グウィネビア様、友だちを連れ帰る
次の日の授業終了後、エバンズの馬車にリリアとビビアン、それとトリスタンを乗せて家路へと向かう。
「君って大胆だよね。今さらだけど」
私の隣のトリスタンが言う。
馬車の中で、夫でもない男性の隣に座るのは、あまり誉められた行為ではない。しかし、彼が言いたいのはそこではない。
私の視線の先には、緊張した面持ちのリリアとビビアンがいる。2人とも口をきゅっと結び、怒ったような表情で俯いている。
初めてあった時のエルザを思い出す。あれは緊張の表情だったんだなあ、と改めて思う。
「2人とも顔が怖いわ。ほら、顔を上げて。笑えないのは仕方がないけど俯くのはダメ」
『俯くのはダメ』
礼儀作法の先生から厳しく言われることらしい。らしい、というのはそんな注意を受けことがないからだ。
ちなみに相手をあまり見つめ過ぎない、男性に対しては伏し目がちに話すことがあってもよい、などはよく言われたものだ。
「この度はお招き頂き、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
なんとか顔を上げた2人が、あやつり人形のように喋りだす。
「少し緊張するかもしれないけど、さっきも言ったとおり顔をあげてね。あと、キョロキョロしても駄目よ」
「あんまり、いじめてやるなよ。僕の友人だぜ?」
トリスタンは、にやにや笑っている。
「2人とも怖がらなくていいよ。多少の無作法は、僕が相殺してあげるからさ」
トリスタンの言葉に固かった2人の表情が和らいだ。やはり同じクラスで過ごしているだけのことはある。
屋敷についてからも一緒にいて欲しいが、そういうわけにもいかない。
「でも、本当にいいんですか? 私たちに練習用ドレスを下さるなんて」
ビビアンは不安そうに聞いてくる。
「時間があれば他の方法もあるかもしれないけど、とにかく時間がないわ」
「気にすることないんじゃない? みんな知り合い頼みなんだもん。たまたま知り合いが公爵家の令嬢ってだけさ」
トリスタンの言う通りだ。
しかし知り合いのつてを頼るしか学園生活を乗り切れないとなると、リリアやビビアンのような地方から来た学生が不利になる。
2人は極端な例かもしれないが、他にも困っている学生がいるかもしれない。
そうこうしているうちに屋敷に帰って来た。初めて来た友人だ。ゆっくりとお茶を飲んでもらいたいところだが、そうもいかない。
トリスタンとは玄関で別れて、リリアとビビアンを連れてダンス練習場に向かう。
そこには練習用のドレス、ドレスを膨らませるための下着であるパニエ、靴、コルセット等が、それぞれ数点ずつ用意してあった。
私が以前着用していた物もあるが、多くはソフィアが他の使用人や知人を頼って用意した物である。昨日の今日でよくやってくれた。
質はまちまちで、年配の女性が娘時代に着ていたものをひっぱり出したとしか思えないものもある。靴も型崩れがどうしても避けられない。
「何が必要になるか分からないから、とりあえず集められるだけ集めたの。靴やコルセットは持ってる?」
リリアとビビアンの周りを使用人たちが囲む。下着姿になった2人にドレスを合わせ、よさそうな物があると2人に着せていく。もちろん、コルセット、パニエも合わせる。
「これって本当に練習用なんですか?」
ビビアンが戸惑ったように聞いてくる。彼女の着ているのは侍女のお古だ。
「我が家の使用人がかつて学園に通っていた時に作ったものよ。デザインは古くなってるわね」
「え、使用人の方が……そ、そうなんですか……どこが古いのか分かりませんけど……」
一方のリリアは、私が1年前に着ていた練習用のドレスを着ている。
肩には大きなふくらみがあり、ここ数年の舞踏会での流行を取り入れている。若干大きいようなので、急いで直さなければならないだろう。
「リリア、歩いてみて。どう」
「思ったより軽いです。あっ」
リリアは案の定、裾を踏み、前につんのめる。
