グウィネビア様、エルザの境遇を知る
ここだけエルザの、1人語りになります。
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~エルザの話~
私はね、七人兄弟のちょうどまん中なの。と言っても母親はみんなと違うのよ。
お父様の最初の奥様は3人の娘をおいて出ていってしまったの。今は別の人と結婚してるそうよ。
最初の奥様と離婚したあと、次に結婚したのが私のお母様だったんだけど、お母様は私を生んですぐ死んでしまったの。
お父様はあまり子どもに関心のない人だったから、私も3人の姉も教師も何も付けられずにほうっておかれたの。一番上のお姉様だけ、まだ最初の奥様がいた時、教師を付けてもらってたから色々知っててね。文字も行儀作法も姉に教わったのよ。
え、ひどい? でも、この頃は幸せだったの。
お父様は3回目の結婚をしたわ。その人が男の子を生んだの。
お父様はとても喜んで、私たちは4人は今まで以上に無視されるようになったの。
それから女の子と男の子が生まれて、お父様は下の3人ばかり可愛がったの。教師もつけたし、食事も私たち4人とは違ったし、服も新しいものを着てたわ。
私は3人の姉と協力しながら自分のことは全部自分でしたの。食事も作ったし、服も作った。貴族の娘とは思えない生活でしょう。
それでも、まだ、この頃はマシな生活だったのよ。
そのうちお姉様たちが学園に行ってしまって私は1人になったの。お姉様たちは卒業したあとも結婚したり、城勤めをしたりして誰も帰ったこなかったわ。
でも私のことを心配してくれてね。首都に呼び寄せようとしてくれてたの。
だけどあの人――義理の母が反対したの。私を使用人変わりにしたかったからね。
そのうち、姉たちと連絡がつかなくなって……。それから下の子たちの世話ばかりさせられたわ。
一度お父様が弟を連れて領地を回ったとき、一緒について行ったんだけど、お父様は私のことを誰にも紹介しなかった。完全に弟の世話をする子守りとして扱われたの。
もう無理だと思った。
学園なんていかれないし、一生屋敷で働かされて死ぬんだって。
でもね、姉たちは私のために動いてくれてたの。
春になった頃だったわ。結婚したお姉様が旦那様と一緒に家に帰ってきたの。王妃様のお茶会の招待状を持ってね。
王妃様から招待状がくるような大層な家柄だったなんて知ったの、その時が初めてだったわ。
お姉様は、今年のお茶会は王子が参加するし、王子と婚約する予定の……あの……ごめんなさい……その時の話はそうだったから……エバンズ公爵のご令嬢が参加するから、同級生になるんだから知り合いになっておくべきだって、絶対私を連れていくようにって、お父様を説得したの。
お姉様たちは、お父様に金銭援助をしてたみたいでお父様は姉たちを無視できなかったの。
おかげでお父様はなんとか説得できたんだけど、あの人――義理の母が大変だったの。連れていくなら自分の息子だって言い張ってね、譲らないの。
弟は10歳だし、王妃様のお茶会は学園入学前くらいの子どもを連れていくのが通例だから、15歳の子どもがいるのに下の子を連れていくのはおかしいって言っても聞かなくて……。
最後はお姉様が「伯爵家での娘の扱いについて、国王夫妻に訴える」って言って。そんなことできるのか分からないけど。
で、それであの人たち、青くなって、私を連れていくことにしたの。
お姉様はそのまま首都に私を連れて行きたかったけど、義理の母が絶対ダメだって。意地悪もあるんだけど、私がいないと下の子の面倒見る人がいないから本当に困ってたのよ。
お姉様はそれでも頑張ってくれてね。早めに連れていって行儀の練習やドレスを合わせなくちゃって言ってくれたんだけど……。
行儀は家で見るし、ドレスは別の姉が送ってくれた物があるからそれでいいって。
一番上の姉は地領に嫁いだんだけど、私のために服や小物を送って下さってたの。その時、初めて知ったわ。
全部義理の母とあの人の子どもの所に行ってしまったんでしょうね。
とにかく、私をすぐに首都には連れていかせまいと、あの人、頑張ったから、お姉様たちはあきらめて帰っていったの。
それからもいろいろあったのよ。義理の母はどこからひっぱりだしてきたのか分からないようなドレスと髪飾りと靴を出してきてね。自分で直せっていうの。
どれもこれもひどい品なのは分かるけど、私、ずっと屋敷に閉じ込められて働かされていたから、お茶会にふさわしい衣装なんて分からないのよ。そもそもお茶会が何なのか、知らないしね。
結局自分のサイズになんとか合わせただけだったの。
それがあのお茶会のドレスよ。
ドレスの問題だけじゃなかったわ、下の弟――トマスと言うんだけど、この子が将来、領地を継ぐんだからぜひ王様に見せたいって、義理の母が言うのよ。
王妃様のお茶会には陛下は参加しないってお父様が言っても聞かなくてね。首都に行けばすぐにでも王様に会えるって思ってたみたい。
今、思うと、あの人もひどい世間知らずだったのよね。
トマスと外に出るなんてぞっとするわ。あの子、食事のたびに食器をひっくり返すし、スプーンやフォークを投げるし、気にくわないことがあると金切り声をあげるのよ。
義理の母は10歳の子どもはこんなもんだって言うんだけど、領地を連れてまわった時の様子をお父様も知ってらっしゃるから、さすがに首都には連れて行けないって判断をされたのよ。
自分の父親に言うことじゃないけど、あの人がした唯一まともな判断だったと思うわ。
