グウィネビア様、生徒会っぽい組織に勧誘さる
中庭から離れて私はランスロットたちが使っている個室に招待された。
食堂から中庭にでると反対側に廊下があり、いくつもの個室がある。ランスロットたちがいたのは、そこの一室だ。
部屋に入り、ランスロットが引いてくれた椅子に座る。オスカーはノーラの椅子を引く。全員が席につくと、オスカーが私に話しかけてきた。
「教室に君を呼びに行かせたんだけどもういなくてね。今日はもう無理かと思ってたんだけど、給仕がね、君が1年を引き連れて中庭を陣取ってお茶会を始めたって言うからさ」
オスカーの言葉がいろいろひっかかる。
いや、何、その女王様仕様の女。
え? わたし?
ほんとに給仕がそんなこと言ったの?
給仕は学生の行動を監視していちいち上級生に報告するの?
私、学園の職員に監視されてる?
すでに要注意人物?
「しかし、すごいね。見事に場を支配してたね。なんっていうか君がいると……引き締まるね」
いやいや、お茶会引き締めてどうする。私は早く学友が欲しかっただけだ。
普通、君がいると和むとか華やぐとか言うべきではないのか。
オスカーの言葉を面白がるように聞いていたランスロットが、私に話しかける。
「グウィネビア、驚かせてごめんね。お茶会が始まったばっかりで声をかけようかどうか迷ってたんだ。まあ、おかげで興味深い話が聞けたけどね」
「興味深い……?」
給仕がいれた紅茶を見つめながら、私は呟く。
個室は居心地はよく、シンプルな作りだった。用意されているお菓子の種類は少ない。
交流を目的にしているというより事務的な会合のような雰囲気だ。
「『学園生活に身分や家柄が妨げになってはならない、学問の前に平民も貴族もない』だったかな、グウィネビア、言ってたよね」
「そこまで立派な口上ではなかったような気がするけど、本心よ。でも少し自信がないの、正直平民の学生とどう話していいのか分からなくて」
「グウィネビアさんの懸念はごもっともです。残念ながら学園では貴族と平民との間には隔たりがあります。平民の学生のここでの生活はあまり心地よいものではありません」
ここまで沈黙していたノーラが口を開いた。
はっきり、堂々とした物言いではあるが、私を目上の者として話している。
「正直、学園での振舞いといったものがさっぱりわかりませんの。平民の学生とは同じ教室にいてもまるで違う空間にいるようですわ。声をかけるのも躊躇われます。ところで上級生の皆様はどのようにお呼びしたらよいでしょうか。私のことはグウィネビアと呼んでいただいてかまわないのですが」
「オスカーさんはいいでしょう。でも私は出来ません。やはり平民としてのわきまえは必要ですから。しかし、あまりにも学園内で平民ゆえの理不尽が多いのです。そこは解消していきたいし、グウィネビアさんには是非協力していただきたいのです」
「私にできることがあるなら喜んで協力させていただきます。平民とはいえノーラさんは3年生ですから、敬意を持って接しさせていただきます」
「僕はグウィネビアと呼ばせてもらうよ。……いいかな、ランスロット」
オスカーがランスロットを見る。いや、そこは許可とる場面じゃないですよ。
「彼女がいいと言うなら、特に問題ないね」
ランスロットの許可(?)をもらったオスカーはまた学園について語り始める。
学園の歴史自体は恐ろしく古い。建国以前から魔術棟で魔法の研究が行われたところに、総合的な教育機関としての機能が生まれた。
最初は一部の高位貴族や首都の富裕層が入学するのみだったが、20年程前、全ての貴族の学園での教育が義務付けられた。
貴族は全員入学、そして一部の裕福な平民が試験を受け、さらに大金をはたいて子女を学園に入れる形から、すべての入学希望者が試験を受けて入学という形になったのが10年前だ。
