グウィネビア様、入学式で平民にちょっとだけビビる
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『キャメロット学園恋愛日記~恋のdistance~』は入学式から始まる。
2時間しかやってないゲームだが、最初だけは2回やったのだ。よく覚えている。
とりあえず入学式で合うのはランスロット王子である。次の日がグウィネビア様、トリスタン、あとなんか無愛想な奴である。
ヒロイン、庶民出身なのに貴族遭遇率がむちゃくちゃ高いのは、特待生だったからだ。
とにかく入学当初から有名人で、貴族様から目を付けられている、という設定のはずである。
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さて入学式当日である。
正門前に馬車を止めると私とトリスタンは学園の門をくぐった。
私たちの後ろには侍女ソフィアと従者のサイモン。サイモンはトリスタンの従者だ。
辺境伯夫妻は試験のあと領地に戻り、その際侍女マリーも一緒に帰った。
トリスタンが父親である辺境伯に、母の息のかかってない従者を望んだ結果、選ばれたのがサイモンだ。
彼はソフィアと同じである。あくまで主人はトリスタン。逐一行動を報告する別の主人はいないのだ。多分……。
入学の手続きを済ませたトリスタンと私は、式典のある講堂に向かう。
周りには新入生とおぼしき私服の者の姿がある。お茶会の出席者もいる。
私とトリスタンは軽く会釈をしながら進む。
「グウィネビア、トリスタンさん」
セシルが声をかけてきた。隣にエルザもいる。
「やあ、セシル嬢、それとエルザ嬢?」
トリスタンはエルザの変貌に驚いている。
事前にエルザの外見が変わっていることは話していたのだが認識が追い付かないようだ。
唖然とするトリスタンを見つめるエルザは実に堂々としている。華麗に大学デビューに成功した女子大生のようだ。なぜか隣のセシルまで得意気だ。
「さっき会ったジョフリーさんなんか口開けてたわ、こう、ポカーンってかんじ」
セシルが令嬢らしからぬ変顔をしてみせた。
たぶんジョフリーがこんな顔をしていたのだろう、その光景が容易に目に浮かぶ。
「こりゃいいや。ねえ、このままここに立ってお茶会組を出迎えようよ。みんなのびっくりするよ、エルザ嬢に」
「トリスタン、入学式で悪ふざけはダメよ。さっさと行くわよ」
私たちは講堂へ向かう。
まわりは私服ばかりだ。
「ねえ、セシル。みんな私服ね。制服の学生はいないのね」
「ああ、平民はね、もう来てるんじゃない」
私の疑問にセシルはあまり関心がなさそうに答える。
「え、平民も式典に出るんだ。ちょっと制服を見てみたいな」
トリスタンが言う。
珍しい外国人でも見物に行こうかと、いった口振りである。
「学園の平民ってみんなお金持ちばかりなんでしょうね」
エルザはため息つきながら小さく呟く。さっきまでの自信ありげな姿が影をひそめる。
首都の富裕層の姿に思うところがあったのかもしれない。
「そりゃ、是非とも友人になってもらわないといけないな」
トリスタンがふざけたように言う。
「皆が皆、裕福ではないみたいね。親が無理してお金を積むのよ。それに今年は学費を免除された子もいるとか」
セシルの言葉に私は思わず反応してしまった。
「それってすごく優秀な人? もしかして女の子じゃない?」
「詳しくは知らないわ。なんでも初めての特待生とかで。ほんと特別扱いらしいわよ」
セシルは言い方にはちょっと刺があるような気がする。まあ、分からないでもない。多分破格の扱いなのだ。
講堂前には随分と大勢の職員が立っていた。ソフィアが入学証を見せる。
職員の一人が私に会釈をするが、完全に目下の者のがする挨拶である。私たち一人一人に職員がつき席に案内してくれた。
学生一人に職員一人とは非効率な気がする。
侍女なしに行動する貴族への配慮なのだろうが、学生に対する待遇として正しいのだろうか?
講堂に入ると静かな熱気のようなものに囲まれた。けして騒がしくはないが音のないどよきを感じる。
講堂は2階と1階に分かれ、1階の後ろの方に制服を着た学生が男女に分かれ左右に設置された長椅子に座っている。おそらく2階席にも制服の学生が座っているのだろう。
私たちは彼らの視線を浴びながら、中央を歩き手前の長椅子――後ろの物と違い、背もたれとひじ掛けがある――に案内され、腰を下ろした。
グウィネビアとして平民の視線を浴びながら歩くという経験を初めてした。かつていた(建前上)身分のない世界の記憶は遥かに遠退く。
今、私は確かに貴族なのだ。
席についてすぐ、再び講堂内がざわつく、新入生最後の1人、ランスロット王子の登場である。
ランスロットが席につくと式典が始まった。
しかし見事に身分順での登場であった。
こっちは特に意識したわけではないが、学園職員室などは調整に苦慮したであろう。
今にして思えば先日の試験で、会場に早めに入ったのは迷惑行為だった。
多分、予想より早い公爵令嬢、辺境伯令息の登場に周囲は混乱したであろう。改めて申し訳ない気分になる。
セシルの父である学園長の祝辞が終わると、新入生代表ランスロットの登場で壇上にあがる。
平民の学生だけでなく、貴族席からのボルテージもなんだか上がったような気がする。
貴族といっても先日のお茶会に招待されるような身分の貴族はほとんどいないのだ。大半は平民と同じく王子と同じ空間にいることさえ、初めての経験だろう。
壇上でスピーチを始めるランスロットの姿に、奇妙な既視感を感じていた。
ゲームならここはオープニングである。今日のランスロットは白を基調に金の縁取りと刺繍が入った衣装を着ている。ゲームも確かこんな格好だったように思う。
不思議な気分だ。
これから起こることはどこまでゲームと繋がっているのだろう。
「――ここでは皆、誰もが等しく学究の徒である。何に遠慮することなく学問に向き合って欲しい――」
新入生代表というより、学園長のようなスピーチである。
本来の学園長の祝辞が『ようこそ夢の国へ』といった感じの子どもに話しかけるようなぬるいやつだったから、丁度いいかもしれない。
次に在学生代表が挨拶をし、職員が事務連絡を行う。式典はつつがなく終わり、私たちはそれぞれの教室に向かった。
「セシルと同じ教室でよかったわ」
私は隣を歩くセシルに声をかける。「わたしも」と、セシルが言う。
私の周りを見るとジョフリーの姿もあった。向こうもこちらを見ていたようで目が合う。
「ジョフリーさんも一緒なのね。心強いわ」
身分の高いものから声をかけるまで、相手に話しかけてはいけない、という貴族社会ルールは学園でも適用されるのだろうか?
分からないがこちらから声をかけないかぎり、学友など出来ないであろう。
「僕もですよ。1年間、よろしくお願いします」
ジョフリーは紳士的な返答をした。お茶会のあれは何だったのだろう? というくらい穏やかだ。
他にもお茶会のメンバーがいるので声をかけてみた。
貴族でも名前の分からないクラスメートもいるが、まあ教室に入れば追々自己紹介なり、交流会なりがあるだろう。
私は向こうの世界の学校を思い浮かべながら、のんきに構えていた。




