたみたいで……」


 ビビアンもすっかり困惑している。


「そうね、先にビビアンだけでも練習しようかしら」


 その時、ノックの音がして、直後に扉が開き、「遅れてすみません」と言いながらリリアが部屋に入ってきた。


「リリア、ノックをして入室の許可が降りたら入ってきて。『遅れてすみません』はそのあと。全ての動作を一度にしない。あら、そちらは?」


 リリアは誰かの手を握っている。

 見ると制服を着た小柄な少年である。ふわりとした砂色の髪に大きな茶色の瞳は、なんだか栗クリームのタルトを連想してしまう。


「彼はパーシヴァルです。クラスは違うんですが明日ダンスの授業があるんです。で、彼も踊ったことがないらしくて」


「あ、僕、踊ったりはするけど、宮廷のダンスって知らなくて……あの……」


「あなたもしかして……『森の人』?」


 私の問いにパーシヴァルは驚く。


「はは、グウィネビア、さすがだね。君が知らないことなんて何もないんだろうね」


「ええ!? なんで分かったんですか?」


 トリスタンとリリアの声が、重なった。

 これは私の知識ではない。

 ゲームの記憶だ。

 彼、パーシヴァルは攻略対象者の1人なのだ。



◯◯◯



 ランスロット様を初回で攻略しようとして撃沈した俺に、吉田さんが進めてくれたのが、パーシヴァルだ。

 魔力のステータスさえ高ければ、他のキャラとの好感度等を気にすることなく攻略することができるらしい。

 ただしランスロット、トリスタンなどと違って登場が若干遅いキャラだったことと、出会う場所が少し特殊らしいことで、ゲーム画面上で出会うことはなかった。


 知っているのは情報のみである。確か『森の人』と呼ばれる魔力の強い少数民族で、ヒロインと同じく周囲から浮きがちなキャラなこともあって、最初から好感度が高めになる――という情報を攻略サイトで見たことがある。



◯◯◯



「僕が、森の人ってなんで分かったんですか? あまり人に話さないようにしてるのに」


 パーシヴァルか不思議そうに聞く。どうしよう、何と言って誤魔化そうか。


「初めてあった時も私を特待生だって知ってましたよね、グウィネビアさん」


「そうだったわね。ええ……友人がね、学内の事情に詳しいの。森の人が入学したって話は聞いていたのよ。でも知ってるのはそれだけ。あとは雰囲気が他の学生と違うことかしら」


 これで誤魔化せるだろうか? いや、苦しい。


「確かに他の学生と違うね。普通の学生ならさ、入った部屋に公爵令嬢がいたら凍るよね」


「ええっ、そうなんですかっ! あ、失礼しました」


 トリスタンの軽口を真に受けたパーシヴァルは、動揺している。


「この人の言うことは適当に受け流してね。私はグウィネビア。リリアとビビアンに基礎的なステップとターンを覚えてもらおうと思ってね。パーシヴァルさん、あなたは踊ることは出来るの」


「あ、僕のことはパーシーって呼んでください。森にいた時はパーシヴァルって呼ばれたことがなくて、名前を呼ばれても自分のことだと思えないんです。踊ることは好きです。でも寮のみんなの前で踊ったら笑われて……。明日のダンスが怖くなったんですけど、そしたらリリアが一緒に練習しようって、ここに連れて来てくれたんです」


 よく喋る子だった。私の身分を知っても臆することがない。逸材である。

 そもそもどうやってリリアと出会ったのか、森の人の魔力とはどの程度のものなのか、興味が尽きないがあまり話しを脱線させない方がいいだろう。


「ビビアン、あなたも初対面なのよね」


「あ、はい。私はビビアンです。リリアと寮で同じ部屋なの。あの、リリアとはどこで知り合ったの」


 いい質問だ。


「ええっと男子寮と女子寮の間に小さな森みたいな所があるでしょ。僕、いつもそこにいるんだけど、そこにリリアが来たんだよね」


 いまいち話が見えないのでビビアンに説明を求める。ビビアンによると、男子寮と女子寮の間に森があるらしい。

 この森を直進すれば男子寮と女子寮は近いはずだが、規模としては大きくないものの、木々が鬱蒼と生い茂り、道があるわけでもないので学生は誰も入らない。互いに行き来するには森を迂回するしかない。