「リリア、軽くステップしてみて」
「え? 分かりません」
「ダンスをしたことがない?」
「はい、ありません」
「……」
それまで黙って聞いていた侍女の一人が突然、口を開く。
「それは大変ですわ。学園では貴族の基準で授業が進められていますから、ステップが分からないと付いていけないかもしれません」
「そんな……」
リリアが青ざめる。そばで聞いていたビビアンも同様だ。
「あら、でも貴族だからってみんながみんな入学前からダンスを習っているわけではないでしょう?」
私は先ほどの侍女に問う。
「はい、でも貴族の方々は先生が個別に見てくださいます。私ども平民であまり裕福でない者は上の学年の知り合いや兄弟姉妹を頼ります」
「待って、だったら地方から出て来て知人がいない場合はどうなるの」
「私は首都の者ですから、存じ上げませんが、多分寮などで助けてもらえるのではないでしょうか? ただ……その……平民にもいろいろありまして、助け合える関係を築けないものは1年もたない場合もあるかと……」
侍女が言い淀む。
リリアとビビアンはあきらかに元気をなくしている。
「あなたたちは大丈夫。私が友人として面倒を見ます。1年持たず、退学などありえません」
私がきっぱり言うと、2人とも「ありがとうございます」と答えた。
2人がそれぞれドレス、パニエ、コルセット、靴を選び終えた頃には時間がだいぶ経っていた。そろそろ2人を寮に返さなければならない。
「ドレスは直して明日にでも渡すわ。あと2人はこれを読んで。子ども用のダンスの教本よ。中のステップとターンを全て覚えれば大抵のダンスは大丈夫よ」
「え、全部……ですか」
「分かりました。マスターしてみせます」
青ざめるビビアンに対して、リリアは表情には輝きが宿っている。
「リリアは、勉強が好き?」
「ええ、もちろん。なんでもかんでも覚えたくって仕方がないんです。最近はそんな気持ちも忘れてましたけど……」
リリアの言葉が胸に刺さる。彼女のような学生が、安心して勉強できる環境とはいえない学園の実態が、悲しく腹立たしい。
お茶を飲む時間もなかったので、焼き菓子を包んで持って帰って貰うことにした。外から持ち帰った物は全てチェックされ、場合によっては没収されることもあるらしいが、まさか公爵家が用意した物を没収とはいかないだろう。
トリスタンと共にリリアとビビアンを見送ったあと、どっと疲れが出てきた。早く部屋に帰って休みたい。食事もとりたくない。
「そういうわけにいかないよ。君の新しい友だちのこと、おじさんたちも聞きたいんじゃないの」
トリスタンの言うとおりだ。
案の定、お父様もお母様も「平民」の友人に興味津々だった。
私は余り詳しいことは言わずに、ただ試験で好成績だったものの地方出身で困っているとだけ説明しておいた。ビビアンの試験結果は知らないが、まあ優秀な学生ということにしておこう。
「身分の低い者は、増長しますよ。すぐにね」
「肝に銘じておきますわ」
「ふむ、じゃあ君は困った友だちを助けているところなんだね。しかし平民とはね。特別扱いが、彼女らを困った事態に陥らせないといいがね」
「詳しくは申せませんが、すでに困った事態になっていますの。ほうっておけば彼女たちは1年を無事過ごせませんわ」
「グウィネビアの言うとおりです、おじさま。僕は彼女たちと同じクラスですけど、人となりは保証しますよ。とっても良い子たちなんです」
トリスタンの援護射撃。ありがたい。
「しかしね、1人助けるなら2人助けなきゃならない。2人助けるなら3人助けなくちゃならない。君は誰も彼も助けるつもりかい?」
「それについては考えていることがあります」
「うーん、グウィネビアが何か思い付くと大事になるからなあ」
「あらトリスタン、あなたも働くのよ」
トリスタンはうへえっとわざとらしいうめき声をあげた。
お父様は笑いながら、
「グウィネビアをよろしく頼むよ」
と言った。