「平民は試験で選別された上に高額な入学金と授業料が要求される。入ってからもいろいろもの入りでね、1年で退学するものも少なくない。それでも年々平民の入学者は増える一方だよ。今、すごく混乱しているんだ。貴族も平民もね。お互いどう接していいのか分からない。そして割を食うのは平民側だ」
「何かトラブルでも」
「表向きは何も……。ただ平民が静かに学園から去っていくだけさ。ノーラはいろいろ知ってるけどね」
「……」
ノーラは沈黙をままだった
「グウィネビア、私は1年の代表として貴族をまとめる役を引き受けようと思ってるんだ。ただ私は立場上、深く関わることは難しい。君に貴族のとりまとめを頼みたい」
人生で1度も頼み事を断られたことのないランスロットの圧に押されながら、私は了承する。
ちなみに2年生は去年のとりまとめ役がそのまま務めることになっているらしい。
「1年の貴族は私がとりまとめるとして、平民はどうなのでしょう」
「そこが少し難航してるんだよ、まあ例年、1年のとりまとめには時間がかかるんだけどね。今年は特に揉めるかもしれない」
「今年は……といいますと」
私が尋ねると、オスカーの代わりにノーラが説明してくれた。
「私から説明します。学生の代表は貴族、平民ともに学力、家柄、本人の資質のバランスをとって選ばれます。毎年、学園側から数名の生徒の名を挙げてもらっています。今年もすでに候補がいますが、誰も少しずつ適正に欠けているのです」
「適正……ですか」
「グウィネビアさんは平民の事情までご存知ではないでしょうが……」
ノーラが簡単に平民の事情を説明する。
学園の平民は大きく分けて二つの勢力に分けられている。
商家の子女と学者、官吏の家の者だ。
前者は入学金だけでなく莫大な寄付をする家もあるらしい。その影響力は下級貴族を凌ぐとも言われている。
後者はかなり無理をして入学金を積んでいるらしく懐事情が苦しいものが多い、表向きは富裕層に従っているが内心では反目している者が多い。
「私の家も学者の出です。商家には随分煮え湯を飲まされました。正直、今もです」
ノーラは淡々と話す。
この二つの勢力に属さない者もいる。
その代表格が騎士の家系だ。
騎士は貴族ではないが扱いとしては準貴族である。
平民でありながら貴族として遇される場面も少なくない。学園では質素倹約を旨とする立場上、華やかな装いを嫌い制服を着ているものが多いという。
「今年入学したガウェイン君は家柄は問題ないんだ、親兄弟皆、宮廷騎士の出だからね」
「ガウェインの兄はね、私の護衛騎士なんだ。最近はあまり話してないけど小さい頃はよく遊んだよ。彼が平民をまとめてくれると私としても助かるのだけど、あまりよい返事がもらえなかったらしい」
ガウェイン……攻略対象者だ……。
しかし、彼について分かるのはこれだけである。
私の内心とは関係なしに話は続く。
「もう一方、こちらは学力面で非常に優秀な方のようですが出身に少々問題がありまして……。性格や資質などはこちらも分かりませんので少し判断が難しいのです」
「彼女は無理だと思うね。本人も困るだろう。ルイスやグレタも反対だしね。ああ、2年のとりまとめのことだよ」
オスカーが説明してくれる。
『彼女』とは誰なのか、まあ、なんとなく予想がつくのだが、こちらはランスロットが話してくれた。
「学園では『特待生』制度を設けていたんだけどこれまで適用者がいなかったんだ、今年やっと基準に達した学生がいてね。名前は確かリリア……だったかな。たしかトリスタンと同じクラスだったと思うよ。試験では2番だったらしい」
ん?
2番?
首席じゃない?
確かヒロインは首席で入ったはずだ。親密度の低い攻略対象者からは「首席」とか「特待生」とか、呼ばれるのだ。
「あら、その方、首席ではないの?」
「知らなかったのかい? 首席は君だよ。グウィネビア」
!!
衝撃の真実である。
グウィネビアが首席、ヒロインが次席。
あれ? ということは?
「私は3番目さ」
ランスロットは首をすくめる。