首都にはギリギリで来たの。3人の子どもの面倒を見る人がいなくて本当に大変だったのよ。
お茶会の前日に首都に来てホテルに泊まったの。首都にいる2人の姉たちが家に泊めてくれるって言ってくれたのに、義理の母が断ったの。
私のことでうるさく言われるのが嫌だったんでしょうね。
それに召し使いを1人も連れてきてないのを馬鹿にされると思ったんじゃないかしら。
実際、我が家に人を雇うお金はなかったの。全部、あの人と子どもたちが使っちゃうからね。首都についてからも私はお茶会寸前まで両親の召し使いとして働いたわ。
時間が過ぎてもう自分のドレスを着る時間がなくなりそうだった時に、王宮務めの姉がホテルに様子を見に来てくれてね。
私たちの様子を見て悲鳴をあげたわ。
お茶会に侍女や従者を1人も連れていかないなんてありえないって。
結局、お姉様が自分の侍女を貸してくれたの。私がドレスを着るのもお姉さまと侍女が手伝ってくれたんだけど、その時の2人の様子がね……。
はっきり言わないけど、私の衣装がどれだけひどいか分かったわ。でも、時間がなかったから服も髪飾りもどうしようもなかった。
王妃様のお屋敷まではお姉さまの馬車で行ったの。一応、お茶会のマナーの話になったけど、お姉様も王妃様のお茶会には行ったことがないから、とにかく他の令嬢を見て真似しなさいって言われたわ。それからお城のことや公園の話を少ししたの。
お姉様は屋敷に入る寸前、「堂々としていなさい」と言ってくれたの。すごく勇気づけられたわ。まあ、堂々ってどうすればいいのか分からなかったから、とりあえず黙ってることにしたんだけど。
それからのことはご存じの通りよ。
殿下やグウィネビアが気さくに話しかけてくれた時はほんとに驚いたわ。
グウィネビア、私の態度、酷かったでしょう? なのにずっと優しく話しかけてくれた。
あなたのおかげで他の人とも話すことができたわ。
トリスタンさんも優しくしてして下さったし、セシルとも話せた。
ジョフリーさんにはなぜか厳しくされたんだけど、まあ、あれでシャンとなったから感謝してるわ。
あ、そうそう。ジョフリーさんから謝罪の手紙を頂いたの。ええ、もちろん、許すわ。あんなの弟の癇癪に較べたらなんってことないもの。
お茶会のあと両親は私を連れて領地に帰ろとしたんだけど、姉2人に姉の旦那様まで出て来て下さってね、領地に帰らせまいと頑張ってくれたの。
結局私を残して2人で帰っていったわ。もう会うこともないかもね。
私、今は結婚しているお姉様のところに厄介になってるの。
お茶会から今日まで学園のことや首都のことなんか、あれこれ教えてもらったけど、全然間に合わなかったのよね。
試験は酷いことになったし、さっきの新興貴族の話もよく知らなかったし。
知識もないし、常識もないし、物も持ってないの。
今日、この服はお姉様たちからのプレゼントなの。プレゼントなんて生まれてはじめてよ。
私、今とても幸せなの。大好きなお姉様が側にいてくれて、それから……あの……初めての友だち……。
…………。
こんな話を聞いたら……、呆れるわね。学園で恥をかかせるかもしれないわ。やっぱり離れてもらった方がいいかも……。
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「エルザ……」
私は口を開いた。
本当は彼女を抱き締めたくて仕方がなかったけど、この世界の貴族には過度なスキンシップになるから我慢した。
「あなた、すごい人だわ。私の知らないことを知ってるし、いろんなことが出来るのね。あなたみたいな方と友だちになれるなんて、私、幸せだわ」
「そんなっ! 私、ほんとに何も知らないし、何も出来ないの」
私の言葉にエルザは激しく動揺する。今まで誰かに誉められたり認められたことがないのだろう。
「だったら余計すごいわ。エルザ。あなた王妃様のお茶会で殿下やトリスタンさんと堂々とお話されてたし、ジョフリーさんにも負けなかったわ。初めての首都に来て、初めてのお茶会でよ。こんなことが出来るのはきっとあなたくらいだと思うわ」
セシルの言葉に私もうなずく。
「足りないものがあるなら今から補えばいいだけのことよ。ちょっと人より沢山のことを覚えなくてはいけないかもしれないけど、御実家での試練を乗り越えてきたあなたには何ってことないわ」
「私も協力するわ」
セシルは力強く言った。
「ありがとう。私、首都に来てからほんとに素晴らしいことばかり起こるから、なんだか怖いくらいよ」
エルザの目元がほんの少し赤い。
「エルザ、あなたの幸せはこれから。あなた、これから沢山の物を手にいれるんだから、今から怖がってちゃだめよ」
「グウィネビア……。ありがとう」
「エルザ、お礼なんていいのよ。入学まであと少ししかないけど、ちょっと頑張って詰め込めば、スムーズに学園生活が送れると思うわ。一緒に勉強しましょうね」
「ありがとう」
「まずは基礎学力がどの程度か把握しなくちゃね。試験の問題は基礎の基礎だから、あの範囲は完璧にしとかないと。あとは実技ね、剣術、馬術、ダンス、社交、音楽、絵画。得意にならなくてもいいから、広く浅く習得しといた方がいいわ。貴族として生きるには必要よ」
「……ありがとう。沢山……あるのね……」
後日、エルザから手紙が来た。学園までの準備は姉の元でするとのことだった。遠慮する必要はないのに。
仕方がないから入学までにサボりぐせのあるトリスタンの根性を入れ直しすことにしたのだ。




