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グウィネビア様、厳しい平民学ライフに絶句……しないで喋り続ける

 午前の授業が全て終わると、私は医務室に向かった。

 扉をノックすると使用人らしき女性が顔を出し、中に招き入れてくれた。

 職員のお仕着せとは違う服装から先生が連れてきた使用人なのが分かる。


「ようこそ、グウィネビアさん。あなたが一番ですよ」


 そう言うとモルガン先生は医務室の隣の部屋へ案内してくれた。

 暖色のカーペットの敷かれた部屋は広く全体的に華やかである。壁にはクッションのよく効いていそうな長椅子がいくつも用意され、真ん中の辺りには背もたれに美しい象がんの入った椅子が3脚と、1本脚の丸テーブルがあった。

 お茶用のテーブルではあるが、昼食や軽食なら問題ないだろう。


 すでに昼食は用意されていて給仕が1人、待機していた。

 医務室の隣の部屋というから会議室のようなところを想像していたが、どちらかというと貴族の屋敷のサロンに近い。


「この部屋はね、私が春に入ってくるまではほとんど使われてなかったらしいのよ。もったいないでしょ。これからは学生にも教師にも利用してほしいと思ってるの」


 モルガン先生は春に学園にきたらしい。ということは学園に入ってからあまり時間が経ってないのだ。

 秋入学なので、春というと中途半端な印象もあるが、こちらでは雇用期間などの規程が曖昧で教師も職員も出入りが頻繁にあるのだ。


 食器類を並べ終えた給仕には、帰ってもらう。入れ違いにリリアとビビアンとトリスタンが部屋に入ってきた。

 入ったがいいが部屋の豪華さに圧倒されたのか2人は固まったまま動かない。口を開いたのは後ろにいたトリスタンだ。


「やあ、すごいね、この部屋。ねえ、そこのソファ、寝るのにちょうどよくない? ごはん食べて昼寝なんて最高だね。今度は僕も入れてよね。ああ、リリア、ビビアン、紹介するよ、僕の従姉妹のグウィネビア。公爵令嬢だけど、そんなに怖くないよ。多少の無礼は大目に見てくれるさ、きっとね。じゃあ、グウィネビア、あとは任せたよ」


 言うだけ言うと嵐のように去っていった。


 気をとりなおし私は2人に声をかける。


「トリスタンの従姉妹のグウィネビアです。トリスタンがね、あなたがたが随分悩んでいるようだって心配していたのよ。それでモルガン先生に頼んでこの部屋を貸して頂いて、昼食にお招きしたということなの」


「ビビアンです。あのっ、本日はお招き頂きありがとうございます」


 最初に挨拶したのはビビアンだ。

 茶色の髪に丸い瞳。人の良さそうな顔立ちの少女だ。やはり緊張している。仕方がないことだ。


 一方のリリアンは謎の輝きを湛えた表情でこちらを見つめている。


「グウィネビアさん、リリアです。この前は助けて頂いてありがとうございます。でもトリスタンさんの従姉妹がグウィネビアさんだったなんて……。もう一度会えてうれしいです」


「ふふ、一緒に迷ってただけよ。それより、食事を頂きましょう。こちらで勝手に用意したから、お口に会うかどうか」


 そう言って一緒にテーブルを囲んだ。

 今日の昼食は温野菜、薄切り肉、パン、バター、ソーセージ、クッキー、ジャム、リンゴ、輸入物の柑橘類、炭酸水。

 彼女たちがどれほど食べるのか分からない。私は朝もきちんと食べ、昼は夕方のお茶会を前提に少し押さえめにとっている。同じ貴族でも朝はお茶のみで昼にしっかり食べる者も多く、昼食の量も内容も一様ではない。