 その誰も入らない森で知り合ったのが、リリアとパーシーだ。


「僕にとっては何ってことない場所です。少し違うけど家に帰ったみたいで落ち着くんです」


「さすが森の人ね。もしかしてリリアも森に慣れてるの?」


「いえ、私は普通に迷いました」


 うん、だよね。


 座学で苦戦しているパーシーは、リリアと2人、森で勉強会を開いているらしい。


「森で2人? それはさすがにまずいんじゃないの? あ、僕トリスタン。リリアと同じクラスだよ。それから君ら、もしかして手をつないでここまできた? 誰かに会わなかった?」


「会いました。先生や職員の方や学生にも」


「……」


「あの、僕たち何かいけないことしましたか?」


「うるさいことばかり言ってごめんなさい。でも、これからは人前で手をつながない。2人で森に入らない。これを守らないと学園にいられなくなるわ」


 リリアとパーシーは青ざめる。


「ねえ、勉強なら私もしたいわ。混ぜてくれない? 談話室とか人目の付く所なら大丈夫でしょ」


「いいね、それ。じゃ、僕も入れてほしいな」


 ビビアンの提案にトリスタンが乗る。

 正直、トリスタンが今の内容の授業で困ることはないだろうが、リリアたちだけでいると嫌がらせを受ける可能性は捨てきれない。トリスタンが3人と一緒にいてくれると助かる。


「この問題はとりあえず解決。さ、ダンスの練習をしましょう」


 私とトリスタンで基本のステップとターンをしてみせる。次に3人がそれを真似る。

 驚いたのはリリアだ。昨日、ステップが理解できなかった人物とは思えない。実に軽やかで生き生きとした動きをする。


「リリア、もしかして教本を全部覚えた?」


「いいえ、ざっと目を通して、基本のところだけなんとか頭に入れました」


「……さすがね。あ、でも少しテンポが早いわ。もう少し落ち着いてゆっくり……」


「この前、セスと町のダンスホールにいったらさ、すごい勢いでみんなグルグル回ってたし、女の子なんて跳びはねててさ、スカートの裾が捲れ上がって、こう、足がさ――」


「トリスタン、黙って」


 最近、市井では速いテンポの音楽が人気で、それに伴いダンスも激しくなっているらしい。貴族の間にも影響を及ぼしているようで、お母様が以前、貴族まで下品になっていくと嘆いていたこともある。


 きっとテンポの速いダンスは、リリアのはつらつとした魅力を引き立ててくれるだろう。


「リリア、あなた覚えも早いし、動きもいいわ。もし宮廷でも激しい動きのダンスが受け入れられるようになったら、きっと人気者になれるわ。でもね、そういう流れをよく思わない人たちもいるの。大事なのは優雅であることよ。もう少し丁寧に正確に、そう――」


 リリアは覚えが早いが、若干正確さにはかける。頭がよく動き、重心のブレも気になる。

 あれではすぐ疲れるし、バランスを崩すだろう。ダンス用のヒールの高い靴と、裾の長いドレスでは転ける場合もある。そして、髪が乱れるようなこともあってはならない。

 まだ学生であることを考えれば、今でも十分及第点だとは思うが悪意のある見方をされてはたまらない。今は彼女の魅力を多少削いでも、無難に仕上げる必要がある。


 リリアに対して、ビビアンの動きは拙いものだった。これまで一度も踊ったことがないなら、こんなものだろう。なんとなく、運動自体したことがない感じがする。散歩や軽めのスポーツなどは上流層の娯楽でしかないのだ。

