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グウィネビア様、友だちが欲しいのに舎弟ばかり増える

 やがてテラス席の準備が整い、皆で席に着いた。お茶の準備ができる間に私から自己紹介をすることにした。


「グウィネビアと申します。父はエバンズ公爵です。領地ではなくもっぱら首都で生活していますわ。ところで皆さん、よろしいですか?  私、学生として共に学び合う者として皆様ともっと気安く話したいと思いますの。親しい間柄の言葉を許していただけますか?」


 『親しい間柄の言葉』

 要するにタメで話そうよってことである。


 ちなみに自分の家の格を自分から説明することは、普通はない。

 だが皆が内心気になっていることだろうから、マナー違反ではあるが、こちらから名乗っておく。


 この世界では特に必要のある場合を除いて、自己紹介は名前のみだ。姓や爵位、社会的な地位を示す称号などは大人が公式の場でのみ名乗るものである。その場合も紹介者がいるのが普通で、自分から名乗りをあげることはない。


 とくに社交界デビュー前の貴族の子どもは公式な場に出ることはなく、付き合いといえば親との関わりがある者のみだ。その場合、勝手知(かってし)ったる仲なので自己紹介の必要もない。


 貴族の出会いは個人的なものと公的なものにはっきり分かれるものだが、学園とはその辺りが曖昧なのだ。


「へえ、いいね。じゃあ、僕も令嬢たちに気軽に声をかけていいかな。ああ、僕はトリスタン。父はノーグ辺境伯。彼女と違ってこっちは田舎者だよ。お手柔らかに。無理強いはしないけどね、トリスタンって呼んで貰えると嬉しいね」


 トリスタンがいかにも軽そうな自己紹介をすると、隣のセスがおずおずと喋りはじめた。


「僕はセス。父は男爵です。あの、僕もいいですか? えっと……」

 セスがこちらを見ながら言う。自己紹介というより、私に個人的に話しかけているようだ。


「私のことはグウィネビアと呼んでほしいの、セス」


「……!!」


 セスの体から言葉にならない衝撃波を感じた。

 いやいや、そんなんじゃないから!

 もっと皆と気安く話したいだけなのに、なんだかかえって空気が尖っていくというか、変な緊張感が生まれてしまった気がする。


「僕はジョフリー、父は男爵。親しい間柄の言葉を許して貰えますか? グウィネビア」


 続いてジョフリーの自己紹介もなぜか私のほうを向いて行われた。


「ジョフリー、よろしく。私の許可なんていらないわ」


 私、みんなとタメで話すから、そっちもタメでいーよ、と言いたいだけなのに上手くいかない。


 その後の自己紹介も何だか私に話しかけるような感じになってしまった。一人一人、自己紹介が終わるたびに私が一言添えるようなかんじだ。


「私はセイラ……と、申します。父は男爵です。あの……、私のような貴族の末席にあるような者が、その……親しく話しかけてもよろしいのでしょうか……皆様に……」


 確か同じクラスで、一人で離れていた少女だったように思う。


「セイラ、私は皆と親しくなりたいの。殿下がおっしゃったでしょう。『何に遠慮することなく学問に向き合ってほしい』って。これからの学園生活に身分や家柄が邪魔になるようなことは、あってはならないわ。私はこれから平民の学生とも話すつもりよ」


 『平民』という言葉に皆がざわつく。私はかまわず続ける。


「セイラ、あなたはどこで生活していたの? 領地の方かしら」


「はい……。地方の出で、首都の事情にうとくて……」


「なら、僕と同じ地方組だね。どこなの」


 トリスタンが軽く応じる。


「はい、あの、ランカシャなんですけど」


 セイラが答えたもののトリスタンは、対応できなかった。どうもランカシャがどこか分からないらしい。仕方がないから私が応じる。


「あら、じゃあ、ノーグとは逆ね。ずいぶん雪が多いところで確か雪の彫像を作る祭りがあると聞いたことがあるけど、ほんとかしら」


「まあ、ご存知でしたか。寒いばかりで何もありませんけど、雪の彫像は見事なものですよ。毎年、父や兄まで参加していますの」


 ふふっと笑いながらセイラは言った。これで少しは緊張がほぐれただろうか?


 『地方組』という単語が使いやすかったのか、セイラの後にもこの言葉がよく出てきた。

 私は、土地の名が出るたびに知っている限りの由来やら、歴史やら、特産物の名を上げた。正直しんどい。口頭試験を受けているような気分だ。

 最初に「あら、どんな土地なの」とか質問風に会話を繋げればよかったのだ。失敗した。


 和やかや雰囲気で自己紹介が続く中、緊張した面持ちの少年がやや固めの声で話しはじめた。


「スティーブンです。父は男爵です。あの……グウィネビア様、先日は妹のジェニファーがお世話になりました。だいぶご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした」


「あら、ジェニファーさん。お元気かしら」


 先日の王妃様のお茶会で今にも泣き出しそうな雰囲気だった12歳の少女を思い出した。

 兄スティーブンは王子の側に行こうと必死になりすぎて、妹を置き去りにしてしまったのだ。


 スティーブンの話しによると、家に帰ってからジェニファーが泣き出し、スティーブンは父親から叱責されたらしい。

 スティーブンに過失がないわけじゃないけど、あれは12歳の少女をお茶会に連れてきた親の問題だと思うのだが、他家の事情であるので口を挟むわけにもいくまい。


「あのあと妹に付き合って王宮前の見本市に2回も連れて行かされたんですよ。1度目なんて試験前ですよ」


「あら、災難だったわね。でも優しいお兄様なのね、うらやましいわ」


 どうやら普段は仲のよい兄と妹のようだ。


 自己紹介の最後は私の隣のセシルで終わったが、エルザ、セシル以外は何故か私に話しかけるような形になってしまった。

 早く学友が欲しいと思ってはいたが、何やら考えていたのとだいぶ違う。


 すでにお茶もお菓子も揃っている。お菓子といってもバゲットとビスケットにりんごジャムと蜂蜜が添えられたシンプルなものである。


「おいしいけど、蜂蜜もジャムもこの前の王妃様のお茶会ほどではないわね。比べてはいけないかもしれないけど」


「あのあんずジャムがまた食べたいわね。でもお姉様も食べたことがないらしいから、きっと手に入らないんでしょうね」

 

 セシルとエルザが話しているそのとき、背後から声をかける者があった。


「ええ、あれは母上の庭園でしか手に入らないんです」


 聞き覚えのある声に、ぎょっとして振り返る。


「自己紹介に参加してもいいかな。私はランスロット。3年間、皆と同じ学舎で学べることを嬉しく思う」


 きらきらのプリンスオーラを撒き散らしながら、真打ちが登場した。

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