「こんなに……ですか」


 ビビアンとリリアの表情からいつもより多い食事量かもしれない。


「お茶をいれるわね」


「お茶! 私がいれます!!」


リリアが慌てて立ち上がる。


「今日は私が招いたんだからいいのよ」


「でも……」


「リリア……、あのティーポット……、すごく高い、多分……」


「……っ」


リリアは一瞬硬直した後、大人しく席についた。


「さ、食べましょ。私もお腹が空いてるのよ。朝もちゃんと食べるのだけどすぐにお腹が空いちゃうの。リリアさん……あ、リリア、ビビアンとお呼びしていいかしら。ねえ、2人は朝はしっかり食べる方? 私のお友だちはね、朝は食べない人が多いの」


 貴族の朝は遅い、起き抜けに一杯お茶を飲み、昼食をしっかり食べるという生活パターンが多い。

 しかし学生でお茶一杯で午前の授業を受けるのはつらい。

 セシルなどはその典型で昼が近くなるとすっかり元気がなくなっている。


「朝は寮の食堂でパンを食べてます。昼は、運がよかったら食堂のパンをもらいます」


「私もリリアと同じです。あ、私たち同じ寮の同じ部屋なんです」


「ええっと、朝がパンで昼がパン? それ以外は何を食べているのかしら」


「水を貰えます。あの、この水、なんだかシュワッてするんですけど」


「炭酸水よ。まだ暑いからどうかと思って用意したの。ところでリリアがパンだけと言うことはビビアンもかしら」


「はい、1年の平民は大体こんな感じです。家から通う人は、お昼くらいに家の人が何かもってきてくれるそうですけど。あ、お金持ちの子ですけど」


 2人の話にただただ衝撃を受ける。リリアがリンゴを齧っていた理由が分かった。


「夜はどうなの? まさか夜も同じ内容?」


「いいえ、夜はパンもスープも沢山……というほどでもないけど、あります。私とリリア以外の子は夜のうちにパンや玉子を服に入れておくんです。それをお昼に食べてます」


「あなたたちは、しないの?」


 リリアとビビアンは顔を見合わせた。どちらが話そうか考えているようだ。やがてリリアが口を開いた。


「私がみんなと同じことをすると寮監に報告されるんです。最近はビビアンも同じで……。次にやったら寮を追い出すって言われてて」


 2人の話す内容にげんなりして食事をする手が止まってしまった。その間にも2人は手と口は止まらず気持ちがよいくらい皿の料理が減っていく。


「私のせいなんです。ビビアンはみんなによく思われてない私の友だちでいてくれて……」


「腹立たしい話ね。陰湿ないじめだわ」


 今すぐ寮に殴り込みに行きたいくらいだ。いや、今は無理でもいずれ行くかもしれない。


「私もリリアも地方の出身なんです。場所は全然違うんですけど。だから同じ部屋になったのが嬉しくて……。でも他の子から、あの子はズルい子だから、贔屓されてるからって。私、少しの間だけ、離れていたんです」


「リリアは始めての特待生だから特別な存在なのは間違いないわ。でも試験では次席、特待生としての条件を全てを満たしているのよ。それはズルくも卑怯でもないわ」


「はい。始めての授業の時、他の子とうしろの席にいたんです。リリアの近くには誰もいなくて……。でもトリスタンさんが……、それとセスさんもリリアを守るようにしてくださって。私、自分が恥ずかしくなりました。リリアは良い子なのに、守らなくちゃいけないって思って。あと後ろじゃ何も聞こえなかったから、ぜんぜん勉強にならないし」


 確か後ろの席は聞こえないとか、そんな話が顔合わせの時にあったような。


「でも、そのせいでビビアンまでのけ者になってしまったんです」


「あなたたちは何も間違ったことをしてないわ。でも2人だけで悩んでいるのはよくないわね。これからは、私やトリスタンにも話してちょうだい。あなたたちが考えているより味方は沢山いるわ」