 しかし、必死になって私が見せた動きを忠実になぞろうとしているビビアンの飲み込みも、悪くはない。時間さえあればなんとかなりそうだ。


「ビビアン、今はゆっくり正確に必要な動きを覚えて、右ターン、左……、笑って、顔をあげて、動きは多少ぎこちなくてもいいの、間違ってもいいの、でも顔に出さない」


 どんなに上手に正確に踊っても、暗い顔をしていては意味がない。


「あんな死んだような顔で踊ってもね……」


 踊りの上手い女性をなんとか貶めようとする時の常套句だ。

 ダンスだけではない。上流社会で生きるには、しくじった時でも何事もないかのように微笑み続けることが大事なのだ。


 パーシーはトリスタンに見てもらっているのだが、こっちは完全に動きが止まっている。


「あの……もしかして、女の子の手に触れるんですか……」


 そこからか。


 雰囲気を掴んで貰うために、トリスタンと私で軽く踊って見せる。今の宮廷では、男女で踊るのが主流だ。といってもずっと手を握っているわけでも、密着しているわけでもない。向き合ってターンとステップを繰り返して、時折手を触れる、少し近付いてまた離れる、この繰り返しだ。


 それでも見ている3人は、顔を赤らめて動揺している。リリアとパーシーは手をつないでいたはずだが、それとこれとは別問題のようだ。


「ダンスってみんなこんな感じなんですか? 1人で踊ったり、みんなで踊ったりはないんですか」


 パーシーがおずおずと聞いてくる。


「1人で踊るのもあるし、男女4人もあるわ。でも最近の宮廷では、カップルで踊るのが主流よ」


「はあ……」


 パーシーの表情は冴えない。


「ねえ、パーシー、あなたの踊り見せてくれない?」


「ええっ?! だめだよ。みんな笑ったよ」


「森の人の踊り、見てみたいの。私も1人で踊ったり、みんなで踊るのが好きなんだけどね。最近の流行りじゃないのよ」


 私を皮切りにリリアとビビアンも、見たい見たいと言い出した。それでもパーシーは躊躇している。


「グウィネビア、君が最初に踊ったらどうかな」


 トリスタンがリュートを手に、言い出した。

 学園では、音楽の時間に楽器を選ばなければならないが、リュートは選択にない。トリスタンはバイオリンを選んだのだが、やはりリュートの方が好きなのだ。

 そして楽しいことは好きだが練習が嫌いなトリスタンは、ダンスをサボる口実にリュートを取り出して、私を踊らせているのだ。


 私が何か言い出す前に、トリスタンはリュートをひき始めた。


「次はパーシーね」


 と言って私は立ち上がり踊り始めた。

 叙事詩『英雄王』に出てくる、『純血の乙女の祈り』という踊りだ。この手のタイプの踊りは、最近では踊りのプロたちの専売特許となっており、もっぱら劇場などで見るものになってしまった。


 私はダンスの先生に頼んで、あらゆる踊りを教えてもらったのだ。今では誰も踊らない古い踊りも知っている。

 私は踊り終えると一礼をした。リリアとビビアンがほーっとため息をついた。


「ねえ、パーシー、少し感じの違う踊りだったでしょ。森の人の踊りもみせて」


「はい……」


 パーシーは立ち上がった瞬間、軽く跳びはねる。

 左足のかかとに左右の手で交互にタッチしたかと思うと、両手を上げ手拍子を始める。この間に右足を上げかかとをタッチする。両足で飛び上がり、足で拍をとるようにかかとをぶつけ合う。


 まるで、全身が打楽器になったかのようだ。かなり早くリズミカルな曲がついているのではないだろうか。

 トリスタンが即興で何か弾き始めた。単調だが明るい音が響く。たまたま曲調があっていたのか、あるいはパーシーが合わせたのか、音と踊りは見事にはまった。

 先ほど全く動けなかった人物とは思えない。気がつくとごく自然に手拍子をしていた。


 やがて踊りは終わり、パーシーは一礼をした。さっき私が踊ったあとにしたものと同じ、宮廷のダンスの一礼だ。私のを真似たのだろう。かなり飲み込みが早い。


「パーシー、男性の場合はこうして」


 私は男性の礼をしてみせた。

 ここで時間切れだ。

 なんだか私とパーシーが、好きな踊りを踊っただけだったような気がする。


「やるだけやったわ(私が)。明日は頭を上げて微笑んで。何があっても堂々とした態度でいれば、大抵のことは何とかなるわ」


「いや、それ、君だけだから」


 トリスタンの無粋なツッコミを最後に、ダンス練習は終了した。

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