「あ、ありがとうございます」


 2人は口を揃える。

 ビビアンの目元は赤らみ声は上ずっている。よほど思い詰めていたのだろう。


 リリアはジャムをたっぷりつけたクッキーを頬張りながら、ふがふが言っている。よほど飢えていたのだろう。


「あなたたちが困っていたのは、昼食やいじめのこと?」


 リリアが口元にジャムをつけたまま答える。


「ええっと、まあ色んなことに困っているんですけど、今一番困ってるのは、もうすぐ実技が始まることなんです」


 実技とは、ダンス、礼儀作法、剣術、馬術、音楽、絵画のことである。


「実技の何に困っているの?」


「あの、服がなくて……」


「服って?」


「服です。ダンスならドレスがなくて。あと礼儀作法は制服でもいいけど笑われるって言われて……、馬術の時に男の人みたいな格好とかもなくて」


「まあ、そうだったの……」


 確かに男のトリスタンには相談しづらい内容だ。

 学園に入る前から剣術、ダンス、乗馬が日課だった私には、服がなくて困っている学生がいるなど考えたこともなかった。

 そういえばセシルはダンス用の練習ドレスを新調して、乗馬服と剣術用の服は初めて作ると言っていた。エルザは確か姉の古着を貰ったと聞いた。


 私とトリスタンは家で着ている物をそのまま流用しようとしてお母様に怒られて、面倒くさいけど新調したのだ。

 トリスタンはお金がないからと断ったが辺境伯の家にふさわしい服がなんたらかんたらと私のお母様に説教されていた。


「貴族でも新しく作ったり、古着を貰ったりするんだけどあなたたちにはアテがないの?」


「はい、私もリリアも地方の出で知り合いがいないんです。最初は同じ寮の人が古いのを貸してくれるって言ってて、自分で用意できない子はそうやって貰うことができるんです。でも急に断られて……」


「ちょっと前に町に古着屋があるってセスさんが言ってたのを思い出したんです。お世話になった領地の先生に相談したら、お金を用立てて下さったんです。でも外出許可がおりなくて、もう間に合わないって諦めてるんです」


「じゃあ、制服か晴れ着を着るしかないのかしら」


「はい、私たちもそれしかないと思ってます。ただひどく減点されるそうです」


 ビビアンは話しながら次第に下を向いてしまった。


 ドレスがないから減点とはかなり厳しい。しかし理解できないでもない。

 ここで言うダンスとは、町のホールや祭りで踊るたぐいの物ではなく、夜会で盛装して踊るものだ。

 夜会に参加できるのは社交界にデビューを果たした者だけなのだが、まだ子どものカテゴリーになる私たちも練習から夜会用のドレスと同じ型のドレスで練習することがある。


 学園では普段の練習から夜会を意識したドレスを使用するのだ。これには意味がある。まず夜の盛装は裾が長い。さらに舞踏会となると装飾も派手になる。下着からしてごわごわしているのだ。


 これらを身につけた上で軽やかに踊らなくてはならない。いつも、ふくらはぎの真ん中くらいの丈のドレスで練習してるといざ本格的な盛装をしたときいつものとおりには踊れない、裾を踏んでつまづくのはありがちなミスだ。


「採点の仕方は先生によって違うらしいんです。考査で採点する先生ならまだいいんですけど、普段から少しずつ点数をける先生だと平民で地方の学生はいい点数が貰えないって……」


 ビビアンの表情は一段と暗くなる。


「私は実技で絶対落とされるって、みんな言うんです。1年もたないって……」


 リリアも視線を下に落とす。口元にはジャムがついている。


「あなた方のクラスのダンスはいつ?」


「3日後です」


 時間がない。


「事情はだいたい分かったわ。少し私に考えがあるの。まずは外出許可をとりましょう。それとリリア、口元にジャムがついて……、嘗めない、ナプキンを使って。そう」


 気がついたら、昼休憩を時間が終わろうとしていた。



 医務室の前で2人と別れると、私は職員棟に向かう。事務職員に寮生リリアとビビアンの外出許可を寮監から取り付けるよう頼む。

 それからノーラとグレタに連絡を取る。2人とできるだけ早い時期に話がしたい。

 私が2人に手紙を書いていると、寮監を名乗る女性がやってきた。外出時間と外出目的を話すとあっさり許可を出し逃げるように去っていった。


 それからエバンズ邸にいるソフィアにも手紙を書く。彼女にはこれから一仕事してもらわなければいけないのだ。

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